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モスクワは涙を信じない
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『モスクワは涙を信じない』に投稿された感想・評価

1980年のアカデミー外国語映画賞受賞作品。

ソヴィエト映画と言えば、ちょっと眠くなる文芸作品か芸術作品のイメージしかなかったげど、こんな等身大の映画があるんやと驚いた作品。再鑑賞できて嬉しいです^_^

第1部 1958年、田舎からモスクワへ働きに来た三人娘。仕事して遊んで恋しての青春。どこの国でも同じ光景。だが次第に三人娘もそれぞれの道へ、、。

第2部 20年後、成功した者、そうでない者、普通の者、、三人三様の人生模様。こういう女性映画って、大抵男はゲス 笑。でも中に一人だけいい奴もいて、いつも三人娘と一緒に泣き笑い、、。

いろいろあっても、三人娘の変わらぬ友情が清々しい。

セリフにも出てくるこの題名いいな^_^

今観ても、やっぱり面白い。
オールタイムベスト100→ https://youtu.be/ixHVFgbmack
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はなぜアカデミー作曲賞にノミネートされなかったのか?→ https://youtu.be/SDM8uB4brjctu.be/ixHVFgbmack

ウラジーミル・メンショフ監督のソ連映画『モスクワは涙を信じない』は、1958年から1978年にかけてのモスクワを舞台に、地方から上京した女性カテリーナの20年間を描いたロマンティック・コメディ・ドラマだ。ソ連映画として珍しくアカデミー外国語映画賞を受賞し、国内で9300万人以上が観た大ヒット作だ。タイトルは「モスクワは涙を信じない」という諺から来ており、「泣いても問題は解決しない、自分で解決せよ」という強い女性像を象徴する。

【何が言いたい映画なのか】
表面上はカテリーナのサクセスストーリーと恋愛だが、サブテキストは複雑だ。ソ連社会での女性の自立、階級移動、社会的成功と私生活のバランス、伝統的ジェンダー規範の残存が交錯する。カテリーナは工場労働者から夜間勉強で大学へ、果ては工場長にまで上り詰めるキャリア女性として描かれるが、妊娠・出産後のシングルマザーとしての苦労、男性のプライドなどがリアルに描かれる。

1958年と1978年の二部構成で、地方出身の女性カテリーナ(ヴェーラ・アレントヴァ)がモスクワで自立し、工場長にまで上り詰める20年間を描く。ソ連時代に9300万人以上が劇場で観た国民的映画であり、アカデミー外国語映画賞を受賞した唯一のソ連現代劇でもある。なぜソ連クラシックとして高く評価され、今も愛され続けるのか?その鍵は巧みなサブテキストと時代受容にある。

表面は爽快な女性サクセスストーリーとロマコメだが、深層ではソ連社会主義の理想と現実のギャップ、ジェンダー規範の変容、個人の幸福追求が多層的に語られる。

社会移動と社会主義の肯定的描写:カテリーナは工場労働者→夜間大学→工場長という上昇を、努力と能力だけで達成する。これはソ連イデオロギー「誰でも平等に機会がある」を体現し、西側が描く「抑圧的なソ連」と対照的に、社会的流動性の高さをアピールしている。当時の観客にとって、地方出身者が首都で成功する姿は励ましと夢だった。

女性の自立とキャリア:カテリーナは知的で勤勉、シングルマザーとして子育てと仕事を両立。友人たちとの友情描写も豊かで、女性の連帯を描く。ソ連では女性労働参加率が高かったが、家事・育児負担も重く、映画はそれを現実的に映す。しかし、完全なフェミニズムではなく、「強い女性も最終的に家庭的幸福を得る」形で決着させるため、保守層にも受け入れられた。

男性像とジェンダー緊張:最大のサブテキストはゴーシャ(アレクセイ・バターロフ)との恋愛。ゴーシャは誠実で知的だが、「女は夫より稼いではいけない」という伝統的プライドを持つ。カテリーナが地位を隠す展開は、ソ連社会に残る家父長制を批判的に描きつつ、和解で「互いの理解」を示す。当時はこうした男性観が普通で、映画はそれをソフトに問い直す。元恋人ルドルフの再登場は、軽薄な男性像との対比になる。

涙を信じない精神:タイトル通り、困難(妊娠・裏切り・孤独)を「泣かずに解決する」カテリーナの強靭さが核心。ソ連の戦後復興・発展期を背景に、個人レベルのレジリエンスを讃える。プロパガンダではなく、日常の喜び・苦しみを描いたため、観客は「自分の物語」として共感した。


公開時、ソ連国内で社会現象に。女性のキャリアと私生活の両立が共感を呼び、ゴーシャのキャラクターは理想の男性像として人気に。共産党上層部の一部は「メロドラマ的」と批判したが、観客の支持が圧倒的で海外受賞も後押しした歴史がある。レーガン大統領がゴルバチョフ会談前に繰り返し観た逸話は有名で、「ロシア人の魂」を理解するツールとして機能した。

「自分より収入が高いという理由で嫌いになる男なんて最初からいらないだろ」という感想は現代視点では当然だが、当時のソ連社会では「女性は家庭を優先すべき」という暗黙の価値観が根強く残っていたことを示す。映画はそれを批判的に描きつつも、ゴーシャとの和解で「強い女性も愛される」ハッピーエンドに着地させるため、フェミニズムとしては中途半端に見える。

20年という時間をかけて描くことで、時代変化(1950年代後半の若々しさから1970年代の成熟)や友情の持続、子育ての現実を織り交ぜ、社会主義下の「個人の幸福」を肯定しようとする意図が読み取れる。しかし、プロパガンダ色が薄い分、何を強調したいのかがぼやけ、結局つまらないと感じる。コメディ要素とメロドラマのバランスは巧みだが、現代ではジェンダー観の古さが目立つ。ソ連の「普通の生活」を描いた希少な作品として価値はあるが、テーマの焦点が散漫で20年の蓄積が十分に活かされていない印象は否めない。
McQ
3.8
〝ソ連式シンデレラ物語〟とされてるものの、その手のマニアが食いつくと痛い目に合いそうだ、、(〝ソ連式〟って所が重要である!)

アカデミー賞外国語映画賞を始めとし、ブリュッセル国際映画祭では最優秀女優賞、ポルトガル国際映画祭ではグランプリ受賞と、他国での評価は良かったものの、本国ソ連では〝ソ連女性のイメージに相応しくない!〟って事で、メニショフ監督のアカデミー賞受賞式への出席が許可されなかったとか、、

第1部では恋に仕事に奮闘する20代の日々を。第2部では30代すっ飛ばして40代に突入した彼女たちの〝その後〟が描かれる。このすっ飛ばしの二部構成は、人生如何に〝あっという間〟であるかを物語っているようだ。但し焦る事はない!〝40歳からが人生の始まり〟である事をこの映画が教えてくれるに違いない。

そういった意味では映画に〝夢物語〟を求める人には徹底的に向かない作品なのかも知れない。当人にとっての〝白馬の王子〟も側から見たら、只の◯◯野郎かも知れず、その辺りの描き方はリアルを極めてる。劇的な何かが起こる訳でもないが、観るもののタイミング次第で色々な見方が出来そうだ。

テーマソングにしみじみ、ほっこり。ヒロインを取り巻くギャラリーがあったかい。

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