機動戦士ガンダム III めぐりあい宇宙編の作品情報・感想・評価

「機動戦士ガンダム III めぐりあい宇宙編」に投稿された感想・評価

びっくりするほど面白かっためぐりあい宇宙編。今のおじさんみんな好きな理由がわかった。
やっほ

やっほの感想・評価

4.0
“ニュータイプ”…結局どういう者を指すのか?
“超能力者”って…時代や作品によって様々な概念のもとに“変化”していくが…。
まずは時代の先端に合った“素養”に始まり…それだけではない何らかの“気づき”が起こり…“戦闘状態”という特殊な状況下におかれる中での“覚醒”…でも何故“木馬”に集中したのか?ニュータイプが新たなニュータイプの“覚醒”を促すのか…。
単なるテレパスとは違い“共有意識体”にでも成ろうかという未知の能力には“ときめき”を感じる。
でも“家柄”“エゴ”による“権力欲”“支配欲”に固執する旧い者たちとの永い戦いのための“道具”の一つで終わってしまったのでは…ないのだろうか…。
続編はどうなっていくのだろう…
記録

ガンダム、蓋を開けたらガンダムだと思ってたガンダムではなかったです…

戦争だった、、

あとアムロが後半ものすごい大人になってた…
セイラさんも今までの勝手なイメージと全く違って人間だった、、
ホワイトベースの中にはいろんな人の気持ちがあったな、、

これを青春時代に謳歌した母、
羨ましすぎる

総集編ではなくて全話観たい…

あと、人の心理描写とか震えるほど好きなのですが(エヴァとか2001年宇宙の旅とか)まさかそれをガンダムで観れると全く知らなくて、感動した…ガンダムはすごかった…
シャアは連邦軍と戦いつつ、本当の目的が他にあったなんて。。。
小さい時に観ていたガンダムは
アムロが主人公でいて、
ジオンと戦うところしかわかってなかったことが恥ずかしい。
セイラやミライの生き方も、とても深い。
皆んな戦争に巻き込まれ、自分とも戦っている。ザビ家の組織も複雑だし、こんなの小学生の脳みそじゃ、到底理解できるはずはないよね。
のり助

のり助の感想・評価

4.0
良き良き。
「ニュータイプとは、戦争なんぞせんで済む人類のことだ。」

ガンダムってガンダム好きの人がロボを愛でているイメージが強いけれども、
初代ガンダムは「戦争とは、その中の正義とは何か」「戦うとはどういうことか」「人類は戦いを止められるのか?」といったテーマに深く突っ込んでいて、想像していたよりも面白かった。
戦争体験者二世の世代ならではの作品だろうな〜と
まろん

まろんの感想・評価

4.0


ホワイトベースが月にあると言われるグラナダを目指したのはダミーだった!
してやられたシャア
一向はサイド6へ
テキサスコロニーではとうとうシャアとセイラの父のジオンダイクンの死とそこに絡むザビ家との確執の真相が明かされる!………それをうっかりブライト艦長が盗み聞きしてしまう辺りがドラマ
エルメスに乗るララア………シャアのゲルググ…ガンダムのアムロそしてコアブースターのセイラ………ここには手に汗握る瞬間がある
もう人間関係が大人のアニメーション
ソロモン攻略にソーラーパネル
連邦もジオンもお互いにソーラーシステム
当時からすれば最新技術だったんだろうな➰今でも凄く感じる
特に人間関係やら合体ロボット系?なんか今でも当時からのファンがいることに納得する理由が観て分かる
さすがファーストガンダム
青の

青のの感想・評価

4.0
いつか触れて
いつか泣いて
いつか呼んで
いつか揺れて

いつか重なる
人と人

そして始まる


そして 時が
すこやかに あたためる

そして 時が
すこやかに そだてる


●「哀」から「愛」へ。
ジオン・ズム・ダイクンがジオニズムの中で提唱したニュータイプの在り方は、アムロとシャア、あるいはララァを媒介に二極化する。
今作はその瞬間を捉えた物語だ。

「互いに分かり合うことで 戦争や争う必要の無い新しい人類の姿」

と言うダイクンの理想が脆くも打ち砕かれ、悲しいかな今後も続いていく戦争物語における前日譚でもある。


●アムロは凄惨極める戦場にて、失われていく幾つもの命の明滅を目の当たりにしてきた。
その明滅達はアムロの魂に入り込み、彼をより疲弊させつつ、皮肉にも戦士としての練度も上げることに。
その成長は、秀でた「力」によるところがあり、それはますますアムロ自身を孤独にしていく。
両親を既にいないものとしているし、幼馴染みもホワイトベースの戦友も、アムロにとっては愛する者ではない。
フラウ・ボウですら愛する人、恋人でもないのだ。
ところが、歳上のマチルダさんには淡き恋心を抱くし、ランバ・ラルの内縁者ハモンさんにも「大人の女」を意識する。
場面によってはフラウを疎ましいとするシーンもある。
なぜ、マチルダさんやハモンさんだったのか?
それはやはり、アムロの特異な能力の理解者になり得たからだ。
フラウもミライさんも、分かろうとはしているが、アムロのその異質を引き上げることはしないし、アムロはその異質な自分のスペースに彼女達を巻き込まないようにしている。

●つまりは、アムロは自身の能力と同質か引率する相手に対し「愛」としたかったのだ。
しかも、アムロはマチルダさんハモンさん、形はともかく自身を愛してくれたかもしれない女性を失ってしまう。

●めぐりあい
自身の能力をホワイトベースや地球連邦軍の中で使われる事にアムロは悩み続けていた。
このガンダムを上手く使える「力」とは何なのか?
殺人マシーンになることにフラウもブライトもミライさんも皆、褒めてくれる。
アムロはやはり、彼らに距離を感じていた。

その空虚の中、めぐりあえたのはアムロと完全に心を通わせる人。
ララァである。
アムロにとって完全に魂を通わせることができる「愛」の人である。

しかし、マチルダさんもハモンさんもアムロの知らぬ所で、あるいは間接的に死んでしまったが、ララァはアムロ自身の手で殺めてしまうことに。
それは、戦争が彼女らを殺してしまったという他人事な意識から、自身こそが戦争当事者に成っていたという瞬間をまざまざと確認してしまう。
殺し合いの最中にアムロはララァに全てを見透かされ、同時に彼女を全身全霊に愛してしまうのだった。
全ては遅すぎた。

●「殺しあうのが ニュータイプじゃないでしょ」
ララァとのめぐりあいにより、ダイクンの説く「人の革新」に対し、自身の能力の使い道をアムロは確信することに。
しかし、シャアはまったくもって同じ意識を共有したにもかかわらず、違う道を。
シャアはアムロに対し「貴様を野放しにはできん」と言う。
先に述べた二極化への変わり様である。
シャアはこのめぐりあいを機に、より過激に成っていく。
それは連邦だのジオンだのという括りではいられぬ新たな始まりである。

●カイ・シデンがホワイトベース内で、ニュータイプの在り様についてミーティング中

「その後に連邦も叩くかい?」

とシニカルに発する。
サラっとしたワンシーンではあるが、これは今作以降のシリーズへの伏線である。


●アムロはララァ以外誰も愛してはいない。
愛してはいないが、失いたくはない人がいる。
終盤、アムロはコアファイター内で、

「僕は、ほんとうに誰も愛していないのか?」
を試したのだ。
結果、涙ながらに発したのが全てである。

「ごめんよ‥僕には帰れる所があるんだ‥こんなに嬉しいことはない‥分かってくれるよね?
ララァにはいつでも会いに行けるから」

その能力は愛しいと思える人がいなければ成らないのである。
愛がなければ、誰も生きていけないと言う革新なのだ。


●以降ニュータイプの在り様を巡り、シャアとアムロは共闘したり対決したりします。

それはまた別の物語ですね。


Believe! 人は悲しみ重ねて 大人になる
いま 寂しさに震えてる
愛しい人の
その哀しみを 胸に抱いたままで
Believe! 涙よ 海へ還れ

恋しくて つのる想い
宙(そら) 茜色に染めてく

Yes, my sweet, Yes my sweetest
I wanna get back where you were
愛しい人よ もう一度
Yes, my sweet, Yes my sweetest
I wanna get back where you were
誰もひとりでは 生きられない






































●以下、かなりネガティブな内容です。
本編のネタバレとは違いますが「知りたくなかった」とも成りうる内容です。
ご注意下さい。




























●少し悩んだのですが、やはり。

誰も指摘されていないようですし、あるいは分かりきっていて
「え?知ってるよ、今更?」という感もあるかもしれません。
ただファンだからこそ、愛して止まないからこそ、あえて話題にしておかなければならないかと思い綴ります。

●今作の、作品としての印象を決定づけた主軸に井上大輔氏による主題歌と挿入歌があります。
僕も普段から口ずさむほど大好きです。
この曲がなければ見ていなかったとか、人生を変えたほどとの声も。
それほどに氏の歌と曲は印象的です。

●ところが、今作挿入歌である
『ビギニング』
アムロとララァの出会いなど重要なシーンで度々流れていますが、この曲、イングランドのプログレッシブロックバンド「キングクリムゾン」の3rdアルバム「Lizard」収録曲『Prince Rupert Awakes』の盗作なのです。

●リフや4小節までのギリギリラインではなく、丸ごとです。
もっと言うと日本語で歌っているかいないかレベル。
重箱の隅をつつく的な穿った聴き方をせずとも、誰が聴いても「そのまま」です。

●無論「キングクリムゾン」のほうが10年以上前に発表している曲であるし、『ビギニング』のクレジットに彼らの名前は一切ありません。
無許可です。
法的にはどうかと言うと、どちらも沈黙です。
法的に決着がついていないので「盗作」認定はされていません。
ところが『哀 戦士』や『めぐりあい※』に関してはYouTubeにていくらでも楽曲を視聴できるにも関わらず、『ビギニング』に関してはことごとく削除されているのです。
不思議です。

●色々と業界に詳しい方のブログなどを見る限り、70〜80年当時の日本の歌謡界はパクってなんぼという時代だったとか。もちろん全体ではありません。
アニメと言えば子供向け、コアなロックファンなんて見ないだろ?とか。
こんなにも世代を超えた名作になると思わなかったとか。
あるいはインターネットの功罪か。

●大好きだから、そんなはずはないという想いもあります。
ですが、聴けばそうなんです。
カバーとか日本語アレンジとか言って欲しかった。
●当の「キングクリムゾン」も黙認??しているようだし、井上大輔氏も今はいない。
これをどう顛末するのかなんて、もはや無粋なのかもしれない。

●改めて言いますが、今作は世界に誇れる作品です。
でも在るべき部分は無視できません。
大袈裟なと言う声もあるかもしれませんが。
●大好きな作品だからこそ、あえて。
もちろん『ビギニング』も大好きだし、前述した通りいつも口ずさんでいます。


※さらに『めぐりあい』のイントロ(のみ)はアメリカのミュージシャン「エリック・カルメン」1975年のアルバム「サンライズ」の収録曲『サンライズ』そのまんまです。

たまたまなんでしょうがガンダムと言えば、製作会社(株)サンライズ。
桜が開花するかのようにみんなが一斉にニュータイプに目覚めて覚醒していった。
爆発シーンの作画がどうしても見慣れているジブリと比べてしまって気になりがちだったけど、それも気にならないくらい後半のバトルシーンは熱かった。
アムロもシャアがモビルスーツを脱いだあたりからはふたりの感情がすごく伝わってきて良かった。
アムロとララァってちょっとしか会ってないのに一気に仲良くなったよね(笑)あと、ララァの死ってほとんどシャアが原因なんじゃ…(^^;

ララァ「あなたには、守るべき人も守るべきものもないのに!」
アムロ「それがなんだっていうんだ!」

このくだりは唐突すぎて笑ってしまったけど、アムロが最後にはちゃんと守るべき人や守るべきものを見つけたようで良かった。


P.S.
カツレツキッカがアムロを導くラストが凄すぎる。すこぶる出来るわ、この子たち…!
アムロと反比例にだんだん残念になっていったシャアだけど、マスクを取ったときはマジでハンサム。
hyuGa

hyuGaの感想・評価

5.0
【Yes my sweet, Yes my sweetest, I wanna get back where you were】

これぞ総集編映画の頂点。エンドロール中は終わらないでと呟きながら泣いてました。
やはり宇宙戦闘も燃えますね!アムロvsシャアは更にエスカレートして、最後にはどちらも応援しどちらにも感動です。
そしてララァ……登場からもう号泣必須(ガンダムシリーズでは涙腺が緩いです)、ガンダムやホワイトベースに対しても敬礼したくなるし、今回の主題歌も最高。
永遠に語り継ぎたい最高にお気に入りの作品です。
ファースト劇場版3
ニュータイプの人間として
アムロが開花する!!

もはや連邦軍、ジオン軍の話だけでは
無くなってきました。
ニュータイプ、オールドタイプ、
シャアの目的とは…!!

面白いなぁ…。
戦闘はもちろん、
ミライさんモテモテだし
ブライトさん嫉妬するしwww
こういう恋愛も織り交ぜながらだから
楽しめちゃいました。

また戦争によって残された者達。
敵、味方関係なく非情な現実を
目の当たりにして涙を流す者達。

面白い…
ガンダムって面白かったのね。
見て良かった。
これからアニメでシリーズ制覇して行きます!👨‍🚀
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