フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法のネタバレレビュー・内容・結末

「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」に投稿されたネタバレ・内容・結末

カラフルで見た目がすごく綺麗な反面内容が酷くてしんどかった。もっと軽い気持ちで見てられると思ってただけに余韻がすごい。無音のエンドロールがなかなかくる。

どんなにヘイリーやムーニーが悪い態度をとったとしてもムーニーや子供達をちゃんと守ってくれるボビーの優しさに涙。印象的なシーンはモーテルにおそらく小児性愛者と見られる変なおじさんがムーニーたちに話しかけてた時、ボビーがペンキ塗りそっちのけで助けにきてくれた。きっと無邪気なムーニー達には意味がわからなかったから大人が守ってやらなきゃいけないんだろうなって思ったし、守ってくれる大人がいるのは素晴らしいことだと思った。
最後のシーンはえ!ってかなりなったし辛かったけど楽しめました。

虹のふもとの話が好きだな〜
あとヘリに向かってmiddle fingerって言うところ笑笑
文句がおおいから⚠️で隠す。

しんどすぎる。予告とポスター見て痛快なストーリーを想像してたのに、なんだこれスラム街の日常か!?
是枝監督の「誰も知らない」を観たときと同じような気持ちになった。親は選べない。救われないラスト。

何が真夏の魔法やねん最後そのまんま魔法かかったってこと?急に映像の感じ変わりすぎだし、そこで終わりかいってかんじ。

めっちゃ胸糞悪い気持ちになる映画だった!!それが監督の思うツボなら、高評価だ!!
倫理観こわれそう。あの母親に苛立つんだよなあ。反抗期の中2ヤンキー女がそのまんま子供と暮らしたらこうなる。みたいな。全然大人になれてない母親みっともないけどもうどうしようもない。

でも好きな部分もあった。
色合いが綺麗
子供がかわいい
優しい人も出てくる。
そしてタトゥーはとてもかっこよかった。さいこう!!
倒れても成長するからあの木が好きなのってムーニーの言葉に彼女の心が集約されてる気がした。
歪でもその世界が全てであり、子供にとって母親は世界一といっていいほど大好きな存在。若くして子供を産み一人で育てることになった背景は分からないけど、子どもと親を引き離すことは最後の決断であり、お互いに深い傷を残すものなのだということを忘れてはいけない、と思った。一面的な見方ではなく、奥にある背景、主人公が育った環境やその前の親、親の親まで遡るほど深く考え、中立であることが児童福祉、母子援助においては大事だなと改めて。
orange worldとアイスクリーム屋と倒れた木の下から見える牛たちの画が綺麗だった。最後の逃げ場がディズニーランドというのは、夢があると同時にその反動で残酷だな。あの少女たちなら閉園後も隠れてパーク内で成長することも可能なのかも、、とか思ったけれどそんなに甘くないよなあ、現実は。連れ出す時にカメラが変わったのがドキドキした。
最後の晩餐になったホテルバイキングの時のママの顔が忘れられない。誰だってしたくてこんなことしてるんじゃないよ、でも生き延びるには恥もプライドも捨てて図太く強かにならなければいけないから。ホテルのロビーから3.2.1で出ていけと言われた時に、扉に貼り付けたナプキンが最高にクール。中指立てずにはいられないよな、そんなの当たり前。
2018年、131本目。

鮮やかな色彩が並ぶフロリダのある場所に見える貧困という現実。
彼女たちの普通が、普通でないと感じるこのズレ。

魔法の王国が生んだ皮肉な現状を知ってしまった。
それでもそこで暮らす子供たちが起こす日々のイタズラや遊びは、ユーモアに溢れ思わず笑みがこぼれる。

暖炉に火をつけようと思っただけなのに、それが火事へと繋がってしまう。
火事現場をバックに写真を撮る時の決まりの悪い思いをしているであろうムーニーのあの表情!こちらまで胸がキュッとなった。
状況は違えど、いけないことをしてしまった…でも言えない!と悶々とするあの時の気持ちを思い出した。

何故アメリカの生活困窮者が減らないのか?その理由を完全に理解しているわけではないけれど、すべての責任はヘイリーにあるとは言えない。

人にとっての富や善意は一体どういうことなのか?
それがこの映画の中で散りばめられているように見えた。

純粋な子供たちに、どうか明るい未来が訪れることを祈るばかり。
こうして言葉で言うと、無責任で軽々しくなってしまうのが悲しい。

ヘイリーの注いだ愛情があったからこそ、ムーニーはあの涙を友人の前で流せたんだと思う。

ウィレムデフォーの安心感。
何も語らずとも、ストーリーが深みを増す。
静かに手を差し伸べる管理人。
悲しいかな、どうしても限界はある。
こんな鮮やかで楽しいもんじゃないだろうがプロジェクト(低所得層のための住宅群)に生きる人たちの勉強になった。鮮やかな色彩や楽しい世界になっているのは、子供目線だからですよね、きっと。最後は何となくボウイHeroesのジャスト・ワン・ディ的な歌詞世界を想起。二人にはマジック・キングダムな瞬間だったんじゃないかと思います。

制作費わずか200万ドルとの事。ディズニーに無許可というのもこの映画らしくて良い。
色づかいが終始とても綺麗。
子役(ムーニー)の演技も引き込まれる。

ただ終わり方がどーにも納得いかない、、
もやもやしたまま、え?終わり??ってなってしまった。
母ヘイリーの、クソさ加減は色々通り越して爽快なほど。

「宇宙戦争」トムクルーズのピーナツバタートーストビターンに匹敵するビターンが拝める。
(その手があったか!)

住民総クレーマーの一刻館管理人を務めるデフォーの達観ぶりが良。
クソ餓鬼共とのやり取りも良いけど、乳ダスババアとのイチャイチャが至高か。
2018/10/15 1回目
今まで観た映画の中で一番難解!アートとも言えるのか?
序盤はとにかくカラフルな映像の美しさと子供たちの世界に魅せられる。
大人の世界の痛々しい現実と、純粋すぎる子供たちの世界、目に映る光景は常にキラキラで華やかなのに、感情は穏やかじゃなくなってくる。エンドロールが終わっても消化しきれない。
次に観るときは何か感じるものがあるだろうか?

2018/10/16 2回目
初見時は意味のないようなシーンの連続でストーリーなんてほぼないと思っていたが、何気ない場面にも大人の現実を匂わせる仕掛けがしてある。暗く残酷な大人たちの世界も子供たちのフィルターを通せばキラキラしたものに見えていた序盤から、徐々にムーニーがそれに気づき始める。
レイリーが問題を起こす場面には、必ずムーニーが居て、一連の光景を見つめているカットが入ったり。画面内には大人しか居ないのに子供たちの笑い声が聞こえていたり。とにかく、1回目とは違う感動があった。
個人的には、風景固定で子供たちが画面内を横断するシーンがいくつかあったがどれもお気に入り。
これはどういう感情で観るのが正解?

世の中には食べ物もろくに食べられない子供がいる。親とも離れ離れになり愛情を注いでもらえない子供がいる。では本作に登場する少女ムーニーはどうだろうか。栄養バランスなど無視してしまえば、毎日食事をし、父親はいないものの母親と笑顔でコミュニケーションをとっている。実はこれだけでも、子供にとっては幸せなのではないか。ごちゃごちゃと一般常識や統計を持ち出して、この親子は不幸であり、少なくとも子供は被害者などと言ってはいけないのだろう。もちろんこの親子のようなケースばかりになれば、社会は破綻してしまう。実際、モラルやマナー絡みの問題は多く、失業者問題もますます深刻化している。本作をそんな社会派映画と受け取ることもできるけれど、キラキラと輝く子供達が「それじゃつまらない!」とばかりに大活躍。やはり、これは子供達の映画だ。
正直、自分はこのような映画が苦手。それは『ローサは密告された』や『ブランカとギター弾き』(どちらもフィリピン映画だ)を観た時にも思ったことだけれど、貧困層や孤児の現状を伝えるだけならNHKのドキュメンタリーで十分だと思ってしまうから。ラストで監督なりの解決策や希望を描くもよし。このままでは悲惨な結末が待っていると思うならば、それを直視して(させて)欲しい。あなたならどう考える?というオチにしては弱い作品が多かったし、それは結局監督の逃げのようにも感じられる。そういう意味では本作の徹底した子供目線とラストは可愛く残酷で斬新だった。
主役の親子はもちろん、素晴らしい演技だったけれど(もうリアルにしか見えないよ)、ウィレム・デフォーをこれほど好きだと思えたことなかったかも。凄く良かった。ヘイリーには他のお客の目もあるし、公平な対応をしていたけれど(それでもかなり寛容だったな)、子供に対しての温かいまなざしと笑顔は特別優しく父性に溢れたものだった。彼の家庭事情については詳しく触れていなかったけれど、息子とのやりとりなど聞いていると、彼にも色々とあるのだろう。深みのある流石の演技でした。
こう書きながら『gifted』と似ている部分が多いことに気がつく。しかし、本作の方が是枝作品に近いという点に、大きな違いを感じた。寧ろ是枝裕和よりも、このショーン・ベイカーの方が巧み?とすら思えた。でも、それは単にムーニーを演じたブルックリンが神懸かっていただけかもしれない。

一つ引っかかるのが、火事を起こした時の話。アシュリーは子供の様子に異変を感じて問いただしていた。多分、子供は泣きながら本当のことを話したのだろうし(ムーニーに誘われてとか言ったのかな)、アシュリーも過ちを叱ったのだと思う。普段から嘘だけは付かないでくれと言われていたのかなと勝手に想像する。一方ヘイリーはどうか。正直、男の子より女の子の方が嘘は上手い。しかも、日常的にヘイリーが人に対して適当な発言を繰り返している姿を見てきたムーニーの感覚はかなりズレてきていたのではないか。貧しさや環境よりも、ヘイリーの問題はそこだったような気がしてならないし、2組の親子の大きな分岐点だったかもしれない。そういうそこだけは許さないよ、という線は見たかった気がする。でも、仮にヘイリーがムーニーの隠し事を見破ったとしても、ちゃんと叱っていただろうか…

終盤、あの元気で生意気な悪戯っ子のムーニーが、初めて私たちの前で見せる涙。彼女の世界に大人の都合が突然介入した瞬間。その恐怖が流させた涙だったのかな。理解などできるはずもない。そう言えば子供の頃、やたらと優しい他人の大人が怖かった。そんなことを思い出してしまった。
少女が逃げ込んだ夢の世界。しかし、そこは大人の欲望が作り出した世界であり、これからはそういう世界で生きる(子供のままではいられない)ということなのかもしれない。食べて遊んで友達がいて口煩い管理人がいてママがいて。ムーニーのいる世界こそ、夢の世界だったんだろうな。

この作品を肯定するも否定するも自由。しかし、ヘイリーの生き方は何も特別なものではないのだと考える必要はあると思う。
最後切ない。
あんな商売でお金は稼いではいけないかもしれない。しかも子どもがいる前で。でもムーニーは決して不幸には見えなかったよ?二人で楽しそうに暮らしてたよ?
子どもを育てる環境としては良い環境とは決して言えないけど、ムーニーは不幸ではなかったと思う。
ヘイリーが出来た最後のムーニーへのプレゼント。ホテルの朝食バイキング。笑 彼女の子どもには楽しい思い出を残してあげようという気持ちが泣ける。きっとムーニーは一生忘れないと思う。
幸せの形はそれぞれ。でも色々な社会問題が複雑に絡み合って、なかなか「それでいいんだ!」とはならないのが実情。皆が幸せになれればいいのになぁと心から願う今日この頃です。
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