藻尾井逞育

八犬伝の藻尾井逞育のレビュー・感想・評価

八犬伝(2024年製作の映画)
4.0
「正しい者が勝ち、悪は罰せられる。そういう世界を描く目的で戯作を書いてるんだ。悪が勝つこともあるこの世の中だからこそ、別の世界を味わってもらいたい。それが虚の世界だ」
「正義は虚であっても、貫き通せばその人の人生は実となる」

江戸時代の人気作家・滝沢馬琴は、友人の絵師・葛飾北斎に、構想中の物語「八犬伝」を語り始める。里見家にかけられた呪いを解くため、八つの珠を持つ八人の剣士が、運命に導かれるように集結し、壮絶な戦いに挑むという壮大にして奇怪な物語だ。北斎はたちまち夢中になる。そして、続きが気になり、度々訪れては馬琴の創作の刺激となる下絵を描いた。北斎も魅了した物語は人気を集め、異例の長期連載へと突入していくが、クライマックスに差しかかった時、馬琴は失明してしまう。

山田風太郎さん原作の時代小説「八犬伝」の映画化です。もちろん、江戸後期の戯作文芸「南総里見八犬伝」の内容そのものも大きく関わってきますが、このファンタジー小説の作者である曲亭馬琴自身を主人公とした物語も同時進行していきます。

映画は、馬琴の創り出すファンタジー世界「南総里見八犬伝」の「虚」のパートと、創作している馬琴自身の暮らす実生活である「実」のパートに大きく分かれます。この二つの世界を行きつ戻りつしながら、映画は進んでいきます。武家社会の価値観、儒教をベースにしながらエンタメに徹したファンタジーの「虚」の世界。一方、他の戯作作者よりは恵まれていたそうですが、家庭のことなど悩みも多い馬琴の生活する「実」の世界。

さらに馬琴は、実際のところ交流があったのかどうかは歴史家の判断にまかせますが、葛飾北斎、鶴屋南北、渡辺崋山といった当代の文化人とも交流していきます。お互いの持つ人生論、文化論を闘わせることで、時には感銘を受け、また時には大いに反発して、迷い悩みながらも自分自身の糧として成長し、「南総里見八犬伝」への作品愛を強めていきます。

特に面白いのは、「実」の世界で、馬琴が北斎に連れられて、鶴屋南北の歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」「東海道四谷怪談」を鑑賞しにいくところがあります。この場面、映画の中でも短いシーンですが、劇中劇を中村獅童さんと尾上右近さんが演じる熱の入れようです⁈
史劇の「忠臣蔵」である「実」に、「四谷怪談」の「虚」を挟み込んでいます。ここで南北は、武家の言う忠義や正義など疑わしく、四谷怪談のどろどろした人間の感情の方がよりリアルであると持論を展開し、馬琴と大喧嘩になります。私たちの生活する「実」の世界の中にも「虚」と「実」があり、ともすると「虚」が「実」を飲み込んでしまうというのです。

ファンタジーの「虚」、馬琴の生活する「実」、さらにその「実」の中にもある「虚」と「実」。この複雑な三重の入れ子構造を馬琴は行ったり来たりしながら、時に迷い悩みながらも大作「南総里見八犬伝」を周りの助力を得ながら完成させていったことは、映画を見る者の胸を熱くします!長編大作ゆえに、馬琴はどんどん老化していきますが、思い悩みながらも成長していく、これって、まさしく青春映画の構成要素でもありますよね。青春とは年齢ではなく、心の持ちようだと思います。時には紅顔の美老人や、見目麗しい老婆がいたっていいんです⁈最後はフランダースの犬になっちゃったけど⁈