ベティ・ブルー 愛と激情の日々の作品情報・感想・評価

『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』に投稿された感想・評価

lente

lenteの感想・評価

4.0
この作品の熱烈なファンだった男の先輩が学生時代にいて、ある日キャンパスのベンチに2人で腰掛けながら「彼女に告白しようと思う」という相談を受けて話を聞いていたのですが、のちにそんな彼女はどこにも存在せず妄想だったという思い出があります。

事情に詳しい先輩に話を聞くとやはり病院に通っていたらしいのですが、もしかすると映画を熱烈に愛する心もまた、その先輩と同じようなものかもしれないと思うことがよくあります。そうした現象の多くは脳科学や心理学などによっていくらでも説明はつくのでしょうが、それらはあくまで社会的な言語によって支えられていますし、僕たちにとってのほんとうの言語はそんなふうに割り切られることを拒み続けます。

裏を返せば割り切られてしまうくらいのものなら、割り切ってしまったほうがいいとも言えます。それでもと残ってしまうものを僕たちは映画のなかに観ている。



ジャン=ジャック・ベネックスによる『ディーバ』(1981年)と『ベティ・ブルー』(1986年)を数年前に続けて観たときに感じたのは、彼もまたアンリ・マティスやジャン・コクトーの国に生まれた人だということです。

映画ゆえに時間軸に沿ったプロット展開はさせてみるものの、ストーリーそのものはたぶんあまり信じていない。マティスが色彩を追求していくなかで、色と色の関係性をどこか存在論的に表現するに至り、コクトーが表現するということから逃れていく軌跡を表現としていったように。

男によって語られる「大地を駆け回るのが彼女の本能なのに」「足を折った野生馬」のように生きる女。そんな女と出会い振りまわされるように愛し愛されるなかで、彼女に生きる証を見出していく男。青春期に誰しもが体験しただろう1コマを純化させていけば大筋はこんな話になるように思いますし、その純度で楽しむことはできます。

けれどジャン=ジャック・ベネックスが真に描きたかったのは、そうした2人のラブストーリーではないように思えてなりません。では色彩や情景や人物の存在かと言えばきっとそれでもない。『ディーバ』以上にその感覚はナチュラルに研ぎ澄まされており、配色などはさながらアンリ・マティスの作品を映像化したような趣さえありますし、特に海辺のコテージでのシーンはすべてのカットに神が宿っているようです(シトロエンDSの優美さ、シトロエンCXの失われた未来性、黄色いメルセデスW110の典雅さなども含めて)。

しかしながら観終わってしばらく経つと、純化された男女の関係も色彩や情景の美しさも、この作品が目指したものではないように感じられてきます。

むしろそれぞれの「有」を描いた後に、それらを取り除いた際に訪れる一瞬の「残像」のようなものを描いてみせているように僕には感じられます。「無への諧調表現」と言ってみてもいいかもしれない。その諧調を生み出すためには、色彩も情景も美しくなければならなかったし、男女の関係もギリギリまで純化させなければならなかった。

男の優しさは女に向き合うための優しさではなく、むしろ逃れていくためのものだろうと思います。ジャン・コクトーが表現することの先に表現しないことを選んだように。女の振るまいは本能に従った激しさよりも、純度を上げるための単純化のように感じられます。アンリ・マティスが色彩との対話の果てに切り絵に至ったように。



原題の『37°2 le matin』(37度2分 朝)をその先輩が「女性が最も妊娠しやすいときの体温なんだって」と語っていたことをよく覚えています。正しくは月経前の微熱のことを表しているのだと思いますが、きっと彼がほんとうに言いたかったことは、そうした中学生や高校生男子が喜ぶようなトピックスではなかったはずです。

しかしそんなふうにしてしか、彼はこの映画に描かれた何かを口にすることができなかった。そして僕は的確に何かを口にされるよりも、手を伸ばしても届かなかったその距離のほうに強く心が惹かれています。
HIRO

HIROの感想・評価

-
過去鑑賞。学生の頃みたけど…
フランス🇫🇷映画は綺麗だけど意味わからんと思った記憶あり。配信されたら再視聴したいなぁー
なお

なおの感想・評価

3.4
破天荒で精神が病的に未熟で魅力的な美少女に、書いた文章をしまっておくだけのうだつの上がらない男が狂わされていく本能と愛の話。

頭のおかしい人しか出てこない。

感受性弱めて観ないと引っ張られて生活に支障をきたしそう。

美しく強烈で、いい映画。
Soichi2001

Soichi2001の感想・評価

4.2
とにかく綺麗。好きな女に振り回されるのが男の幸せであると誰かが言ってた
Maria

Mariaの感想・評価

4.0
2人とも似合わない色が無いし本当に華がある…前半のベティの激しさにはちょっと笑っちゃったけど、ゾルグの愛の深さにやられてしまった💔
いちいち一時停止したくなるくらいに映像の色彩が綺麗。
Makimoto

Makimotoの感想・評価

4.0
いささか長かったが、長いことに意味がある作品。

ベティは心の中で生き続ける。
kojikoji

kojikojiの感想・評価

3.5
 1986年フランス映画。
 この映画、レビューを読むと、高く評価される方を時々見かける。どんな作品だろうと気になって、だいぶ前にclipしていたが今回やっと観る機会を得た。

 ヌーベル・バーグの次の世代を代表する監督ジャン=ジャック・ベネックスの作品。
 彼は初長編監督作品「ディーパ」で注目された監督で、この作品でアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされている。

 最初っからベッドシーン、しかも無修正。これには戸惑うが、それもあっという間に慣れてしまう。自然な形で愛情を表現しただけ、そんな戸惑い自体、バカバカしいと監督は笑うだろう。

 作家希望のゾルグ(ジャン=ユーグ・アングラード)が愛した女ベディ・ブルー(ベアトリス・ダル)は情緒の起伏が激しく、怒った時は手がつけられないが、精神が安定した時は、無類の可愛さを持っている。ソングの彼女に対する愛情は次第に深いものになって行くが、それに比例するように精神の不安定さの起伏の「振れ」が大きくなっていく。
 そして妊娠検査の結果が陰性と分かり、彼女の未来対する望みが失われた時、ついに、奥に潜んでいた「狂気」が顔を見せる。
彼女のその時の姿にぞっとする。

 始まりは、たわいない恋人同士のじゃれ合いを長々と見せられ、「なんだの映画は?」と思い始めた頃、ベディの異常が突然顔を出す。最初は彼女の行動の激しさに戸惑うが、次第にそれが繰り返されるうち、二人のこんな生き様を見せつけられるのだとわかってくる。

 だからどうなのだ、といえばそれだけのことのように思うが、それが行き着く先からこの日々を思い返すと、妙に懐かしく強い喪失感が襲うから、私もいつのまにか、この奔放なベディ・ブルーを愛しく思っていたのだろう。

 主演のベディ・ブルーを演じたベアトリス・ダルはこの映画が初の映画らしい。初々しさ中に大胆さをもつ彼女の個性が光る。
Maki

Makiの感想・評価

3.5
映像がとても美しい作品だった。

彼女は感情の起伏が激しく理性的に考えず行動することが多いため、観ているこちらもハラハラしてしまう。
それでも、愛するもののために全力で泣いたり怒ったりできる心があるのはいいなと思う。

彼は世間が何て言おうと友人からも非難されようと彼女の味方でいてくれる、その愛の深さがいい。

ミスチルの曲『シーソーゲーム 勇敢な恋の歌』を思い出した。友人の評価はイマイチでもとか、図に乗って君はまたノーリアクションとか。
一番最初に見たのは高校生の時。
an-anやnon-noの雑誌でやたらと取り上げられていた記憶。レンタルはVHS。
初見は衝撃だらけで、しばらくはベティに取り憑かれた。映画のポスターやサントラも買った。
その後も何度か見た。そして、34年後の今日また見た。
一夏だけでも、コテージで好きな人とあんな世俗を離れた風景の中で暮らしてみたい。
真っ赤な口紅💄や服に負けないスタイルに存在感。ベティは昔も今も眩しい。
窓際

窓際の感想・評価

-
耐えられないくらいベティがきっしょいが私だってこんなに狂っても受け止められたいに決まってるわけ。
>|

あなたにおすすめの記事