ベティ・ブルー/インテグラル 完全版の作品情報・感想・評価

「ベティ・ブルー/インテグラル 完全版」に投稿された感想・評価

elie

elieの感想・評価

4.4
この作品の感想を書こうとしたら
1曲ラブソングが出来そう(笑)
そのくらい愛に溢れてて
苦しいほどに
愛に溺れてしまった
2人の物語

彼の幸せを願う事が
彼女を輝かせ
彼女の幸せを願う事が
彼を輝かせる
でも想い合う程に
2人は傷ついて 切な過ぎる

生きる事に真っ直ぐで
お片づけ(崩壊)が得意なベティ
思うがままに感情をぶちまけ
ヒステリックに
異常な行動ばかり起こすけど
どこまでもピュアで愛情深く
不機嫌な顔も 無邪気な笑顔も
ほんとに可愛い

そんなベティの言動に対する
ゾルグの心の受け皿が
どこまでも深くて
全てを受け入れてしまう
ベティのためなら
何でもやってのける
この人もまた
痛々しいほど愛情深い

作品の原題は
"37°2 LE MATIN"
朝 37度2分 に込められた意味

喜びも悲しみも分かち合った2人
ゾルグがトマトソースで
顔をぐちゃぐちゃにした時
黒い涙を流した時
彼の深い愛と優しさに涙が出た

この前DVD見つけた時
買っとけばよかったと後悔!!!
私が観たのはインテグラル版で
3時間近くあるけれど
燃えるような2人の愛が
丁寧に描かれていて
長いからこそあのラストでも
幸せだった2人が
いーっぱい目に浮かんでくる

この作品こそが
ゾルグが綴る小説のようだった
素晴らしい作品.
とにかくベティが限りなく透明に近いブルーのリリーとかさなる。

純粋無垢な感性が暴力になってどんどん壊れていく虚無感。
ka

kaの感想・評価

4.3

このレビューはネタバレを含みます

自由で凶暴で野生的なベティと彼女を愛してやまないゾルグ。ベティは自由奔放で豪快で堂々としていて、でもどこか人生に希望を持てず、いつも何かを渇望してるようだった。彼女の持っている神経質なところが最後はああいう形になって、2人の生活は壊れてしまった。でも世の中の全てのものは壊れるし終わる。ベティとゾルグにとってああいった断ち切り方、断ち切られ方は幸せだったのかもしれないと思った。彼らのお互いに夢中で周りが見えなくなる猛烈な恋は見ていてハラハラするが気持ちが良かった。好きな映画でした。
meg

megの感想・評価

3.9
ノーパンにノーブラ、
素肌にエプロンみたいなワンピースに、
小さなトランク一つで彼女はやってきた。
無造作な黒髪のボブに、
濃いめのメイクが似合う生意気そうな瞳。
大きな口をいっぱいに開けて、
子供みたいに無邪気にケラケラと笑う。


「彼女は、
透明な感性をもつ奇妙な花のようだった」

ベティは加減を知らない。
喜びも哀しみも愛おしさも嫌悪も、
嵐のような勢力で彼女を支配する。

愛がすべて、
と言葉にするのは簡単で、
だけどそれを行動で示すのは難しい。
でも、ベティにとっては、
愛することは生きることで
生きることは愛すること。

彼のためならなんだってする。
不条理な出来事には怒りに身をまかせ泣き叫びながら全力で抵抗するし、彼の成功のためならどんな労力もいとわない。
ベティは、澄み切った無償の愛を我が子に与える親のようにも見えたし、狂気をむき出しにして貪るように愛を求める哀れな異常者のようにも見えた。

ゾルグはそんなベティのすべてを受け入れ、優しく包み込む。
彼は常にふたりにとっての最良の道を選んできた。つもりだった。


ふたりで塗ったピンク色の壁。
黄色い車を走らせ、
丘から眺めたオレンジ色の夕日。
パステルカラーに彩られた思い出が
涙で滲んでその輪郭を無くす。

ベティは自らを赤く汚し、
やがて青に消えた。

限りなく透明に近いブルーの余韻。
夏が、終わる。
kiko

kikoの感想・評価

3.6
素晴らしい❢ベアトリスダルの精神が危うくなるさまを熱演❢激しい愛の形が素敵だ。
KanKawai

KanKawaiの感想・評価

4.2
20年ぶりくらいに見直したが、衝撃的なオープニングとエンディングは忘れていなかった。重いテーマで何度も見たいと思う作品ではないが名作の一つではある。
湯

湯の感想・評価

3.5
ベティが凶暴な上に情緒不安定だけど自由で可愛くて真っ直ぐ。かなりぶっ飛んでる。
性的なシーン😰なんだか生々しかったけどそれは2人の激しいけど純粋な愛を描くためには必要なものだったのだと思う。
こういう愛もあるんだなと。激しい。
切ないお話だから見てて苦しかったー

楽しい、ロマンチックなラブストーリーだと思って見るとくらうと思う
ベティ達の愛を画面越しにでも見るのには体力が必要
精神的にも肉体的にも元気な時に鑑賞することを推奨します

このレビューはネタバレを含みます

昨夜にこの映画を初めて観て、今朝起きると、映画の夢を観ていたようで、どんな夢かは忘れたが、目覚めた時に重い喪失感があった。

この映画は、わたしはまだ涙が一滴も流れることがない。
自分には映画として観れない何かがあるように思う。
わたしは女であり、性格はベティと、よく似ている。

真っ白な光か、真っ暗な闇か。
0か、100か。グレーゾーンを受け入れられないベティとわたしはよく似ている。

そしてゾルグとも。
わたしはゾルグと同じ純文学小説家志望である。

ゾルグがほんとうに望んでいるのは彼が描くような悲劇的に終わる世界であることをベティは無意識にも感じ取っていたかもしれない。
同時にベティはゾルグとの今の幸福の延長にあるさらに大きな平凡なる安らかな喜びである幸福を追求していたことも確かだと感じる。
ベティにとって愛するゾルグとの生活はとても大きな喜びの中にあったものの、何度と破壊的な不安に襲われ、それは満ち足りたものではなく、ゾルグの中にも、このまま幸福が続いていくことの不安のような何かがあるのだとベティは感じていたのではないか。

ベティはゾルグを幸福にすることが彼女の一番の幸福であったはずだ。
ゾルグはヒトラーを愛し、悲劇を愛する男である。
現実に破滅的な悲劇がなければ書くことは決してできないであろう重圧で人をほんとうに感動させる物語をゾルグが書くということを、ベティは潜在的な場所で望んでいたのではないか。
そしてそれを意識下には及ばないところでゾルグも望んでいるはずだとベティは見抜いていたのではないか。

二人が望んだもの、それは、同じものだった。
だからこそ、美しい悲劇をそこに人々は観るだろう。

ベティは自分を犠牲にしてでも、ゾルグをほんとうに幸福にしたかったはずだ。
そしてゾルグも、悲劇を望むのはベティとの幸福のためであったはずだ。
ベティはゾルグが描く悲劇的な結末を迎える物語を愛したのだから。

「存在しない何か」を深く望んでいたのは、ベティだけではなかったのではないか。
小説家とは、幻想の世界に生きる人間である。
ゾルグはベティとの幸福な生活を望み、それが叶えられていくほどに彼の幻想なる悲劇的な物語を渇望していたように思う。
ベティはゾルグを愛する深さゆえ、それを感じ取っていたに違いない。
ゾルグとベティは、まるで鏡を見つめあうように同じ「存在しないなにか」を深く深く渇望した。

ゾルグが悲劇を求めたのはベティへの愛ゆえである。
ベティが悲劇を求めたのはゾルグへの愛ゆえである。
だから愛し合うほど二人が悲劇的な結末へ向かわざるを得なかったというあまりに悲しく美しい悲劇がここにあるのだろう。

二人は、けっして間違った方向へ行ったわけではなかった。
ベティとゾルグは、「存在しない何か」をやっと手に入れたはずだ。

*原題の『朝、摂氏37度』とは女性が最も妊娠しやすい体温のことで、男と女の愛と交接の完全燃焼点を表した言葉とされている。

女がお腹に宿し、生む存在とは未知なるものである。
それはまだ、どこにも存在しないもの。
どこにも存在しない「物語」である。

そして小説を書く男が生みだそうとするものも、
それはまだ、どこにも存在しない。

それはまだ、深い深い深淵の中にある。

ゾルグは、それを、書き始めた。
自由奔放なベティとそれに振り回されながらも愛を貫くゾルグ。人生はきっと思ってる以上に残酷だし、でも美しいんだと思った。
misari

misariの感想・評価

4.0
3時間という長さでも二人に目を離せずにあっという間に見終わった。ベティの感情に素直な表情、行動にはついつい声をあげてしまうことがあった。自分でコントロールすることができない感情にはよくも悪くもゾルグを苦しめる。レトロな色使いと車が個人的には好き。最後まで見終わったあともう一度最初のシーン10分を見直すのがオススメ。ベティのように生きてみたいと思う
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