マーティン/呪われた吸血少年の作品情報・感想・評価

「マーティン/呪われた吸血少年」に投稿された感想・評価

吸血鬼の青年マーティンの物語
超常的な現象は一切起こらないので、彼が本当に吸血鬼なのか?それとも単に殺人衝動を抑えられないだけで、周囲が理解できないものを悪魔、吸血鬼として処理しようとしているのかわからなくなる
ジョン・アンプラスの儚げで子供のままのような表情がとても印象的
natsumi

natsumiの感想・評価

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吸血鬼らしき青年(自称80代)マーティンがある田舎町にいる従兄弟とその孫娘と住み始める話。ロメロが自分の作品で一番のお気に入りらしい。マーティンを演じるジョン・アンプラスが病的で愛に飢えている感じがアンチバイラルのケイレブ君っぽい。演技はケイレブ君ほど上手くはないけど不器用で良い味が出ている。マーティンがマジで吸血鬼なのか、ただの殺人鬼なのか明確にされていないからゴシック時代?の黒白の映像が若い頃のマーティンの記憶なのか妄想なのかも分からなくて、それが現実と連動してるのも面白かった。今の吸血鬼ジャンルと比べても新しさがあると思う。

ライセンスの関係で本国でもあまりDVDも出回っていないらしく観れて良かった。Dawn of the Deadも同じく、通りでなかなかオンデマンドで観れないわけだ。去年の日本初公開復元版観たかったな…
ゾンビ映画の巨匠ロメロによる吸血鬼映画。マーティンは吸血鬼なのか歪んだ性癖を持った人間なのか曖昧にしつつのラストの衝撃はなかなか。
『アミューズメント・パーク』の後に観たので、お爺さん頑張れ!と思ってしまった。マーティンは十字架もニンニクも陽の光も平気だし、単に性衝動に突き動かされて犯罪を重ねる青年の様にも見えるけど、従兄弟(アミューズメントパーク主演のお爺さん)と同い年だというし、本当に血を欲しているのでやはり吸血鬼か。私には新鮮な吸血鬼像だった。

ヒゲなしトム・サヴィーニやロメロ監督本人が出演していて、面白かった!
マーティンが凶行に手こずっているドタバタを見ていたらアングストを少し思い出した。しかしアングストの殺人鬼よりマーティンの方が人間的かも。ラストは驚き、帰路で悲しくなってしまった。Blu-rayでメイキング見たい…
みぽち

みぽちの感想・評価

3.5
男女構わず人の血を吸いまくる吸血鬼マーティンの暴走を描く。"少年"とあるが、マーティン役の俳優さんが明らか少年じゃない見た目で終始違和感🤣不穏かつヘンテコBGMや、映像の映し方でこちらも不安になっていく🥶
そしてあのラストシーン…最初からそうしとけばいいのに〜っ🤯🤯と声を大にして叫びたくなってしまった😓笑
21-220-81
シネマカリテ「ジョージ・A・ロメロ3作一挙特集上映」
アミューズメント・パークと併せて鑑賞。
異色の青春映画。ラストとエンドロールがガツンと来る。
物販でジョージ・A・ロメロ財団公式缶バッジゲットして泣いたよ。
よしえ

よしえの感想・評価

4.4
注射で眠らせた女を裸にして、剃刀でつけた傷から吸血をおこなうという猟奇的犯罪を繰り返していた少年マーティン。祖父と孫ほどにも年の離れた従兄であるクーダに引き取られるが、クーダはマーティンを吸血鬼と罵り、事あるごとに呪われた血と脅す。マーティンは自分が何者であるのか思い悩み、またごく普通の形で女と結ばれることを夢想する。ラジオ番組に電話し、「伯爵」と名乗って吸血について語り、人気を得ていくが、吸血衝動には歯止めをかけられず、犯行を繰り返していく。

マーティンが実際に吸血鬼であったのかは作品内で明言されず、唐突で衝撃的なラストの後、余韻のように見るものの心に残る。実際、伝統的な吸血鬼像に見られる十字架を恐れニンニクを嫌い鏡に映らないといったことは一切なく、明るい太陽の元でも平気で行動できる姿は、そうでないことを示唆しているようにもとれるし、一方でこれまでの吸血鬼ものとは違うことを端的に示しているようにも見える。
そうした虚飾を剥ぎ取ってしまえば、マーティンはただの性衝動に思い悩む普通の少年(少年と言うにはちょっと薹が立っているのだが)にしか見えない。この辺りは誰にでも身に覚えのあることで、理解しやすい。彼が常軌を逸しているのは、ひとえにその衝動を犯罪行為で紛らわしていることと、犯行の手口が巧みで(実は仔細に見ると結構杜撰なのだが)、これまで嫌疑もかからず逃げおおせていることだ。クーダには完全に疑われているものの悪魔憑きと思われているせいで見逃されているという、なんとも厄介な構図すら孕んでいる。
ごく普通に考えれば、自分を吸血鬼だの悪魔だのと罵る相手と一緒に暮らしているのも相当におかしいのだが、一方でそのように見做した少年をごく当たり前のように自分の元で働かせているクーダの心情もかなり異常だ。このような関係性のもとで一つ屋根の下に暮らし食事をともにするというのもかなり理解し難い状況設定ではあるし、しかしながらその異常性をさほど感じさせず一本の作品にまとめ上げたのは、やはり監督のジョージ・A・ロメロの手腕が際立っているとしか言いようがない。ラストからスタッフロール中も続くシークエンスの乾き感は見事。
特筆すべきこととして、出演してるロメロ、サビーニにヒゲがない!(笑)


まあそれはともかく、神父をロメロが演じているのは面白いポイントかもしれない。
マーティンが本当に吸血鬼なのか、あるいは単に頭のおかしい人なのか、それはハッキリしないしロメロも明言していない。
吸血鬼映画とも、青年の煩悶を描いた作品とも取れる。
本作の面白さはそこにあると言える。


そんな中でハッキリしているのが、敬虔なカトリック教徒である従兄弟のクーダは、その教義とか古い考えに凝り固まっている。
その古い考えの原因となってるカトリックの神父を監督が演じているってのは中々の皮肉。


吸血=セックスの伝統的な図式が成り立たないのもまた本作の面白いところ。
マーティンはセックスをしたいと思っているけど、過去に好意を寄せていてセックスに至りそうだった少女の血を吸ってしまった。
血を吸う時に裸になって擬似のセックスを行うようで、男の血も吸う。
ついにセックスに至った人妻に対しては血の渇望がないように見える。


初めて本作を観たのは大学生の時だった。
雑誌の読者プレゼントにダメ元で応募したら運良く当選したDVDが初観賞だった。
まさか当たるとは思っていなかったから、ポストに入ってた時は興奮したなあ。


その時と今回、10年後くらい経ったらまた違う見方をするのかもしれない。
そんな味わい深さが本作にはある。


今回は「アミューズメント・パーク」のおかげで劇場鑑賞が叶ったわけだが、本作で一番人格的に問題あるクーダが、「アミューズメント・パーク」では(同じような衣装で)散々な目に遭う。
あっちでマーティンの恨みを晴らそう(笑)
sasha2021

sasha2021の感想・評価

3.9
バンパイヤ作品の常識を覆す新鮮な作品でした!🦇ある少年の歪んだ性的欲望の解放。悪魔の血統に生まれたために幼い頃から自分は吸血鬼だと思い込まされて生きた彼。いつしか彼もこれを口実に犯罪を犯すようになる。最後はちょっと切ない。
"血を吸うより誰かとつながりたい欲望"を抑えられない純粋で人間味溢れる美少年吸血鬼のマーティン。優しくて口数が少ないことから母性本能をくすぐるらしく、奥様方や女性が心を許しやすいらしく、正直注射器とか駆使しなくてもいけた気がする😂注射器を口に加えて片手にも持って女性を追い回して無数のドアを施錠したり開けたりドタバタするシーンは面白かった!眠らせておっぱい 見てちょっとだけ試触して何もしないで寝かすとこがかわいい😂💕
ニンニクが嫌いとか魔力なんて迷信さ!吸血鬼が女性ばかりを襲ってるって?魔力があったら自由自在だけど実際に誰かをコントロールするのは難しい。と魔力の力を真っ向から否定するマーティンだが、悪魔の家系に生まれた血統を理由に伯父からお前は悪魔だ!と小さい頃から言われて育ったので、偏見が彼を吸血鬼たらしめてしまったのだと解釈しました。本当に吸血鬼だったのかもしれないけど、それは各々の解釈かなぁ。いけいけプレゼンテイターがインタビュー形式で吸血鬼の数奇な人生観についてリスナーにお届けするスタイルが面白かった!
ゾンビ映画の定石となった傑作『ゾンビ』の1作前のジョージ・A・ロメロ監督作である。
吸血鬼の恐怖映画の体裁を取りながらも、それを不条理として否定しながら、強い思い込みで血を欲して女を襲う屈折した青年の犯罪映画であり、迷信を信じ込むことや、執着と呼べるほど保守的でいること、好奇心でマイノリティを傷つけることといった人間の業が描かれ、結末では吸血鬼であることを永遠の事実として決めつけられるということが、極めてやるせない。

その救いの無さから、結果的にはアメリカン・ニューシネマの系統にあると思う。

登場人物は総じて社会の中で病んでおり、特にマーティン、クーダ老人、サンティーニ夫人といった人たちは愛されるべき人に愛されていないことが共通項であり、それを原因の1つとして破滅する。

SNSで誰もがメディアとなれる情報化社会の今、この映画で特に刺さる描写はマーティンがラジオの電話相談で、身近な他人には話せぬ身の上話をして孤独を紛らわせているシーンだと思う。
現実世界に居場所の無い人が自らの癒しのためにメディアを使って表現し始めたことが、他人の好奇心を呼び寄せ、いつしか大衆が文句を言い嘲笑するエンターテインメントへと変化していくことで、また居場所が潰えてその人にとっての救いが無くなるように思えるという、現代のSNSの炎上の構図そのものとなっていた。

エンドロール中ずっと、マーティンが埋められてもなお、ラジオのトークは盛り上がり、さらには大衆から尊敬される者の代表である神父さえも匿名のリスナーとなって一緒に笑いあって、そのエンターテインメントが続くことも最悪で素晴らしい。
罪を償った犯罪者をメディアが追っかけて社会復帰を困難にするという私刑を思い出す。
たちの悪いことに今ではメディア=匿名の大衆となり、デジタルタトゥーと喩えられる。

そういった人間の業に対するこの映画で提示された唯一の救いがクーダ老人の娘クリスティーナとその恋人アーサーがふたりでコミュニティを逃げることで生き延びられたことだ。
今いる場所に居場所が無いなら、新しい場所に行く。
そういう結論に行き着くのは、この世に対してやるせない。
やるせないが故にすごいリアリズムだと思う。

舞台は監督の地元ピッツバーグで、大体知り合いの家とか無料で借りられる場所を使い、脇の役者も妻、これ以降に特殊メイクで大活躍していくトム・サヴィーニ、そして監督自らが演じているように映画部のような結束感ある楽しい制作環境から、たまにその場の思いつきで撮ったような安定しない画面も現れたところでドキュメント的でもあり、そういった荒っぽい初期衝動にいちばん伝えたいリアリズムを入れた魂を感じる映画だ。

余談だがBlu-rayの新録吹替を見たが、16mmフィルムから上下カットでビスタサイズにした代物のためフィルムグレインの目立つ荒い映像に合わせて、モノラルやら声のこもり具合やら、すごくLo-Fiな感じで往年のTV洋画劇場のように作られていたのが興味深かった。
凝っている。
もし鮮明な音だと想像したら、厚化粧な感じで逆に安っぽくなるのだと思う。
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