ブレードランナー 2049のネタバレレビュー・内容・結末

ブレードランナー 20492017年製作の映画)

Blade Runner 2049

上映日:2017年10月27日

製作国:

上映時間:163分

ジャンル:

3.9

あらすじ

追われるのはブレードランナー?世界を滅ぼす鍵を握るのは―。 舞台は2049年のカリフォルニア。ライアン・ゴズリング扮する“ブレードランナ ー”(※人間社会に紛れ込んでいる、労働用の人造人間“レプリカント”を処分する役目の捜査官)Kは、ある重大な秘密に辿り着き、その真相を知るためハリソン・フォード演じるかつてのブレードランナー、デッカードの行方を追っている。 冒頭でデイヴ・バウティスタ演じ…

追われるのはブレードランナー?世界を滅ぼす鍵を握るのは―。 舞台は2049年のカリフォルニア。ライアン・ゴズリング扮する“ブレードランナ ー”(※人間社会に紛れ込んでいる、労働用の人造人間“レプリカント”を処分する役目の捜査官)Kは、ある重大な秘密に辿り着き、その真相を知るためハリソン・フォード演じるかつてのブレードランナー、デッカードの行方を追っている。 冒頭でデイヴ・バウティスタ演じる男に、デッカードの行方を問いただすK。 レプリカントを製造するウォレス(ジャレッド・レトー)は、「“彼”が鍵を握っている」と言うが、彼とは誰を指すのだろうか? そして、デッカードの居場所をつきとめたKは、過去に何があったのかを彼に問う。前作『ブレードランナー』でレプリカントの恋人レイチェ ルと逃亡したデッカードがその後どうなったのか・・・

「ブレードランナー 2049」に投稿されたネタバレ・内容・結末

観ても観なくてもいいかな
でもせっかくなので観ておこうかなー
くらいの気持ちです
前作は観ました、その原作も読んでます
うーん、長かったー
長すぎですよ、時計をチラチラ見てしまいました
今回はレプリカントが主人公
ちょいちょい人間から差別的に扱われてたりして、なんで皆にバラしてるんだろう、上司だけが知っていればいいと思うけど
給料貰ってるっぽいです
AIの彼女と一緒に暮らしてたりもしてますし
人権あるんですかね、無さそうな感じもします
逃げたレプリカントを捕まえるお仕事してます
なんやかんやでデッカードとレイチェルの息子なのかと勘違いしてましたけど
普通にレプリカントでしたとさ
魂とかどうでもいいかな
この世界のレプリカントは高性能すぎて
もはや人間を超えてしまっていますからねぇ
AI彼女のジョイは何かあるのかと思いましたが一途に主人公を愛してましたね
AIと恋愛ってどうかなと思いましたが
主人公もレプリカントなので一応AIですから、アリなんでしょうね
ダラダラとストーリーが進みデッカード登場、二人はなにやってんの
でレプリカントのから産まれた子供を探している会社の人達が現れて
お腹を怪我する主人公、さらわれるデッカード
アレ主人公のコートに小さい機械を入れたのは会社の人じゃ無かったのね?
えっ、人類に対して反乱ですか
産まれた子供を旗頭にして
えー、ベタ
で会社に存在がバレたくないからデッカードを殺してねと
お腹の怪我はなぜか治療してない感じ
会社のトップとお話したデッカード
違う場所に運ばれて拷問される予定
主人公が襲撃して撃墜、水のある場所に墜落、会社の女性レプリカントと戦闘、
またお腹に怪我
女レプリカント殺す
デッカードを助けて、本当の娘に会わせに連れて行って主人公死亡
デッカードは娘に会いました…
感想を書くつもりがあらすじを書いてしまった
あっそうそうAIの彼女ジョイ役の女優さん、かわいかったですね
・2049年レプリカント捜査官のK(ライアンゴズリング)は自身の出生の秘密を知るために、かつてのブレードランナーのリック・デッカード(ハリソンフォード)の行方を追う
・前作はアンドロイドと人間の対立構造があったけど、今作は自身の存在意義を問う禅問答なやり取りになるにつれテンションが右肩下がり
・サイバーパンクな都市のイメージが強いブレードランナーで今回はシンプルで空間的な広がりがある美術がヴィルヌーヴ印
・未来のダッチワイフことホログラムAIのジョイとのやり取りは現代的なテーマをはらんでいたし、ベッドシーンはドキドキした
・タルコフスキーとの類似性を指摘する記述がかなり腑に落ちた
ちょっと長すぎ、割と物事がスローで進むので眠気を誘う。
前作よりも、美術的に洗練されたデザインで、楽しかった。
デッカードの娘は、レプリカントにとって希望の存在だけど、免疫不全であり、ジョーはレプリカントであるがより人間らしい。二人とも完全にはなれないという、ジレンマが最後のシーンでつたわってくる。
完全に騙された…普通息子だと思うよね。もしかしたら親かもと思ったKに厳しい現実。隠れている同族を始末する彼でも、デッカードは見殺しにはできなかったところに人間らしさがあった。
ジョイを見て、AIが家庭に浸透したらこんな感じになるのかな、と思った。すごい技術。
ところどころ難解で長く感じるけど、続編として雰囲気は保っていたと思う。画面に広がるグレー、赤、白。温度感のある映像だった。
スルメ映画。人間もレプリカントも美しい。Kはレプリカントとしてしか死ねなかったが、その分しっかり人間として生きれたのだろう。映像も見事。
前半から後半まで考えながら観続けた作品だった。
人間、レプリカント、AI(ホログラム)が混じり合う中で「人間らしさとは何か」が頭の中で巡る作品。
ジョイとの触れ合い、最後のジョーとアナ博士の対比が印象的。
映画マニアの中で必ず名作と言えば名前が挙がる前作については随分昔に観たけどぜんぜん覚えてません。記憶にあるのはラストシーンだけかな…

今作も退屈じゃないのかな?と思って劇場で観るのは敬遠してました。

いやでも案外退屈はしなかった。間の長い映画は苦手なんだけど、雰囲気で観れた。

しかし、全体を通して考えるといまいち小粒な話というか…
ダイナミックなことが起こりそうで全然起こらず。たんたんと過ぎていく時間。

レプリカントであるKの悲哀は良かった。ツラい。では本当になんのために人造人間に感情や記憶をもたせたりしているのか。

siriみたいな存在のジョイちゃんが抜群に可愛くてしばらく経ったら彼女の記憶しかこの映画については残ってなさそう。
ロサンゼルス警察所属のブレードランナー、Kは人間とレプリカントとの間に出来た子供を処理せよとの指示を従順にこなしていくなかで、自分がその子供ではないかとの疑念を持ち始める。
そして、捜査は私的なルーツを探る旅へと変わっていく。
その旅は、自己認識を揺るがす過酷なものであった。

ハンス・ジマーの音楽が不安、緊張感を煽りつつも観る者を映画に引き込んでいく。
ロジャー・ディーキンスの作り出す映像は光と色彩が巧みに操られ、背景や動きが細部まで精巧だ。

ハッピーエンドでもバッドエンドでも一件落着というわけでも無い終わり方は、よりリアルさが感じられ観る者に訴えかけるものが強い。
自分とは何なのか、その答えは必ずしも幸せなものとは限らない。それとどう向き合うのか?
これは、自分の内面へと向かう旅だ。
165分!!けど長さは感じなかった、むしろもっとやってもいいよと思った笑 第1作から35年、現在に至るまでのSF作品の包括。作品単体でも普通に面白いと思うけど、第1作を踏まえるともっと面白いのでは。

その第1作『ブレードランナー』について。昔観た時ピンとこなかった作品なんだけど、初見でピンとこなかった自分は間違ってないと思う笑 後追い作品が多すぎて(ピンからキリまで)、リアルタイムで直撃した人ほどの衝撃は受けなかった。ストーリーは暗くて、示唆に富んでいて深読みすると止まらないが、表面上は決して「面白い」という類のものではないからね。『スター・ウォーズ』や「BTTF」みたいに、いつ誰が観ても楽しいという普遍性は持っていない。82年だからこその凄さが強い作品で、『市民ケーン』や『誰がために鐘は鳴る』もこのタイプだと思っている。自分がリアルタイム直撃だからフラットには見られないかもしれないが、「エヴァ」や「ハルヒ」もかな。しかしながらフォロワーを数え切れない程生んだその影響力は、映画史は勿論、カルチャーの変遷を語る上では決して無視できない。

そんな作品の35年ぶりの続編なのだから、当然ハードルは物凄く高くて、製作決定の一報の段階では皆半信半疑だったわけで。あの鮮烈なビジュアルを続編として再現、かつ進化させなくてはいけないという『スター・ウォーズ」』や『ジュラシック・ワールド』にも共通した課題と、『ブレードランナー』の続編に相応しいテーマ性を孕まなくてはならないという課題。しかしドゥニ・ヴィルヌーヴが監督したこの『ブレードランナー 2049』はこの二つの課題点を見事にクリアした、素晴らしい作品だと感じた。

まずビジュアル面について。物の見事に、あの『ブレードランナー』!象徴的なピラミッド。空を駆ける姿がどことなく陰鬱で孤独なスピナー。視覚的に騒々しい、夜に降る雨や群衆。奇天烈でサイケデリックな日本語。現実には訪れなかった、だからこそ今見ても鮮烈な近未来がそこにある。正統な続編だから、あのビジュアルを堂々と継承できたというのも大きいね。『ゴースト・イン・ザ・シェル』とか、押井守を実写化するとまんま「ブレラン 」になっちゃうことに苦戦した印象だったからなあ。

そして、前作ではあまり描かれなかった「自然の美しさ」を強調しているのも印象的。最初にKがレプリカントと戦う土地は、木々も土も死んでいるはずだけど、深淵な霧に包まれて神秘的で美しい。赤い砂漠に埋もれたラスベガスも、白い雪が煌めく郊外も。無機質で雑食なロサンゼルスにはない、シンプルな色彩の美しさ。撮影監督ロジャー・ディーキンスの技が冴え渡ってる。蛍光色で濁った街で生まれたKが最期に見る景色は…考えると涙が笑

続いてテーマ性という面から本作を見ると。人間と見かけも、体を作る細胞すらほとんど変わらないレプリカントを通して、「人間とは何か?」「人間を人間たらしめているものは何か?」という問いを投げかけたのが第1作なわけだ。派手なロボットアクションであってはならない、だからこそ地味だけど人の心にズシリと残る作品。下手な焼き直しだとボロが出ただろう。しかしドゥニ・ヴィルヌーヴとマイケル・グリーンは第1作のテーマのその先を描いてみせたと思う。

「人を愛する故に苦しむ人の業」そして「それでも人を愛することの尊さ」。ヴィルヌーヴ作品に良く登場するテーマだけど、今回この<愛>という感情に苦しみ葛藤するのは、人間ではない。「スキナー」と揶揄されるレプリカントのKと、肉体すら持たないジョイ。彼(彼女)は人間ではない自らに苦しむ…いや、人間ではないにも関わらず、何よりも人間らしい
<愛>という感情が芽生えた自らに苦しむのだ。自分たちの愛を確かめるかのように、彼(彼女)は自らの人間性を証明しようとする。ジョイは娼婦と肉体をリンクさせて、Kと交わろうとする(『her』でも同様の展開があった)。Kは幼少期の記憶が「本物」だったのでは…自分は造られたものではなく、母胎から産まれ落ちた「生命」なのではないかという可能性に縋ろうとする。そんな2人が辿る結末はあまりに悲しく切ない。でも彼らの<愛>は他の何にも代え難い、どこまでも尊い真実。感動せずにはいられない…と同時に、「人間とは何か?」というテーマへの回答でもあるのだ。この回答の本質は第1作と一緒だと思うけど、そのテンションに作家性が出てるなあと。
第1作では「こうなのかもしれないね」とアイロニックに示していたけど、本作はもっと苛烈で、でも暖かな温もりを感じる。

ちなみに、人間が自らのアイデンティティを記憶に求めるー逆説的に、作品内では登場人物の記憶の真実性が揺るがされるーというのはむしろフォロワーの「攻殻機動隊」で大きく取り扱われているね。こういう展開を娯楽性を維持したまま用意するにあたり、SFという枠は理想的なわけだ。『シャッターアイランド』とかも記憶とアイデンティティっていうテーマを描いていたけど、決して娯楽性は高くないし。

そして記憶の真実を求めた結果、自分は他人の記憶を植え付けられた「偽物」であると突きつけられる展開。『テイルズオブジアビス』のルークを思い出した。彼もKも、自分の中身が空っぽだったという残酷な真実に打ちのめされながらも、最期は自己犠牲ー他者の命を救うことによる存在証明を果たす。あまりに切ない、でも美しく満たされた結末。これを演じるライアン・ゴズリングがまた素晴らしい。冷徹なハンター然としたルックだけど、目だけは憂いを帯びていて。自分の記憶に苦しんだり、ジョイを愛するがゆえ喪失の恐怖に怯えたり、慟哭の演技も真に迫っていた。「ラ・ラ・ランド」に続き、映画史に残るキャラクターになったと思います。

そしてジョイを演じたアナ・デ・アルマス。彼女をちゃんと観るのは初めてなのだけど、物凄くセクシーで良い!スカヨハを彷彿とさせる(向こうは向こうで良くSF出てるけど、どれも微妙なイメージ苦笑)グラマラスさなんだけど、薄幸い感じが良い。ホログラムな彼女が透けたり、残像が残る演出も面白い。二次元…造られた存在の彼女にガチで恋をしてしまうKって、日本的に考えると物凄くオタクなんだけど、その純粋さと儚さにフォーカスしているのが興味深い。『her』もそうだったんだけど、宗教的な感覚が入ってきているのかなあ?でもVRやロボット技術の進歩が目まぐるしい昨今、この2人のような恋が普遍的になる未来が現実のものになるのかもね。

宗教と言えば、「レプリカントが産んだ子ども≒未来への希望」ってキリスト教的だな、と最初は思ったんだけど実は真逆かもしれない、と考え直したり。アナ博士はデッカードとレイチェルの愛の行為によって生まれた存在であることが強調されており、それは処女懐胎なキリストとは正反対。生物的な営みへの敬意と賛美が描かれているわけだ。
例えば『トゥモローワールド』では荒廃した未来の微かな希望として赤ん坊が生まれるし、赤ちゃんを産む女性の尊さが描かれていたけど、父親は作中で明確に登場しなかった。それと比べると、本作は明確に父親と母親…もっと言えば「雄」と「雌」を描いている。<愛>の尊さはここでも示されているのだ。

だからデッカードの登場には、前作主人公という表面上の役割以上に、新たな意味づけが為されている。と言ってもKの物語も並行して描かないといけない以上、デッカードに多くの時間を割く余裕はないし、むしろ全体の物語が核心に近づくまでは彼は謎めいた存在であるべき。そこへ来るとデッカードを演じるハリソン・フォードという大スターが、スクリーンに映るだけで放つ存在感と説得力は、本作において物凄く効果的に作用しているのだ。ラストショットの印象が強いのも、ハリソンあってこそだと思う。
ちなみに御歳75のハリソン・フォード、体張りすぎである笑 ゴズリングとのアクションシーンはまだしも、水責めに遭うシーンはあれ老人虐待とかにry。またまたちなみに、「実はデッカードはレプリカントだったのではないか」問題に、本作は明確な答えを用意していない…というよりも、どちらであっても解釈が成り立つように作られているのは憎いなあと思いました。

そして、本作開始時点で既に亡くなっているルーシー。まさかここまで物語の鍵を握っているとは思わなかった。彼女の「聖骸」を巡って様々な思惑が交錯し、物語が紡がれるのだから。デッカードがルーシーを検査する音声が流れた時は「うおおっ!」ってなったし、ウォレスが生み出した彼女のクローン…役者の顔に精巧なショーン・ヤングのCGを被せる、『ローグ・ワン』でも使われた手法だけど、本当とんでもない精度だなあ。死者すら再現する(ショーン・ヤングご本人は死んでないけど)現実の技術そのものが「ブレードランナー」で提示される問題を孕んでいるようで興味深い。

そんな二組の男女を追う或いは守るキャラクターも魅力的。
まずはデイヴ・バウティスタ演じるサッパー。外伝では主役らしいけど、本作ではオープニングでKに「解任」されてしまう。しかしとてつもなく印象的なキャラクター。威圧的な外見だけど、瞳には憂いや優しさが潜んでいて…「私達は希望を見た」という前作のロイと対になる台詞は、物語が進むにつれて重みを増していく。映画好き的にはマーベルを代表するおバカキャラ・ドラッグスのバウティスタですが、超いぶし銀な存在感が堪らなかったです。
次に印象的だったのはウォレス社の為に暗躍するレプリカント、ラヴ。演じるシルビア・フークスは「鑑定士と顔のない依頼人」の人か!無機質な暗殺者のはずなのに、微かに焦りや怒りが垣間見え…前作のレプリカント達のように感傷的ではない。けど単なる憎まれ役で終わらない不思議な悪役。こちらも名演でした。

一方ジャレッド・レトが単なる憎まれ役で終わったのは残念笑 『スーサイド・スクワッド』に続きビジュアルのインパクトは凄いのに勿体ない…。ブレラン世界の現在の黒幕である彼がフェードアウトし、決着がつかないことには物足りなさも感じた。

その他にもどうしても不満点はあって…2時間45分、自分はそれほど長く感じなかったけど、場面場面の時間もっと削れたんじゃないかとか、Kとデッカードの戦いは丸ごとカットできたんじゃないかとか笑 あと、音楽カッコいいんだけど音量デカすぎ!笑 ちょっと雄弁すぎたかな。でも高すぎるハードルをしっかりと超えて、「ヴィルヌーヴでないとこの作品は作れなかった」と思わせるに足る作品。2017年のベスト級なのは間違いありません!
誰しも自分が特別であると思いたい。
ライアン・ゴズリングは何かを悟るように外で空を見上げ、ハリソン・フォードが自らの子供に対面するところで終わり。
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