哭声 コクソンのネタバレレビュー・内容・結末

哭声 コクソン2016年製作の映画)

곡성/哭声/The Wailing/哭聲

上映日:2017年03月11日

製作国:

上映時間:156分

ジャンル:

3.8

あらすじ

「哭声 コクソン」に投稿されたネタバレ・内容・結末

これは確かに面白かった。何を根拠にだれのどの言葉を信じたらいいかどんどんわからなくなる。

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人々は恐れおののき、霊を見ていると思った。
そこでイエスは言った。なぜ心に疑いを持つのか。

私の手足を見よ。まさに私だ。触れてみよ。
このとおり肉も骨もある。

ルカによる福音書24章37-39節
韓国映画って感情むき出しで観た後すごく疲れるんだけどハマるんだよなぁ、、
結局祈祷師と國村さんは仲間ってことなのかしら、、

人を疑うからヒョジンが標的になったって理由が若干モヤモヤするけど、、、
主人公が序盤彦摩呂さんに見えてしょうがなかったのは私だけかしら。笑

とりあえず今作もどっと疲れました(いい意味で)お腹いっぱい。笑
【字幕/VOD視聴】
いやー面白かった!あまり語らないけどこの映画こんなに面白かったのか。上映時間の長さを感じないくらい面白かったなあ。それと、子役が韓国ホラーの『ボイス』の子役と同じくらいに印象のいい子役だった。
終盤まで何をしたいのかよく分からず、終わってみれば「たったそれだけ?!」と驚いた。ヨソ者を無闇に疑うな!というテーマかと思いきや、やっぱり信用するな!というオチで、そのヨソ者をわざわざ日本人に設定するあたり、何らかの意図があると疑われても仕方ない。というより他のエピソードから考えても、その意図は明らかだと思う。それとは別に只のホラー映画として観ても、猟奇殺人/呪術/悪霊/悪魔/ゾンビとホラーのお約束てんこ盛りにも関わらず、内容スカスカに感じた。そもそも、写真とったり祈祷しないと人を呪い殺せない悪魔って何?
なっが。ひたすら長い。1.5倍速にして観ても長かった。
奥歯にものがはさまったような手ごたえ。イキモノらの死骸がひたすらエグイ。

最初はエクソシストものだと思って観終わったけど、悪魔っぽく描いていたのは実は毒キノコの毒のせいで、村民みんなキノコを大小なり食していて、ひどく毒されたものは殺人を犯してゾンビ化してしまうけど、全員(日本人も含めて)軽く毒されているから淡い幻覚の中で混乱していった話、みたいに解釈しておいた。エクソシストとか関係ないほうがすわりがいいし、何かを得ようと考えるのも無駄な気がする。

「疑え、惑わされるな」が、体のいい目くらまし。それこそこの惹句を疑った。
映画は面白いほうがいいな。


キリスト教を登場させる事によって、今の人類からみるとキリストは悪魔にすら見える。自分の欲求のままに地球を害してる人間を罰してるイエスは悪なのかどうかは人それぞれの考えかた次第と言う終わりかた。

人間の当たり前が人間の功利主義の押し付けでしかない事に対して意義を唱えているようにも思える。

凄くわかりやすく哲学を表している作品だと思う!個人的にキリスト教の絶対説の凄まじさが好きだな。最後は相対節で提案。

子供の使い方がうまいわ
犯人が明かされない映画ってほんといいな。ありがとうナ・ホンジンさん。

國村隼の演技は素晴らしいの一言。ほれぼれします。また、主要な役者も憑依レベルの演技で、陰湿な世界観を吐き気を催すほどに表現しています。

物語は犯人探しで展開しますが、誰を信じ、誰を疑っても正解にはたどり着けないように作られているので、自説を語れる人と観るのが楽しそうと思いました。なお僕は通勤電車の中で眉根を潜めながら観ました。

以下自説。
この映画はユダヤ人側から見たキリストのメタファ。劇中での人の死は混乱の象徴であり、メタファを浮かび上がらせるための舞台装置(なので犯人が誰かはどうでも良いのかも。でもスリラーとしても面白い映画)。

山の中の男は生存中は人間、復活後は霊。よそ者を排斥しがちな閉鎖的なコミュニティからは悪魔に見える。主人公の娘は偏見がないため、キリストと接触する。娘が取り憑かれたようにみえるのは帰依、信仰替えのメタファー。そして山の中の人は、現実と確認できるシーンでは誰も殺していない。ラストシーンの悪魔化は、神父ですらほんとは神を信じていないことの皮肉。または異教への恐怖。

白い女は霊的な存在?現れ方が非現実的。

祈祷師。
山の中の男とグルだったとは思えない。村人側からみた司祭というポジションなのは間違いない。最後に娘を無視したり写真を撮ったりするのは、信仰を食い物にする行為を表しているのかも。
宗教(キリスト教)、信仰がテーマ。
何を正、何を悪と信じるかで万物は全く違うものに反転してしまう。
現実界は見えないが象徴界と想像界によって個々は世界を認識をする、という精神分析の話をチラッと思い出した。
主人公ジョングは無宗教者か、あるいはライトなキリスト教信者かもしれない。彼は様々な事件や様々な人物の言動を繋ぎ合わせ、信じ、疑い、勝手にどんどん混乱へ陥ってゆく。
また、それは我々鑑賞者も同じである。わたしも最後まで誰が善で誰が悪か、という点にばかりすっかり意識がとらわれていた。
聖痕と悪魔の角を持つ男の姿が写されてやっと、映画開始から2時間半ずっと付けられていた遮眼帯を外された感じである。(自分は馬じゃないので正確には違うかもしれないけれど...)
それから、あの役に國村隼をキャスティングしたのは日韓の関係を考えると本当に絶妙だと思う。
でもこの作品はもっとキリスト教的な分析の仕方があるんだろうなあ。
すごく面白い映画体験だったけれど後味が悪いのでうーん...
約2時間半、最後まで苦痛だった。
わからなかった。メッセージ性うんぬんは捨てて、もうこういう映画はオチをつけてほしい。
わからないから見るのをやめられなかったけど、ラスト結局わからないんかい!!ってなってしんどかった。視聴者の解釈じゃなくてもう正解作ってくれって感じだった。
でも見るのやめられないってすごいことなのかも。ほんとに逃げ出したかった。
娘役の子はばか上手いしほんっっっっとに韓国映画ってさ、ファンタジーやるくせに生々しい描写の気持ち悪い映画も超得意だよね。本当に気持ち悪かった。しんどくて気持ち悪い。サスペンスじゃなくてホラー扱いでいいんじゃない?
恐怖とか呪いとか悪霊とか得体の知れないものが何故怖いのか、って言うのがこの映画観てよくわかるよな〜〜理由とかないんだよな〜〜それが一番ヤバイよな〜
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