ザ・ピーナッツバター・ファルコンのネタバレレビュー・内容・結末

上映館(31館)

「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」に投稿されたネタバレ・内容・結末

設定と編集が少し雑に感じた。なぜタイラーはザックと旅することにきめたのか?なぜザックにそこまで心を寄せられたのか?終わり方も唐突な展開。断片的にみるといいシーンもあるのに繋がりが…
プロレスラーになるのが夢のダウン症のザックが主人公

身寄りが無いため、老人施設に入って逃げ出した先で出逢うタイラーは、仕事に行き詰まりある事件を起こし追われる身となる。そんな二人のロードムービー

そこに、ザックの施設で働いているエレノアが加わり、みんな出逢うべくして出逢ったって見終わった後、心がジワッと温かくなる映画

焼き魚にピーナッツバターはいかがでしょうか。

お金は返さなあかんで。
「友達は、自分が選べる家族」ってセリフいいな。
家族に諦めや終わりを感じてても、よい友達を持てればいいんだよね
二人はいい家族になれてよかった

タイラーは悪玉、ヒール、悪い奴では?と思ってしまう視聴者だけど、「いい奴だ」と言ってしまうザックに完敗
映画をそこそこ観ていると、「あぁこれは現実社会の問題を扱っているな」とか「これはもしや暗喩…!」とか「この人物の言動は自然ではないなぁ」とか、とにかく自分でも面倒くさくなるくらい色んなことを無意識に考えてしまうんだけど、この映画はそういうことから解放してくれる作品だった。大変楽しく、大変ニヤニヤさせてもらった。元気ももらった。

いい具合に軽くて、緩くて、本当に都合よく話が進んでいって、まるでファンタジー、御伽噺のようでもある。作品全体に優しさが滲んでいて、とにかく前向き。そんな具合なのに薄っぺらいようにはなぜか感じない。

それは、この映画が、ストーリーの設定と同じような経緯で製作されていることが大きく影響していると思う。本作の主人公を演じた男の子は、役柄と同様ダウン症。「僕が主役の映画を作ってよ!」と直訴して、その夢を周りの人が全力で叶えた背景がある。その優しさが虚実入り混じって作品に滲んでいるのではないかと。

でもちゃんと書き添えておきたいのは、これまた作中と同様、主演の男の子はあくまでも自分の力で道を切り開いているということ。決して周りの助けにおんぶに抱っこだったわけじゃない。そして逆に周囲に良い影響をもたらしている。だからこそ兄の死を引きずる男と、自分の仕事に迷いを抱く女、2人の人生をも変えた。(こちらも現実に関係しているエピソードがある)

私の”好き”がたくさん詰まった映画だった。
身寄りのないダウン症の少年が施設を脱出し、心に傷を負った漁師と旅するロードムービー。

憧れのプロレスラーが経営する学校を目指すダウン症の少年ザックは、途中で出会った漁師のタイラー(やらかして追われる身)と行動を共にすることに。そこに、ザックを探しに来た施設職員エレノアが加わり……。

何とも清々しい作品。誰もが気持ちよく観られるだろう。

兄を亡くして傷心のタイラーについての説明が最小限なので、過去に何があって何をやらかして、誰に追われているのかがなんとなくしかわからない。途中までは「不親切だなあ」と思っていたのだが、観ていくうちに理解できた。これはタイラーという男を借りて普遍的な人間を描いているのだと。

キリスト教においては、人間はすべて罪を背負って生まれてくる。タイラーも登場した時点ですでに罪を背負っており、その罪とともに苦しみながら生きている。そこにやってきたのがザックだ。

ザックは途中で出会った盲目の男から洗礼を受け、「ピーナツバター・ファルコン」という洗礼名(リングネーム)を得る。人間としての尊厳を奪われていたザックは裸で再び生まれ(脱出し)、新たな命を生き直しているのだ。その姿はイエス・キリストにも重なる。

無意識の差別意識にとらわれていたエレノアもまた、旅に加わる。ザックの本当の想いを知り、タイラーに諭されて行動を共にする。マグダラのマリア的だ。

乱暴な言い方をすると、西欧のロードムービーというのは大抵イエス・キリストの旅に重ねられる。本作が面白いのは、ザックもタイラーもキリスト的な面があり、お互いに救い合っているということだ。

洗礼を受けて洗礼名を得たザックは「僕の誕生日の願いは全部君にあげる」(意訳)という言葉でタイラーを救う。他人のために自分のすべてを捧げるのはキリスト教の本質だ。そしてタイラーもまた、すべてを捧げてザックに尽くす。そして最も重要である磔からの復活を遂げるのもタイラーだった。ザックとタイラーは2人ともキリストであり、2人をもってして旅は完成したのだ。

最初から罪人として登場するタイラーと、最初から持たざる者として登場するザック。それぞれの背景や過去が詳しく語られないのはわざとなのだろう。彼らはイエスを象徴すると同時に普遍的な意味での人間であり、強調したいのはその関係の変化と救い救われる過程だからだ。

露骨に宗教色が濃いキャラクターや、「右の手にするか?左の手にするか?」といったセリフなど、端々にキリスト教を思い起こさせる仕掛けを用意しつつ、とてもすっきりとした友情ロードムービーに仕上げている本作。私のようにキリスト教を意識しながら見る者は多くないかもしれない。それくらいサラっとしている。

なんといっても、もはや「ダウン症だから」というところを争点にすらせず、ごくごく普通にストーリーが進んでいくのがいい。エレノアの価値観を糾弾する場面こそあるが、それ以外は誰もザックの障害についてあれこれ言わないし、20歳を過ぎた大人として対応する。『37セカンズ』もそうだったが、障害者を主演にして泣ける映画を作る、病気を題材に感動する映画を作る、というフェーズはもはや通り過ぎているのだと思う。それらは単に主人公の特徴にすぎず、そのために世界の見え方や過ごし方は多少変わるかもしれないが、描かれるのはその先にあるテーマなのだ。そういう時代になっている。そしてそれはとても良いことだと思う。

ダウン症の男の子の純粋さがとても良い

チョコレートドーナツを思い出した。

序盤のおじいさんの
「友達は自分が選べる家族」よき!

シャイアさんと2人が仲良くなっていく様が微笑ましい
映画館の中でみんながふふって笑っていた

憧れのプロレスラーが行動を起こしてくれるのがよい

ラスト病院送りからあと10分あってもよかったかなと
最後のシーンが唐突感がありますが、全体を通して非常に好みな映画で思わぬ拾い物をした気分になりました。

本人役で主演しているザックもいい演技してるんですが、なんといってもシャイア・ラブーフが最高でした!映画好きとしてはもっと出演作を見たいのでバットガイは映画の中だけにして欲しいですね^( ̄▽ ̄;)

プロットとしては非常にシンプルなロードムービー仕立てなんですが、登場人物たちがみんな個性的でかつ優しい世界なんでずっとほっこりしながら見てました。ザック、タイラー、エレノアたちがわちゃわちゃしてるシーンは全部好き!タイラーを完全なグッドガイにしてないところもよかったですね。物語的にもダンカンたちに追われる緊迫したシーンを入れることで映画全体が締まっていました。個人的にはもっと兄ちゃんとのシーンがあればよりよかったのになぁと思います_(:3 」∠)_ 。ジョン・バーンサルとシャイア・ラブーフって全然似てないのに、兄弟って設定だと言われてみれば兄弟に見えるから不思議。

最後のタイラーが頭殴られてフロリダに行くシークエンスだけ若干唐突かなぁとは思いますが、あんぐらい衝撃的なことがないとエレノアがフロリダに行くことはなかっただろうと自分を納得させました。
ピーナッツバター・ファルコン」ってもう名前勝ちな気が。
ダウン症の男の子が、施設を抜け出し、漁師としてうまくいっていない男性と出会ったことで、一緒に大好きなプロレスラーに会いに行くお話。とても好きな感じでしたが、致命的なことに序盤〜中盤で断続的に寝てしまいました。やっちまいました。。
ただ類似作品のひとつでもある『チョコレートドーナッツ』の感動がだいぶ強かった分、どうしても比べてしまうところがあり。『チョコ』のほうが僕は好きでした。でもこの話のいいところは、男の子がプロレスをきちんとするところ。そういうところは世間の目的に描写としては避けがちになってしまいそうなものの、しっかりとやったところは評価に値するかと。川をイカダで下っていく流れも、その途中でターザンごっこをするシーンもきれい。アトミックなんとかみたいな技は(完全にCGでしたが)かっこよかったぜ。
でも、漁師の男性のキャラクターが全然ダメ。最後殴られてフロリダに行って終わり? ああ、この人は男の子を通して、なんか成長できたんだろうか。逃げるばかりなのでしょうか(僕が寝てたところですべてそれは解決されていたのでしょうか)。男の子を通じて、施設勤務のかわいい女性と出会えてよかったね、で終わった感じがなんとも残念。
ポスターの“この10年で最も愛すべき映画”は言い過ぎだと思っていたが、まんざら嘘でもないほど素敵な映画だった。

「友達は自分で選べる家族」 やはりこの言葉は刺さりますね

少し消化不良はあるが曲と映像の良さが記憶に残り続けると思う