ミュウツーの逆襲 完全版の作品情報・感想・評価

「ミュウツーの逆襲 完全版」に投稿された感想・評価

あおた

あおたの感想・評価

4.0
誰が生めと頼んだ?誰が作ってくれと願った?私は私を生んだ全てを恨む。
だからこれは、攻撃でもなく宣戦布告でもなく、私を生んだお前達への、逆襲だ。
響き

響きの感想・評価

3.8
ちゃんと見るのはこれが初めてかも。
思ったよりあっけなく終わった。はっきり言っててドキドキするような展開ではなかったが、ポケモン好きな俺からしたらワクワクするシーンはあったし、クスッと笑えるシーンや、うるっとくるシーンは沢山あった。ストーリーは穴だらけな感じがした。でもそこはいちいち考えない方が良かったと思う。

『生まれたことを悔やむより、どう生きるかを考えよう』
ケーコ

ケーコの感想・評価

4.3
幼少期に映画館に見に行ったのが懐かしい。

ポケモンって子供も見るような作品なのに、初めの映画でよくこんなテーマをもってきたなぁと思います。
当時印象的だった映画なだけあって、いまだに覚えてるシーンがあってなんとも言えない気持ちになりました。

ミュウツーめっちゃ哲学してますね。

あと、ポケモンの声優さんってすごいなと思いました。
鳴き声での感情の表現の仕方がうまくって、泣きそうになりますね。(特にピカチュウビンタ)
mie

mieの感想・評価

3.3
タイトルバックまでは本当に最高!!
ポケモン同士のステゴロみれる映画
クローンポケモン可哀想そうすぎる。
いい音楽流してるけど、やってること
島流しと一緒じゃねーか。
同じポケモンと思ってるなら人間と暮らせばいいのにと思ったり。
ams

amsの感想・評価

4.0
名作ですよね

ポケモンは金銀で卒業したなぁ
あれほど発売が待ち遠しかったゲームはなかなかない

ゲームキューブのスマブラぐらいかなぁ
今でも発売が待ち遠しいゲームはあるけど昔の気持ちとはちょっと違うんだよなぁ
eriiko

eriikoの感想・評価

4.0
小4の時に見た思い出。泣いたなぁ。

主題歌は最高だったな。今でも聴くと懐かしくて仕方がない。
エイト

エイトの感想・評価

3.9

このレビューはネタバレを含みます

幼少期以来の鑑賞。

子供向け第1作目でこの内容をやるのか…!という印象だった。もちろん子供をメインに据えていることもあってかは分からないが、ストーリーラインを指摘しようと思えばいくらでも出来る。しかし、本作で描かれているのは「ポケットモンスター」におけるそもそもの前提、ポケモンとトレーナーの関係に足を踏み入れている。そしてポケモンでもなく、人間でもない中間項としてのミュウツーが、ポケモン自身がポケモン自身の為に生きる世界を目指す。

その生い立ちからその目的に至るには説明不足のような気がするが、彼の根底にあったのがアイ(I、愛)・ツーとの出会いである。アイが月をバックに透明になっていくシーンは、ミュウツーの作るニューアイランドに関連付けられる。「お月さまと星々は一人じゃないんだよって」(大雑把)という台詞にあるように、舞台であるニューアイランドは空だけは、月と星だけは見えていた。彼はアイ・ツーとのやり取りを「忘れていた」が、無意識下では覚えていたようにも思う。彼は1人ではあったかもしれないが、独りにはなりたくなかったのかもしれない。「なぜ生んだ?」「私は誰なんだ?」とポケモンでありながら人間によって創られた「コピー」ポケモンは、中間項として1人だった。彼は「自分にふさわしい強いコピー」という思想、ある種自分が逆襲を誓った人間たちと同じ思想を取り込んでしまっている。島の技術、在り方からも彼は人間に逆襲しようとして、ある意味で「人間」に囚われていた。だからこそ、「悲しくて涙を流すのは人間だけ」というアイ・ツーの台詞にもあるように、彼はラストシーンでポケモンたちが流す「涙」を見て、自分が無意識のうちに抱えていたポケモンたちとの「差」が実はないのではないかということに気づいたのではないか。

ラストバトルでは、本物とコピーがそれぞれの存在をかけて互いを「傷つけ合う」。それはバトルでもなんでもなく、ある種「殺し合い」にも等しい。コジロウやムサシが述べたような「自分で自分をいじめてる。昔の自分を見るようで、今の自分を見るようで…嫌な感じぃ~!」という台詞、ニャースたちの「これ痛いだろにゃあ…」はとても示唆的であり、想像力に溢れている。この戦いが技ではなく、殴り合いにすることで暴力性を孕んでいる。ここに表現されているのは、記号的な身体、存在ではなく、傷つく身体だった。ピカチュウがピカチュウを泣きながら叩くシーンは、叩かれる側も叩く側も、痛い。ただただ、痛いのだ。彼らは人間の言葉を喋らないが、「戦え!戦えよ!」と聞こえてくるようだった。本作ではポケモン同士、本物とコピーの対立になっているが、これは人間にも向けられるべき問題だろう。ポケモンと人間の在り方、現実で言うならペットかもしれないし、他の言語を話す人のことかもしれない。本作は同じ社会の中での対立だった。それが外の社会と向けられたとき、つまりトレーナー側に向けられた時、僕らは考えなければならない。その時、ニャースやミュウツーのような人間とポケモンの間に存在する中間項、どちらにも属せる人々というものを大事にせねばならない。

最後に、ミュウツーは島での出来事を忘れさせた。自分が「眠り」によってそうされたように、向こう側へと「忘れさせた」。なぜ「忘れさせた」のか。そこに生まれた思いはどうなるのか。それこそ、「でもなんで俺たちこんなところにいるんだ?」という最後の台詞に結び付く。「なぜここにいるのか」、という存在論的かつ根源的な問いをミュウツーは我々に投げ掛けている。船着き場では冒頭との対比で、トレーナーたちは無理に海を渡ろうとはしない。自分のために、ポケモンを使おうとはしない。だがそれでも本当に「忘れさせた」のは正解だったのだろうか。彼の「逆襲」とはこの「忘却」との関連の中で考えていくべきだろう。
本作で登場したミュウツーは、後に『名探偵ピカチュウ』で登場する。「風は時には優しく、時には激しく寄り添ってくれる」という台詞と「風といっしょに」が結び付く。本作は、ポケモンはどこまでも風のような存在なのかもしれない。
ギズモX

ギズモXの感想・評価

3.3
夏になると思い出す映画の一つ。
最初に見たときは僕が小学一年の夏休みの頃で、地方のTV局のチャンネルを見ていたら、この映画がたまたま流れていたのでそのまま見ていたんじゃなかったかな。

大ヒットした劇場版に『生まれたばかりのミュウツーがアイツーというクローンの女の子や他のポケモンのクローン達とテレパシーで交流する』というショートストーリーを追加した、TVとかでよく流れているバージョン。
ラジオドラマもあるらしい。

正直な話をすると、本編のサトシの物語よりもその前のミュウツーを軸にして動いていく話の方が、当時子供だった僕に大きな衝撃を与えていた。

人間によって創られたクローン達の代表であるアイツーが、自分のものではないオリジナルの記憶を元にして生まれたばかりのミュウツーにいろんなこと教えていくところは、
クローンとして生まれた彼女にとって決して届かないものを求めているようだし、自分が生まれた意味と足跡を残そうとしているようにも思えてしまい、寿命が少ないクローン達の魂から放たれる儚さや優しさはとても神秘的で、大人になった今でも心に響きます。

本編が好きなファンには申し訳ないけれど
僕にとってはミュウツーがロケット団から離れ、
彼が人間に対して逆襲を決意するその瞬間に
デデーンとタイトルバックが流れる所でこの映画は完成している。

サトシを主人公にした本編での、あのお涙頂戴な展開ははあまり好きじゃないし、ラストは確かに感動的だけど、どこかクローン達に対して投げやり的じゃないのかと思ってしまうなど、
この映画の本編部分は蛇足だとと個人的には思っています。

それでも、この映画の最初の部分は何回見ても素晴らしく、同時に懐かしい気分にさせてくれる作品であることには間違いない。
テレビ等でも再放送されていたが、なんだかんだしっかり見たのは子供の時の1回目だけだったなと思い再鑑賞。
改めて見ると子供向け映画にも関わらず、大人に多くのメッセージを向けた作品といった印象。それこそ捉え方は人それぞれだと思うが、生きること、生み出すことが一つのテーマに感じられ、子供に付き添ってきた大人達をかなり意識した映画なのではないかなと感じた。
虚無

虚無の感想・評価

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子供の時にリアルタイムで見て、大学の時に見返して、また見た。
最初にアイツーの話が挿入されているので完全版らしいです。
哲学的な問いもあるし、ポケモンとポケモンを戦わせるっていいの?とか他者と共存とかのテーマも含まれてる。
いつもポケモンを戦わせている側のサトシがミュウツーとミュウの技を受けて石になっちゃうのは泣ける。

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