バリバリ80'sニューウェーブのネオンカラーメイクと次々変わる非現実的ドレスが目に楽しく麗しいタベア・ブルーメンシャイン。彼女の台詞は冒頭の片道切符を買うところの手元アップとロングショットでベルリンの>>続きを読む
数年前にシネマブルースタジオで観て2回目なんだけど、今回の方がさらにいとおしく思えた。袖擦り合うも他生の縁、と思いながら観ていた。こんなに行き当たりばったりを1ミリの説教くささも作為くささも無く進行で>>続きを読む
『わるい仲間』と続けての上映でまだ若干寝ぼけていた。ダッフルコートを着た男性二人をロングショットで捉え、ジャン=ピエール・レオが「ダッフルコートいいなぁ」となる四コマ漫画のような発端。
サンタクロース>>続きを読む
女をどうにかすることしか考えてない男二人の会話をカットバックではなくパンで追い、でもまたパンで戻るのではなく一人目のバストショットに切り替わるの珍しいなと思った。『ツィゴイネルワイゼン』は大楠道代と藤>>続きを読む
若い男女があっち行ったりこっち行ったりを繰り返す闇夜の路上で、ちかちかと灯りが明滅する瞬間がある。『牯嶺街少年殺人事件』でチャン・チェンが押し入れにこもって裸電球を点けたり消したりするのを思い出した。>>続きを読む
ジェーン・ダーウェル演ずるお母ちゃんがヘンリー・フォンダより主役だよ…ダーウェルはおととい観た『牛泥棒』にも出ていた。何ならその前に観た『太陽は光り輝く』にも出ていた。
暗闇と灯りによる撮影が多く美>>続きを読む
衝撃的だった。しかもこの短さ。
今日は敗戦の日。集団心理と同調圧力と私的制裁、「正義」をふりかざすことの恐ろしさについての映画を観た。
民主主義は多数決が全てではない。映画の話だけじゃなく。
ありがちな二匹目のドジョウ的邦題は不幸でしかないが、随所で原題のWritten on the windが流麗に演出されている。オープニングタイトルで風は尋常でない量の枯葉を邸宅に呼び込み、卓上日めくり>>続きを読む
高校生のころ安部公房『砂の女』に衝撃を受けて何度も読み、宿題の読書感想文なんかも書いた覚えがある。こっぱずかしい文章だった。それから数十年を経て相まみえた映画『砂の女』。いやもう原作で頭ん中に描いてた>>続きを読む
これを観るために『深夜の告白』を観た。そこは後半からどんどん逸脱しまくる。カサヴェテス本人が監督作品として認めてないだけあってヤケクソ感が無くもない。寧ろ信頼してる役者たちに楽しませて役者たちの力量で>>続きを読む
この表現に憮然とする人はそれ自体が術中に嵌ってると言わんばかりに、マチズモあるあるを連発する。現実世界でマチズモの洗礼を受けたライアン・ゴズリングのケンが全身で演じてて偉いなぁと思った。
「女性の理>>続きを読む
ビリー・ワイルダーは脚本の人というイメージなので、レイモンド・チャンドラー(ということは村上春樹み)らしい二重三重に粋な台詞をきちんと映画と連動させてるなと思った。独白の回想で進行する全体の構成も好く>>続きを読む
つらいつらすぎる…
未来の自分を見るようで…
何にも希望を持てないなかでも、小さきもの、子どもであったり犬であったり庇護の対象となるものは、やはり生きてく力なのかなとラストショットで思った。ウンベル>>続きを読む
蒸気船の往来が何度も出てきて波を煌めかせて滑るようすが美しい。
『プリースト判事』から20年後に撮られて時代設定も20年経っているので、序盤での在郷軍人会のロートル感、南軍しぐさがさらに強固なものにな>>続きを読む
『太陽は光り輝く』を観るために『プリースト判事』を観る。なんとも言いがたいものがあり感想を書けずにいた。南部の遺恨というものが去りゆく老人の思い出ではなく25年後の1890年にも賞揚される作品は、或る>>続きを読む
2023.8.9 @ル・シネマ渋谷宮下
このハンナ・シグラは武田百合子になんとなく雰囲気が似てるなあと以前から思ってた。戦後の闇市での商売から「らんぼお」で働き始めて武田泰淳らと知り合ったという武田百>>続きを読む
今回の特集上映の作品では最もファスビンダーらしいなと思うけど監督はダニエル・シュミット。とにかくイングリット・カーフェンが魅力的で、全身是退廃といわんばかりの佇まいはさすが。カーフェンの人形みたいな見>>続きを読む
あまりにも自由で、停滞ぶりも相変わらずで、何がどうなってるのか考えもせず眺めてた。折りからの台風接近でものすごい湿気と間欠的な土砂降りと強い日差しのなか到着し、拭いても拭いてもびしょびしょの汗とエアコ>>続きを読む
これを観ずしてネオリアリズモは、ということで半ばお勉強ではあったかも。やはり暗い気持ちになる。解放直後の作品とのことだが作り込んであってドラマチックな印象を受けた。『ドイツ零年』のほうが生の余白みたい>>続きを読む
楽しかった!長いけど。エンディングのバイーア聴きながら嬉しくなってニヤニヤしてた。オープニングのタイトルフォントがとんでもなくポップで好い。あれをポスターにしてほしかった。『オルエットの方へ』もそうだ>>続きを読む
2023.8.7 @ル・シネマ渋谷宮下
初見のときから好きな作品。ファスビンダー作品常連役者も脇に揃い退廃的な空気はあるが、珍しく希望を感じる物語。勿論一筋縄ではいかない仕込みは感じられるものの、これ>>続きを読む
『殺し屋ネルソン』はミッキー・ルーニーでなければいけないし『白熱』はジェームズ・キャグニーでなくてはいけない。ノワールにしては尺長めのようだけどずっとテンションが途切れないし、なによりキャグニーの人物>>続きを読む
以前気になってたのがアマプラに上がってたので観た。泣いた…原作読んでないが、原作が活きた映画だと思う。
芦田愛菜のうららと宮本信子の雪の出会いまでの発端が速くてよい。序盤は割と省略も効いている。推し活>>続きを読む
イングリッド・バーグマン当て書きの脚本なのだろう。彼女が名声も家族も捨ててロッセリーニのもとへ走ったときの作品だそうなのでバーグマンの役も映画そのものも文字通り熱量がすごい。有り体に言えば自分勝手とい>>続きを読む
ほんとうのベルリンの廃墟と瓦礫のなかをただただ経巡る少年の姿を追うシークエンスでこの構成の素晴らしさを認識した。前半の物語進行から途切れることはないのに、まるで一旦物語を下りるようなシークエンス。
現>>続きを読む
過去2回ほど観てるが映画館で観るのは初めてだと思う。蝶衣と小楼が京劇のトップスターになって万雷の拍手を浴びる絶頂期のシーンと文革のシーンの落差がとてもつらいんだよなと以前から思ってたけど、とにかく人物>>続きを読む
カメラではなく人物が自ら寄ることでズームインされる。クローズアップについてはジョージ・アルバート・スミスに先駆けるが、彼の作品同様、現代でいうところのクローズアップのもたらす効果や概念よりも「画面いっ>>続きを読む
私この映画観たことある…何でだっけと記録を辿ったら、フィルセンで「オーストラリア映画祭」というのをやっていたときだった。ろくな感想を書いてなかったが、衝撃を受けた記憶がある。監督の舞台挨拶とQ&Aもあ>>続きを読む
暑いのと予定が細切れに入ってるのとで映画館に行けない。いまシネマヴェーラでネオリアリズモ特集やってるんだよなーと。実はずーっと避けて来たのだネオリアリズモ。その発端はたしかこの『自転車泥棒』だったよう>>続きを読む
初アンドレ・ド・トス。面白かったー。
序盤はゴシックホラーの様相を呈しながら、最後まで見どころのあるノワール作品となっている。PTSDの概念も一般化していない時代のガスライティングであり、『ふるえて眠>>続きを読む
後半の壮大な牛馬大群移動シーンの数々は圧巻で、崖の上からロープで幌馬車を下ろしつつ無数の牛馬も伴うなど撮り直しが効かなそうなシーンは時々ドキュメンタリーのようなショットもある。馬の大群が一生懸命顔だけ>>続きを読む
スクリーンプロセスで暗闇の波濤を背に激しく瞬きする男がズームされるショットが異様。朝の波打ち際に横たわる死体、発見した女二人、カモメのアップ(『鳥』を思い出さずにいられない)がそれぞれ短くつながれるの>>続きを読む
ヘンリー・フォンダ演ずるエイブラハム・リンカーンの演出よ…飾り気がなく茫洋として強い陰影を伴い(法廷シーンでは明らかに彼だけ陰影を強調されてる)、痩身に長すぎる脚を常にもてあますかのような佇まいはリン>>続きを読む
構図と照明がキマりまくっている。現在からシームレスに過去の回想へつながるとき、岡田茉莉子は髪型や服装でというより身体の動かし方や声の出し方の微妙な違いで歴然と過去に見せている。巧い役者だ。そして大変に>>続きを読む
新作を観た勢いで再見。初めて観たときはリバー・フェニックス出演シーンこれだけ?とちょっと残念だった思い出。ショーン・コネリーの飄然とした味わいある役柄は昔から好き。地上波放送も含め何度も観てるが、今回>>続きを読む
固定長回しでのとりとめのないやりとり、ぐたぐたの宴席、突然ズームなど、基本形は偉大なるマンネリズムのようになっているが、エロ要素も強かった初期作品を思うと、2016年頃から公然となっているキム・ミニと>>続きを読む