監督の祖母たちが書いた個人の記憶の文章を俳優が読み上げるときに演じるのではなく淡々と読み上げているところが祖母たちの語りを直接的に聞けている気がした。間に文章が入ることによる効果なのか、過去にあった…
>>続きを読む作為的にならないようにどこまでも距離感を探っている監督の誠実な姿勢に敬意を。
テキスト。演者。おばあちゃん。
急須のように映画が何層にも重なって抽出されているような感覚。
「何もかもが完璧だと不安に…
監督のおばあさまお二人の人生話(ドラマ性はないが興味深く聞けてしまう)を別の語り手によって朗読されることで匿名性が帯びたり、徐々にどちらのおばあさまの話か分からなくなっていったのだがそれが同じ時代を…
>>続きを読むテクストを朗読することで、記憶を現前化させる試み。
母方、父方の祖母ふたりの記憶を、孫の清原監督が協働でともに書き起こして、それを、当事者ではなく、清原さんでもなく、清原さんと同世代の若い女性ふたり…
時の流れ。誰しも子供時代があって大人になっていく。記憶として残っている思い出。記憶・体験は語り継いだり記録しないとなかったことになるの怖い。すごいふたりとも苦労というか、色々されたんだなぁということ…
>>続きを読む確かにあったここにない話
行き場のない記憶を可視化させた言葉を"観る"映画だった
記憶が記録されていた
その記憶が鑑賞者の脳内に流れ込み交互に読まれる2人の祖母の話が徐々にどちらの話かわからなく…
序盤のどの文を残すかという会話だけで映画を設計してしまう。結構緊張感をもって2人が文章を読み続けるのだが、途中俳優二人の会話が入っているのとか、川沿いのおばあちゃんとかが結構、観客的には画面の気分が…
>>続きを読む©Yui Kiyohara