螺旋銀河の作品情報・感想・評価

螺旋銀河2014年製作の映画)

上映日:2015年09月26日

製作国:

上映時間:73分

3.7

あらすじ

「螺旋銀河」に投稿された感想・評価

主演の人の滑舌(の悪さ)が好きです。

antonymっていうかこれchiralっぽいのでは…とそれっぽいことを言ってみる。
お手洗いで正反対な外見・中身を持つ二人が出会うところから始まり、幸子が綾の美しさと堂々とした所作から目を離せない様子にわかるわ〜と思う お手洗いの鏡前は女性の羨望と排他の場 そこから寛人を含めた三角関係、再び二人の関係への移行が劇中劇もあって良かった 綾と幸子は対義語的関係だけど、綾と寛人は同義語的に見えるのがまた面白い 憧れの服を真似するのはありますよね、あそこまで露骨じゃなくても…

劇中劇の中の私とあなたとあの人の関係が、直前まで広げられた映画の中の現実の私とあなたとあの人の関係をぐるぐるとマッピングさせていって、ここで語られる心情は一体誰の感情なんだろうと惑わされていく まさに螺旋のようだと思った 映画の中で大阪と東京が入り混じっているのも不思議な世界を一層深めていたな
Noir

Noirの感想・評価

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ちょっと重力が弱い印象を受ける、話ができすぎてると言うかねぇ。でも嫌いでもないんです、むしろ要所要所で好きと言うか。
消極的な幸子と積極的に見える綾の友達がいないという共通点と自分の世界に閉じこもるかの相違、二人の機微と心境・関係の変容。それがありふれた日常の中で起こるのがいい。日常の中に何かを見出したい気持ちになった。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.5
【サンクスシアター#3:Synonymを求めAntonymと対峙する】
MiniTheaterAIDのリターンであるサンクスシアターで『王国(あるいはその家について)』の草野なつかデビュー作『螺旋銀河』が配信されていました。本作はリアルタイムでインディーズ日本映画の民が絶賛していた作品。長らく観たかったのですが、なかなかタイミングが合わなかった。『王国(あるいはその家について)』のあの歪な傑作を観ているだけにずっと探していたのですが、遂に対峙できました。

トイレで会社員の深田は社員証を拾う。すぐさまトイレを飛び出し、「すいません」とその主と思われる赤い女性に声をかける。しかし、彼女は気づかない。言おうかどうか刹那の迷いが生じるが、意を決して「澤井さん」と社員証の名を呼びかける。彼女は「ありがとう」と答え、続けざまに「前にも会いましたっけ?」と質問する。社員証の名を勝手に読んで申し訳ないと謝る深田に、彼女は嫌味っぽく「ありがとう、深田さん。」と答える。そこへ、澤井の同僚と思しき二人組が現れ、食事に誘い始めるが、ドライな突き放しで断り足早に去っていく。

カメラは澤井の行動を追う。彼女はラジオのシナリオコースに通っていて、もうすぐ卒業制作に入るらしい。そして、彼女のシナリオが実際に公共のラジオ電波に乗ることが決まる。ただ、講師からは裏で「一番酷い」、「他者がない」と圧をかけられるのだ。友だちがいない彼女、自分の世界で完結している彼女から見える世界には他者がそもそっも存在しない。あるのは高いプライドのみだ。そのプライド故、架空の友だち=漫画家を召喚してしまい、講師は意地悪にもその漫画家を連れてくるように言い放つ。さて彼女はどうするのだろうか?

彼女はSynonym(=同義語)を求め、自分と似た雰囲気を持つ深田に偽の漫画家を演じさせることにする。そして目論見は成功し、なんとか企画は軌道に乗るのだが、講師は明らかに深田のことが気に入っている。自分だけが注目されたいのに、自分はこの物語においてモブキャラであり、他者になってしまっていることにフラストレーションを抱く。一方、深田は冴えない人生にやってきた遅すぎた輝ける青春に興奮すると共に、澤井のSynonymになろうとする。積極的に脚本に口出ししたり、彼女と同じ服を着たりする。そして、自分のカレシが澤井の知り合いであることに興奮するのだ。実はそのカレシは澤井の元カレなのに。

本作は、ドストエフスキーの『分身』を彷彿とさせながらも、コインランドリーやラジオといった空間を用いて草野なつか色の銀河を作り出すことに成功している。深田が語るコインランドリーには幾つもの世界が存在し、それが交差する場所という理論が澤井の「自分ばっかり」な性格を克己していくのを手助けする。彼女は失恋のせいだろうか、自分に歯向かう存在Antonym(=対義語)を拒絶し、うちなる世界に引きこもっている。彼女が偶然見つけたSynonym的存在が実はAntonym的存在であり、その存在が自分の人生を侵食していく。それも自分が見たい世界を目の前でチラつかせながら人生を奪っていく状況と対峙する。その絶望を通じて、初めて他者の存在を認めざるえなくなり、彼女がそれを認めることによってラジオドラマが完成されていく過程はとても美しいものがある。

日本にも『仮面/ペルソナ』的な上質な心理ドラマを作れる監督が存在することに嬉しくなる。心理劇でありながらも、例えば深田がトイレに入り不自然な目線をカメラに捉え続けさせ、溜めた後に洗面所に屈っしている澤井の姿を魅せるといったユニークなカメラワークも多く楽しい作品でした。
koms

komsの感想・評価

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難しいことやってるように見えるし専門的なことは分からないけど、女の子2人の友情の物語という事で、友達が少ない私としては結構色々ズキュンと来る。
AS

ASの感想・評価

4.0
誰かしらによって作られた轍の上をなぞっている様な作品だけど、あらゆる二項対立が入り乱れ、徐々にその間隔を縮めてくる心地よさが病み付きになりそう
人の心の中を、夜中に彷徨う様に描いていく。
静けさと間、引いた距離のカメラ、湿度の低い空間が気持ちいい。
石坂友里ってどっかで観たなと思ったら『ひとつの歌』で、自分がこういう日本のインディーズ系映画に少しだけ足を踏み入れたんだなあと実感して少し嬉しくなった。しかし、手段として『王国(あるいはその家について)』と"アントニム"的な立ち位置(ごめん言いたいだけ)にあって、骨を作って肉をつけていく過程を見せた同作に対して、本作品では実際の出来事をラジオドラマとして再現しているため一つ次元を落としている。それなのに本作品における"肉"の部分が音響にしても照明にしても雑というかあまり興味がなさそうに見え、そもそもが味気ない分、それをラジオドラマとして再構築しても味気ないものになっている感じは否めない。

例えば、あなたと同じ位置に穴を開けない云々のセリフは、『王国…』におけるグロッケン叩きのマッキーに相当する繰り返しのセリフであるが、『王国…』における繰り返しが抽象→具体であったのに対して、本作品では具体→抽象の流れになっているんだが、前半でセリフそのもの(というかスクリプト)がマクガフィン的に扱われているせいで具体であることが分かるのが抽象というよく分からんことになっているのも気になった。

そういえば今泉力哉もコインランドリー使ってたよね。非日常的空間として使いやすいんすかね。好きだから別にいいけど。あと、日本のアート系映画に免疫なさすぎてポンポン高評価出しちゃうのもそろそろ直したいとこ。
役者の声の出し方と顔の変わり方がまるで違うのが面白い。信号で車が止まった後の時間にぞっとした。澁谷麻美さんにハマる。
smmt705

smmt705の感想・評価

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ラジオドラマを書いている設定というのもあって、それぞれの登場人物の持つ、間が心地よかった。言葉の意味よりも、それを誰に言われたか、どんな状況で聞いたかによって受けとられ方は変わるし、その意味のある言葉のリレーには、ときめきを覚えた。