1969年、中国と台湾が対立していた時代。砲撃が降り注ぐ攻防の最前線だった島に配属された台湾青年兵ルオ・バオタイ。エリート部隊に配属されるも、カナヅチであることが判明し、「特約茶室」を管理…
>>続きを読む牙をむき出した権力に、自由は傷だらけになって立ち向かう。 2019年、香港で民主化を求める大規模デモが起きた。10代の少年、若者たち、飛び交う催涙弾、ゴム弾、火炎瓶……。この最前線を中心に…
>>続きを読む日本統治下で日本語教育を受け、晩年を迎えた台湾の人々が、たくましくひたむきに生きてきた姿を捉える。敗戦により日本が去った後は、言論統制と弾圧の時代が長く続き、彼らの声は封殺された。今、彼ら…
>>続きを読む昭和30年、沖縄。アメリカに土地を奪われた島袋三郎は基地周辺の米軍物資を盗み、暮らしていた。急ピッチで米軍の基地拡張が進むなか、玉那覇朋子の祖母が戦闘機の機関銃に撃たれて死んでしまい、人々…
>>続きを読む戦火の中、音楽だけが希望だった。ミュージシャンであり、5人の子を持つ父親、アハマド・アブ=アムシャ。彼は戦争の始まりから、家族を守るために12度の避難を繰り返してきた。 今はガザ市西部、無…
>>続きを読む「私の帰る場所」では、テントが寝室に、トラックが洗面所に、公園がキッチンとなります。愛が生まれ、衝突や暴力が起きるところでもあります。人はどこであれ、最後に流れ着いた場所に自分のための住処…
>>続きを読む1970年代、軍事政権下のブラジル。元国会議員のルーベンス・パイヴァとその妻エウニセは、5人の子どもたちと共にリオデジャネイロで穏やかな日々を過ごしていた。だが、スイス大使誘拐事件を契機に…
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