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『日記 子供たちへ 4Kレストア版』に投稿された感想・評価

4.0
「マリとユリ」のメーサーロシュマールタ監督、1980年の自伝的作品。父は秘密警察に捕らわれ母は亡くなって、終戦後ソ連からハンガリーに帰国したユリは共産党員の養母マグダの下で育つが…という物語。日記三部作の第一作でこの度4Kで公開された。戦前から冷戦下のハンガリーとソ連の共産党事情を把握しておくと、より理解が深くなるのだろう。個々人の孤独に寄り添おうとする眼差しが、どこまでも優しく温かい。






以下ネタバレです。






ひと口に共産主義と言っても、時代や指導者によって全くカラーが違っており、決して一枚岩でないことがよく分かった。スターリンの粛正はそんな背景から強行されていたのだ。ヤーノシュが個人の能力差の問題に触れると、直ちに「危険思想」扱いされていた。体制という名のもとに押し潰される個人の思いや自由を、少女ユリの受難の人生を借りて静かに、しかし力強く表現している作品ではないか。
メーサーローシュ・マールタ監督日記三部作第一作。

上映が決まってから楽しみにしていました。満席だったしすぐに予約してよかった。

さて、本作はメーサーロシュ監督の自伝的要素を戦後のハンガリーの政治・社会情勢も踏まえて描いた劇映画である。まさに主人公・ユリに監督自身を仮託して、作家性の淵源を明らかにしている。それは①他人同士の女性が親密になる可能性②全てを明らかにする記録性③アンチ・ハッピー・エンドである。

以下、ネタバレを含みます。

『アダプション/ある母と娘の記録』『マリとユリ』『ふたりの女、ひとつの宿命』の主題と言えば、他人同士の女性が親密になる可能性である。どの作品も登場する二人の女性は血縁関係ではない。年齢も階級も違う。共通点は女性ということのみ。しかし結婚・復縁・出産といった家族の出来事に二人して奔走することによって、家族関係とも呼べる親密さを獲得するようになる。ではなぜこの主題が反復して描かれているのか。それは監督の出自のためなのは本作から明らかであろう。

ユリは戦後、ハンガリーに戻ってくる。それも彼女が幼くして父を不当な逮捕による粛清で、母を病によってどちらも亡くしてしまうからだ。そのため、ユリは母の妹・マグダに引き取られる。ユリにとってマグダは血縁関係者ではある。だが、彼女が幼いことや離れて暮らしていたことから他人同然といいだろう。つまり他人同士の女性の一方は常にユリ=監督自身であり、マグダといった他人とどう親密になれるかが常に問題意識としてあるのだ。

ユリとマグダにも家族の出来事が生じる。それは「子どもの保護・教育」である。子どもとはもちろんユリなのだが、その出来事が日記のように生活の記録として断片的に綴られる。

その綴り方は全てを明らかにする記録性である。それは一日を仔細に語ることや毎日を語ることでもない。カメラの機械的無関心によって、出来事を人間のみたいように記録するわけではないということだ。ユリは監督の化身である。けれど監督はユリの心情・行動の全てを擁護するわけではない。

ユリはその出来事の中でマグダの気持ちに反して非行に走る。学校には行かずに映画館に通う。マグダの同志であるが、政治思想は異なるーそれは逮捕の可能性を孕むーヤーノシュと親しくなる。ヤーノシュと仲良くなるから、同世代の男の子には惹かれない。無断で家を出る。勉強をしない。マグダやその一家と不和が生じるから児童養護施設に行くことを懇願する。

彼女がそのような行動をするのは、本作の優れた記録性から明らかにされる。実の父母ではないから、「本当に」愛されていると思っていないし、分かろうとされていないと思っている。またそういった彼女の心情とは別にマグダや一家、同志の大人たちは政治状況から友人関係に緊張感があって安心できない。マグダは学校に行き、勉強しろと言うし、ヤーノシュはもう少し辛抱しろと言う。

だから大人がユリを理解していないからということで、ユリの行動を正当だと擁護はできる。と同時に、ユリは自分勝手で我が儘だという印象も拭いきれない。マグダやヤーノシュがそのように言うのもユリや将来を思ってのことである。それを子どもが分かれということも酷であり、できないから問題が生じるわけではある。しかしそういった印象を拭えないほど出来事や彼女らを重層的に描けているのは、全てを明らかにする記録性によることは言うまでもない。

この記録性は、物語に都合の良いハッピー・エンドを与えない。メーサーロシュ監督作品には、他人同士の女性が親密さを獲得したと思ったその矢先に再び断絶や破綻が訪れて、アンチ・ハッピー・エンドになる(予感を漂わせる)ことが多いのもそのためであろう。またそのアンチ・ハッピー・エンドさは、本当の愛≒親密さを実の父母の姿として理想的に導出していることとプロパガンダ映画の結末にも起因していることが本作から看取できる。

幼い頃にみた父母の姿は忘れられないほど幸せな光景だっただろう。しかしそれは理想であって、現実はギャップを埋められない。現実は理想と一致することはないし、超えることもない。だからハッピー・エンドを不可能にさせる。

メーサーロシュ監督がシネフィルとしてみていたプロパガンダ映画の異様な幸せは不快感しかないだろう。皆が反省・改心して、スターリンといった権力者や全体主義社会/国家に同化する。皆が一つになって合唱している。大団円となってハッピー・エンドを迎える。それは美しい。けれど誰にも理解されない個人であって、家族に近しい他人とも親密になれない、なろうともがいているユリ≒監督自身にとって、どれほど異様で不快なものであるかは想像に難くない。

このようにメーサーロシュ監督の作家性の淵源を劇映画を通して知れたのはとてもよかった。満席であったし、これから先、全国で順次公開されることになるだろう。ぜひ本作をみてほしいと思うし、できれば日記三部作の全てが、さらに言えば『Little Vilma:The Last Diary』も上映されることを期待したい。
Juzo
5.0
メーサーロシュ・マールタの自伝三部作の第一作である『日記:子供たちへ』は、
戦後ハンガリーのスターリン主義期を、少女ユリの視点から描く極めて私的でありながら歴史的な映画。
監督自身の「戦争孤児としての体験」や「政治的抑圧の中で成長した青春」が色濃く反映されており、その個人史と国家史の重なりによる痛切さが作品の核になっている。
映画は、ソ連寄りの文化官僚マグダ義母のもとに預けられたユリが、家庭と学校、そして社会全体に広がるイデオロギーの圧力に抵抗しながら、自分の感情・信念・自由を模索していく過程を、緻密な観察眼で描写する。
ここで重要なのは、政治劇を直接的に演出するのではなく、少女の怒り、反抗、孤独、友人との関係、映画への憧れといった、小さな個人の体験を丹念に積み重ねる手法をとっている点。
また、マグダ義母との関係は、単なる抑圧する大人 vs 反抗する少女という単純な構図に収まらず、時代に縛られた大人の悲劇性がにじむ。
この 「加害者に見える人物も、政治体制に抑圧された被害者として描かれる」 多層性は、監督の人間観の深さを物語っている。
ラスト近く、ユリが映画撮影所を訪れ、映像の中に真実を残すという思いを抱き始めるシーンは、監督自身の出発点とも重なる象徴的瞬間であり、作品に強烈な自伝的意味を与えている。
個人の内面史を通して、国家イデオロギーによって歪められた世代の痛みを描いた作品。

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