日記 子供たちへ 4Kレストア版を配信している動画配信サービス

『日記 子供たちへ 4Kレストア版』の
動画配信サービス情報をご紹介!視聴する方法はある?

日記 子供たちへ 4Kレストア版
動画配信は2026年1月時点の情報です。最新の配信状況は各サイトにてご確認ください。
本ページには動画配信サービスのプロモーションが含まれています。
目次

日記 子供たちへ 4Kレストア版が配信されているサービス一覧

日記 子供たちへ 4Kレストア版が配信されていないサービス一覧

Prime Video
U-NEXT
DMM TV
FOD
TELASA
Lemino
ABEMA
dアニメストア
Hulu
Netflix
WOWOWオンデマンド
アニメタイムズ
Roadstead
J:COM STREAM
TSUTAYA DISCAS

『日記 子供たちへ 4Kレストア版』に投稿された感想・評価

4.0
「マリとユリ」のメーサーロシュマールタ監督、1980年の自伝的作品。父は秘密警察に捕らわれ母は亡くなって、終戦後ソ連からハンガリーに帰国したユリは共産党員の養母マグダの下で育つが…という物語。日記三部作の第一作でこの度4Kで公開された。戦前から冷戦下のハンガリーとソ連の共産党事情を把握しておくと、より理解が深くなるのだろう。個々人の孤独に寄り添おうとする眼差しが、どこまでも優しく温かい。






以下ネタバレです。






ひと口に共産主義と言っても、時代や指導者によって全くカラーが違っており、決して一枚岩でないことがよく分かった。スターリンの粛正はそんな背景から強行されていたのだ。ヤーノシュが個人の能力差の問題に触れると、直ちに「危険思想」扱いされていた。体制という名のもとに押し潰される個人の思いや自由を、少女ユリの受難の人生を借りて静かに、しかし力強く表現している作品ではないか。
ハンガリーの女性監督メーサーロシュ・マールタによる自伝的連作「日記」三部作の第1部。
撮影は監督の義理の息子ヤンチョー・ニカ。
1984年・第37回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞。
原題:Napló gyermekeimnek
(1983年、1時間48分)
7.2.31シアターキノにて4 K レストア版を鑑賞(「メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章」)

1947年、ソ連から孤児となって祖国ハンガリーに帰ってきたユリは、共産党員である養母マグダのもとで育てられる。
父は彼女が6歳の頃秘密警察に捕われたまま音信不通で、母はその後この世を去っていた。
共産党による恐怖政治が敷かれるハンガリーで、ユリは、両親の記憶に胸を締め付けられる日々を送りながら、体制派のマグダに反抗。
何とかしてマグダから離れ、養護施設とか田舎にいる父の兄弟を探してそこで暮らしたいと思っていたユリの前に、父にそっくりな男ヤーノシュが現れる…。

~登場人物~
1️⃣主人公ユリと家族
・〈少女/ 主人公〉ユリ(ツィンコーツィ・ジュジャ)
・亡父(ヤン・ノヴィツキ)
・亡母、イルディ(バーンシャーギ・イルディコー)
・祖父、デジュー(ホゾナイ・パール)
・祖母(セメシュ・マリ)

2️⃣養母
・マグダ(アンナ・ホロニー):党の編集部を辞め、刑務所長(秘密警察)になる。

3️⃣亡き父にそっくりの男。
・ヤーノシュ(ヤン・ノヴィツキ):父とマグダの知人。改革派(チトー主義者)
・息子、アンドラーシュ(トートゥ・タマーシュ):車イス。

①メーサーロシュ・マールタが自己の半生をドキュメンタリー風に綴った三部作の第一部。
描かれるは、1947年(ハンガリーへの帰国)から1953年(義母の家を出る)まで
②義母との確執と父母への強い思慕。
③父とそっくりなヤーノシュは、父と同じ運命をたどる。
④ガルボの映画やプロパガンダ映画の挿入が行われる。

「マグダは両親を忘れさせたがっている。…
ユリが正しい。私も死んだ妻と子を決して忘れない。」

「これは映画で本当は死んではいないの。別の作品で他の誰かを演じてる。」

「ソ連から呼び寄せた私には同士への責任がある。」

~参考までに、監督の個人史とハンガリーの歴史を付す~

〈メーサローシュ・マールタ: Mészáros Márta
(1931.9.19 -)について〉
・1931年、ハンガリーの首都ブダペストに生まれる。
・1936年にコミュニスト(共産主義者)の両親と共にソ連のキルギス共和国に移住(幼少期の11年間を過ごす)。
・2年後の1938年、彫刻家の父ラースロー・メサーロス(1905.9.18~.1945.9.5)がスターリン政権下で不当逮捕(45年に処刑されるが、その事実は伏せられる。彼女が父を最後に見たのは6歳の時)。
・1942年、母が出産時に亡くなる(腸チフスとも)。
・孤児となったメサーロスはソ連在住のハンガリー人(女性)に養子として引き取られて育ち、学校に通う。
・終戦後の1946年、養母の介添えでハンガリーに帰国。
・1954年、モスクワに行き現在のSAゲラシモフ全ロシア映画大学で映画制作を学ぶ(仮入学扱い)。
・1956年、ソ連最高裁判所による父親の有罪判決撤回(父親の名誉回復)。
・1956年に卒業後、ブダペストに戻る。短編ドキュメンタリーを撮影。
・1958年、映画監督のヤンチヤョー・ミクローシュ監督と再婚(~68年)。
・1968年、長編第1作「エルジ」を発表。

〈ハンガリーの歴史〉
①第一次世界大戦後
・第一次世界大戦(1914~1918)後、敗戦によりオーストリア・ハンガリー帝国が解体。
・翌1919年、ハンガリーでは、共産党が実権を握り、ハンガリー評議会共和国(ハンガリー・ソビエト共和国)を宣言。
・ロシアでは1917年3月、二月革命でロマノフ王朝が崩壊。ニコライ2世とその家族は射殺される。11月の十月革命でボルシェビキが権力を握った後、1922年、レーニン(1870.4.22 – 1924.1.21)により史上初の社会主義国家(ソビエト社会主義共和国連邦/ソ連)が樹立。
・レーニンの仕死後、スターリン(1878.12.6- 1953.3.5)が実権を握る。

②第二次世界大戦直後
・ハンガリーは日独伊三国同盟に加盟し、第二次世界大戦(1939~1945)では枢軸国の一員として参戦。
ハンガリーからも多くの反体制派がソ連に亡命していたが、38年頃からのスターリンにより「大粛清」で多くの人が処刑される)
・敗戦濃厚になったハンガリーは連合国と単独講和を探るが、裏切り行為と見たヒトラー(ドイツ)は、ハンガリーを占領。
・1945年、ハンガリー全土がソ連軍によって解放される。
(戦後、ハンガリーなど東欧諸国はソ連の「衛星国」となり、ソ連による東欧政策に翻弄されていく)
③第二次世界終結~スターリンの死まで
・1947年、トルーマン・ドクトリン(アメリカによる共産圏な封じ込め政策)に端を発する冷戦で、ソ連の対東欧政策が硬化。
・ハンガリーは、ハンガリー労働者党(共産党)による一党独裁体制。
指導者はラーコシ・マーチャーシュ(Rákosi Mátyás:
1892.3.14 - 1971.2.5)
・一方、隣国ユーゴスラビアでは、首相チトーの元、ソ連とは異なる社会主義路線が進む。ソ連はユーゴをコミンフォルム(コミンテルン)から除名し、対立。
・ハンガリーのラーコシ・マーチャーシュ首相はスターリンを模範とした粛清を行う。1948年、ライク・ラースロー(Rajk László, 1909.5.8 -
1949.10.15)外相らが、チトー主義者だとする偽りの告発を受け、見せしめ裁判「ラースロー裁判」により逮捕、投獄、死刑に処されれる。
→ラースローは配偶者の尽力で名誉回復し、56年に公開埋葬される。
・ソ連では、スタハーノフ運動(五ヵ年計画による生産性向上運動)、1948年の「ジダーノフ批判」(文化・芸術統制)でスターリンの意思に沿わない反社会主義の作家が糾弾される。
・ハンガリーでもスタハーノフ運動と集団農業が推進される。

③スターリンの死と雪どけ。ナジ・イムレの首相就任
・1953年3月、ソ連のスターリンが死去。
・53年6月、ハンガリーでは改革派のナジ・イムレ(Nagy Imre: 1896.6.7 - 1958.6.16)が首相に就任。
・56年2月、ソ連のフレシチョフがスターリン批判を行う。これにより雪どけが進む。
・56年6月20日、フレシチョフがユーゴを訪れ、反チトー主義を撤回。モスクワで共同宣言に署名。

④ナジ・イムレの失脚とハンガリー事件、ヤーノシュの首相就任。
・1955年、ナジ・イムレが党内のスターリン主義者の抵抗で失脚。
→ナジ・イムレは避難したユーゴスラビア大使館から偽情報で誘きだされてソ連軍に拘束され、1956.6.16、KGBによる秘密裁判で絞首刑に処されるが、事実は伏せられる。
・1956年10月23~24日、ブダベシュトの学生がナジ・イムレの再任、ソ連軍の撤退、改革を要求。デモに市民も参加。
・1956年10月 24日、ナジ・イムレの首相再任が決まり、カーダール・ヤーノシュ( Kádár János,  1912.5.26 - 1989.7.6)が党書記長に就任。
・1956年10月24日、ソ連軍がブダベシュトに侵入(一次介入)→10.30撤退。
・56年11月4日、ソ連軍が再侵入(二次介入)し、激しい銃撃戦の末、11月10日、ブダベシュトはソ連軍に鎮圧される。
(かつては「ハンガリー動乱」と呼ばれたが、今では「ハンガリー革命」または「ハンガリー事件」と呼ぶ)
・国外に出たカンダールはソ連軍の支援を得て新政府を樹立。帰国し、実権を握る。

⑤1980年代末
・ソ連では共和国の分離独立・運動が盛んになる。ゴルバチョフによるグラスノスチ(情報公開)とペレストロイカ(民主化)が進む。
・1989年、ハンガリーではカーダールが退陣。憲法の改正が行われる。
・1989年6月16日、ナジ・イムレの名誉回復と再葬儀が実施される。
メーサーローシュ・マールタ監督日記三部作第一作。

上映が決まってから楽しみにしていました。満席だったしすぐに予約してよかった。

さて、本作はメーサーロシュ監督の自伝的要素を戦後のハンガリーの政治・社会情勢も踏まえて描いた劇映画である。まさに主人公・ユリに監督自身を仮託して、作家性の淵源を明らかにしている。それは①他人同士の女性が親密になる可能性②全てを明らかにする記録性③アンチ・ハッピー・エンドである。

以下、ネタバレを含みます。

『アダプション/ある母と娘の記録』『マリとユリ』『ふたりの女、ひとつの宿命』の主題と言えば、他人同士の女性が親密になる可能性である。どの作品も登場する二人の女性は血縁関係ではない。年齢も階級も違う。共通点は女性ということのみ。しかし結婚・復縁・出産といった家族の出来事に二人して奔走することによって、家族関係とも呼べる親密さを獲得するようになる。ではなぜこの主題が反復して描かれているのか。それは監督の出自のためなのは本作から明らかであろう。

ユリは戦後、ハンガリーに戻ってくる。それも彼女が幼くして父を不当な逮捕による粛清で、母を病によってどちらも亡くしてしまうからだ。そのため、ユリは母の妹・マグダに引き取られる。ユリにとってマグダは血縁関係者ではある。だが、彼女が幼いことや離れて暮らしていたことから他人同然といいだろう。つまり他人同士の女性の一方は常にユリ=監督自身であり、マグダといった他人とどう親密になれるかが常に問題意識としてあるのだ。

ユリとマグダにも家族の出来事が生じる。それは「子どもの保護・教育」である。子どもとはもちろんユリなのだが、その出来事が日記のように生活の記録として断片的に綴られる。

その綴り方は全てを明らかにする記録性である。それは一日を仔細に語ることや毎日を語ることでもない。カメラの機械的無関心によって、出来事を人間のみたいように記録するわけではないということだ。ユリは監督の化身である。けれど監督はユリの心情・行動の全てを擁護するわけではない。

ユリはその出来事の中でマグダの気持ちに反して非行に走る。学校には行かずに映画館に通う。マグダの同志であるが、政治思想は異なるーそれは逮捕の可能性を孕むーヤーノシュと親しくなる。ヤーノシュと仲良くなるから、同世代の男の子には惹かれない。無断で家を出る。勉強をしない。マグダやその一家と不和が生じるから児童養護施設に行くことを懇願する。

彼女がそのような行動をするのは、本作の優れた記録性から明らかにされる。実の父母ではないから、「本当に」愛されていると思っていないし、分かろうとされていないと思っている。またそういった彼女の心情とは別にマグダや一家、同志の大人たちは政治状況から友人関係に緊張感があって安心できない。マグダは学校に行き、勉強しろと言うし、ヤーノシュはもう少し辛抱しろと言う。

だから大人がユリを理解していないからということで、ユリの行動を正当だと擁護はできる。と同時に、ユリは自分勝手で我が儘だという印象も拭いきれない。マグダやヤーノシュがそのように言うのもユリや将来を思ってのことである。それを子どもが分かれということも酷であり、できないから問題が生じるわけではある。しかしそういった印象を拭えないほど出来事や彼女らを重層的に描けているのは、全てを明らかにする記録性によることは言うまでもない。

この記録性は、物語に都合の良いハッピー・エンドを与えない。メーサーロシュ監督作品には、他人同士の女性が親密さを獲得したと思ったその矢先に再び断絶や破綻が訪れて、アンチ・ハッピー・エンドになる(予感を漂わせる)ことが多いのもそのためであろう。またそのアンチ・ハッピー・エンドさは、本当の愛≒親密さを実の父母の姿として理想的に導出していることとプロパガンダ映画の結末にも起因していることが本作から看取できる。

幼い頃にみた父母の姿は忘れられないほど幸せな光景だっただろう。しかしそれは理想であって、現実はギャップを埋められない。現実は理想と一致することはないし、超えることもない。だからハッピー・エンドを不可能にさせる。

メーサーロシュ監督がシネフィルとしてみていたプロパガンダ映画の異様な幸せは不快感しかないだろう。皆が反省・改心して、スターリンといった権力者や全体主義社会/国家に同化する。皆が一つになって合唱している。大団円となってハッピー・エンドを迎える。それは美しい。けれど誰にも理解されない個人であって、家族に近しい他人とも親密になれない、なろうともがいているユリ≒監督自身にとって、どれほど異様で不快なものであるかは想像に難くない。

このようにメーサーロシュ監督の作家性の淵源を劇映画を通して知れたのはとてもよかった。満席であったし、これから先、全国で順次公開されることになるだろう。ぜひ本作をみてほしいと思うし、できれば日記三部作の全てが、さらに言えば『Little Vilma:The Last Diary』も上映されることを期待したい。

『日記 子供たちへ 4Kレストア版』に似ている作品

残像

上映日:

2017年06月10日

製作国・地域:

上映時間:

98分

ジャンル:

3.8

あらすじ

アヴァンギャルドなスタイルで有名なポーランド人画家、ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキの生涯を描いた物語。1945年、スターリンがポーランドへと侵略の手を伸ばす中、著名な画家、ヴワディスワ…

>>続きを読む

好男好女

製作国・地域:

上映時間:

108分

ジャンル:

配給:

3.5

あらすじ

女優のリャンジンは映画『好男好女』で激動の1950年代に無垢な愛を全うした悲劇のヒロインを演じている。その役を演じるうちに、リャンジンと決別した恋人との日々が蘇ってくる。やがて、そのふたつ…

>>続きを読む

ローザ・ルクセンブルク

製作国・地域:

上映時間:

122分

ジャンル:

3.6

あらすじ

1906年、ロシア革命に触れたローザはその火を広めるために活動していたワルシャワで投獄された。釈放後にドイツへ帰国するも、かつては情熱的だったドイツ社会民主党が保守的になりつつあることに反…

>>続きを読む