あまりに荘厳で幻想的な歴史の映像体験。

雪の中から若いドレス姿で着飾った女たちと将校たちがお城の中に迷い込むところから始まり、様々な歴史的人物による様々な出来事を覗き見したり、
妖精のような、少女たちが軽やかに長い廊下を走り回る煌びやかなシーンたちの挿入の仕方も素晴らしい。
また、たびたび映し出される絵画や展示品などもリアルに堪能させてもらせる。

あの、歴史的遺産であるエルミタージュの美しい壮大な美術館を舞台に、主人公と共にロシアの歴史を旅しているこの美しき映像体験！
観るのではなくて、まさしく体感。
ここまでにダイナミックなワンカット映像がほかにあったのだろうか？
語り手の独り言は映像にいる人々には耳に入らず、まるで透明人間か幽霊にでもなった気分なのがまた痛快。
過去、300年に渡る歴史的瞬間を、案内人が興奮げに語るシーンは私が知識に疎かったので詳しい人にとってはもっと胸熱なのであろうが、後半に繰り広げられるゴージャスな舞踏会のシーンの方が私には夢見心地である。
始まりは一方的に覗き見るのみだった映像は、ヤギのような案内人の存在の登場によって一層ユニークな仕上がりとなっていた。
僕はここに残る、そう告げた案内人と別れて向かう先は・・?

舞踏会は盛り上がり続け、そして終わりを迎えると、突然と虚無感が訪れる。
寂しげなエンディングではあったが、とんでもない没入感を与えるこの映像の終わり方としてはパーフェクトな作品でした。

本作もジャケットが気になっていた作品。Amazonプライムで鑑賞。
少しイエローがかった様な色彩から1970年代位の作品かと思ったら、2002年と意外と最近の作品だったんですね。

現在は美術館になっているペテルブルクのエルミタージュ宮殿を舞台に、監督の俯瞰的な天の声と、また黒服の案内人が各部屋を案内すると、
ロシア帝国初代皇帝ピョートル1世から、エカテリーナ2世、レーニン？（あの人誰だろう？）、ニコライ1世、ニコライ2世一家と、宮殿を案内しながら主に帝政ロシア時代の華麗で豪華な権勢を見せるという趣向。
起承転結のストーリーは全くない。

この黒服の案内人は誰なのか、観終わった後さっそくWikiったら、実在の人物で、フランス人のキュスティーヌ侯爵という人だという。
キュスティーヌ侯爵はナポレオン後のウィーン会議にも出席した外交官。
しかし、ある時、鞭で打たれた尻丸出しで道で倒れていたところを発見され、どうやら兵士に性的交渉を持ちかけたところ、返り討ちに遭い暴行されたらしい。
当時は同性愛はキリスト教で堅く禁じられていたので、このスキャンダルは瞬く間にフランス中に知れ渡り、仕事も首になり、社交界のサロンにも出入りできなくなった。
そこで好きだった詩や小説、舞台脚本に手を出し、文学サロンには出入り出来る様になったが、どれもパッとしなかった。
だが、スペイン旅行記がやっと評価され、バルザックから当時まだ半ヨーロッパで未開の地扱いを受けていたロシアの事を書いてみたらとアドヴァイスを受け、
サンクトペテルブルクを実際に訪れて書いた紀行本『1839年のロシア』がヨーロッパで大ヒットした…という人らしい。
しかし、その本の中身はかなりロシアを下に見ていて、失礼な表現が多いらしい（監督、よくこの人を案内人に設定したな）。

本作の製作になぜ日本も入っているのかと思ったら、ソクーロフ監督は本作を撮るまでに、日本でも数本作品を撮っているそうで、それで日本とも関係が出来たみたいですね。
この作品が撮られた2002年は、既にソビエト社会主義連邦共和国は崩壊しており、プーチンが初めて大統領になった頃。
ロシアも帝政時代を懐かしむことができる、穏やかな時期だったのかな。
まさかプーチンが20年後にウクライナに戦争を仕掛けるとは、誰が思おうか。

映画の中では絢爛豪華な時代の合間に、現代の観光客が美術館を観光している様子も入り混じっているし、
ニコライ一世の時代のペルシア使節団を迎える式典や、
生オーケストラを入れている大舞踏会など、
とにかく大人数でのシーンがこれでもかと多いのに、なんと最初から最後までをワンテイクで撮っているとのこと（4回目で成功したそう）。
カメラアングル決めるまで、いったいどれだけのリハーサルを重ねたのだろう、と驚嘆してしまいます。

衣装も豪華だわ、アナスタシアらニコライ2世の子供たちも可憐だわ、もちろん大舞踏会シーンにもクラクラして、エルミタージュの幻想に浸ることができました。

No.2773

美術館ラブな私にとって、至福のひとときでした。

しかもこれが、「案内人の主観ショットによる」全編ワンカットとは、

よくまぁ、こういう発想が出るものです・・(溜息)