東京ゴミ女の作品情報・感想・評価

「東京ゴミ女」に投稿された感想・評価

小さな部屋とゴミと女があれば映画は撮れる、と言いたげな作品。

音の作家、廣木隆一は昔から確信犯でした。

このレビューはネタバレを含みます

好きな人のゴミを日々漁るストーカー女の話。
設定的にホラーかと思いきや見てて抵抗感は全くなくて不思議。恋する女の子は総じて可愛いってこと?でもストーカーはNG。。この感じは何だろう。

部屋は想像とは違ってゴミがアーティスティックに飾られてるから何だか汚らしさは全くない。むしろ綺麗。

五大陸制覇した同僚(柴咲コウの脇役はレア?)とロリコンのマスター、過剰にみゆきに言い寄る客。変人しかいないのに淡々と日常が過ぎて行って、そのギャップが醸し出すのほほんとした雰囲気が心地よかった。
観てる人によっては退屈なのかな?そこが1つの好みの分かれ目な気がする。

憧れのよしのりとついに一夜を共にしたものの、実はずっと前からゴミを漁られてたことに気付かれていたという驚きの展開。それがきっかけで気持ちが冷めて一気に距離を置くみゆきの心情が凄く興味深い。

つまりはみゆき自身ゴミを漁ってること自体に罪の意識は元からあって、よしのりは遊びなのか本気なのか不明でも恋人のような関係になれたときそのことがバレるというのは妙にプライドを傷付ける出来事だったってこと?
見てて分からなかったけど根底にある気持ちは分からなくもないという。。人間って一人一人が複雑で難解で、だからこそ面白いし深く悩んだりもするのかな。

あとみゆきが同僚に夢がないことを吐露するシーンがあって、それが何かに依存する要因の一つでもあるのかなと思った。生きてくうえで自分で自分を充実させてあげる術を持つことは凄く大切だし、それができないから他人に幸せを求めてしまうのかなあ。簡単そうで難しい。

そして最後、みゆきの捨てられなかったものって何だろう。
観てる人に問い掛ける系の映画は個人的に好きだからその点よかった。

短いしサクッと観れるからおすすめしやすいと思う。
ダカホ

ダカホの感想・評価

4.0
誰しもがこうなってしまう気がする
全てが知りたくなる、うん、わかる
好きな相手のゴミを漁る女の話。毎日ひたすらゴミを漁る。汚いが別に不愉快な気分にはならない。

こういう病的な映画は比較的好みなので楽しめた。人間の感情の複雑さってなんとも言葉にし難い。
水酸化アンモニウム。
きのこ

きのこの感想・評価

3.2
好きな人のゴミを収集

汚い(笑)
でも映画自体は結構好き

喫茶店での柴咲コウの話す話
笑えた。
vanilla

vanillaの感想・評価

3.0
主人公が無表情なのがよかった。満たされない何かを他人に求めても狂っていくだけ
noか

noかの感想・評価

4.1
好きな人の日常が詰まったごみ袋。
を、あさる日々。や
急に冷めていく感情。

わからなくもない。

たまらなく好き。
ルネ

ルネの感想・評価

2.0
2000年10月7日公開。 監督は廣木隆一。

同じマンションの住民のバンドマン(鈴木一真)が好きな女(中村麻美)が、彼が出すゴミを持ち帰って物色するお話。

気持ちはわからなくもないが、やっぱり気持ち悪いし主人公に魅力がまったくない。 鈴木一真演じるミュージシャンもただノリが軽いだけで全然中身がない。あんまりバンドをやりそうなタイプには見えないし、演技が超絶ヘタ。

低予算らしく、学生が撮った自主映画って言われたら信じそうなクオリティー。

どのキャラクターも取って付けたようなのばかりで、退屈だった。
2000年ってかんじ。喫茶銀座に行くたびこの映画思い出しそう。
emily

emilyの感想・評価

4.0
喫茶店でウエイトレスをしてるみゆき。彼女の唯一の楽しみは同じアパートで暮らす好きな男のゴミを漁ること。彼のすれ違っても声をかけることはできない。ゴミを漁ることで彼のことがどんどん見えてきて、近くに感じる。

室内灯のオレンジの光の中、幻想感のある部屋で、やってるのはゴミ荒らし。食べながらゴミ漁りしたり、時には生ゴミもある。そこから名前や何やってる人か、女の影も分かる。同じタバコを吸い、吸殻を瓶にコレクション、同じシリアルを食べ、どんどん依存していく。しかしゴミには全く生活感や汚さがない。なぜなら彼はまともなものを食べていないからだ。きちんとそこには意味があり、理屈も通ってる。

彼女目当てで通ってくるサラリーマンの対応が非常に冷たい様から、不器用だが真っ直ぐな女性だと分かる。タバコをたかる同僚との、会話もリアルで害はないが薄っぺらく、逆に現実離れして感じる違和感を残す。それが普遍的な会話でありつつ彼女のゴミ漁りの毎日を『普通』としてとらえつつあるから、この不気味な違和感を残すのだろう。

彼女の依存はどんどん進行していく。シリアルや野菜を玄関先に置いたり、ストーカー女に説教をしたり、しかしその展開に違和感を感じることなく、皮肉すら爽快に思えてしまう不思議がある。それはゴミを漁るまでの行為でなくとも観客もSNSをチェックしたりして、なんか彼の生活を知ったような、近づいたような気になる感覚が身近なものであるからではないか。

ゴミ漁りは夢物語である。届かない叶わないから意味があるのかもしれない。叶えばそれは現実になるから。漁って想像して、幻想に生きる。届かないものを追いかける夢物語は当然終わりが来る。終わりを決めてからのダブルパンチを与えるストーカー女とのやりとりの皮肉が非常に良い。

喫茶店の同僚タバコをいつもたかる感じ、水のお代わりをねだるおじさん、彼女が夢から覚めてもそこには変わらない同じ現実が続いている。しかし彼女から見える世界は確実に変わっただろう。
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