マドモアゼルのネタバレレビュー・内容・結末

「マドモアゼル」に投稿されたネタバレ・内容・結末

私の個人的な意見としては男の子が可哀想すぎて、マドモアゼルには痛い目見て欲しかった。
でもマドモアゼルが痛い目に合うなんてことはきっとあり得ないんだよね。この嫌な感じがこの映画の魅力的要素なんだよね。
でもそれが私にはきつかった。
救いのない暗い静かな映画。

村の閉鎖性による外国人差別、独身女性差別、嫉妬、姦通などが断片的に示唆されるのだが、肝心の犯罪の動機や、二人が恋に落ちる理由などは、よく頭で理解できない。
マドモワゼルは、同じ外国人であるイタリア人に一緒にされたくないと感じる一方、性欲も感じる。前者は息子への態度に出る。イタリア人と結ばれてしまった不名誉から、村を出る。という感じ?
犯罪の動機はよくわからん。寂しかったから?経過をいちいち見守っているシーンが印象的。

とにかく善意のある人間が出てこなく、監督の強い不条理観のようなものを感じた。

表現方法の面では、写真のようなショットが沢山あって、見応えがあった。対象が端に寄ってる画が多かった気が。
顔舐めてるところ良かった

ジャケットのシーン無かったような...
ジャンヌ・モローがすごい。シーンによって年齢が10歳くらい違って見える。ハウルの動く城ではときめきによってソフィーの見た目年齢が変化するけれど、人がやってこの差はすごい。

マドモアゼルが悪いってさんざん言われてるけど、これだけセクハラ受けてたらそりゃこうなるわ。人々のひとつひとつは小さい何気ない悪意が貧しい少年に勉強を教えてあげるような善人をこれだけのことをする悪魔に変えてしまったって話だと思った。ミヒャエル・ハネケのピアニストともかぶる部分はあると思う。

この映画が作られたとき(1966年くらい)、ジャンヌ・モローは38歳くらい。パリでは40歳までは若者扱いなので(1959年発表、フランソワーズ・サガン「ブラームスはお好き?」新潮文庫の解説が根拠)、今の日本のアラサー女性くらいの感覚なのではないでしょうか。都会ではギリギリ若者に入るけど、田舎では「女のくせにそんな年にもなって結婚もしないで・・・」とか「結婚できなくてかわいそう」とか言われる。あるあるですね。その中でなんとか自分を保つためにいつもきれいにお化粧していたり、おしゃれしたりしているんだけど、村で一番教養があって自立だってしているのに、村の警察の仕事(タイプ打ち)だって手伝ってあげてるのに、言われることが「あの年で結婚もしてないから頭おかしくなってるんだ」ですよ。そりゃストレスたまりますよ。結婚してないからおかしくなってるんじゃなくて、そんなことを言われ続けているからおかしくなってるんですよ。しかもこの人って舐められないようにお高い態度をとっているだけで、ほんとは大人しい控えめなタイプなんじゃないかな。イタリア人のイケメンを陰から見つめているだけだしね。
この人が悪いことするのって好きな人のかっこいいところを見たいだけなんだろうな。そこが彼女の非常に少女趣味というか子供なところですね。

映画はじまって最初の頃の靴をやたら大事にするシーンや、お化粧中に犬が吠えてイラっとして放火しに行くシーンに狂気を感じた。

お高くとまってるくせに結局イケメンとセックスして喜んでるメス犬じゃん、って思いがちだけど、それはマドモアゼルの側に立っていない意見だと思う。彼女からしたらずっと好きだった人に愛されてうれしいだけなんじゃないかな。で無邪気な幸せに浸ってるときに突然「明日息子とこの村を出ていく」って言われたら、幸せな気分台無しになるじゃないですか。使い捨てにされた=性的に搾取されたって思うじゃないですか。実際そうだし。リンチの引き金になる「ウイ」に限って言えば、嘘は(協調)言ってないんだよな。

さんざんマドモアゼルをかばってきたけど、一番かわいそうなのは子供です。村の人たちにもう少しデリカシーがあったら、マドモアゼルがもう少し大人だったら、イケメンが女関係にもう少し節操があったら、みんな幸せに暮らしていけたんじゃないでしょうか。
表ではマドモアゼルと慕われている彼女だが、男たちからは「パリでは平凡な女になのに女神扱いされている」と陰で言われたり、「花嫁が冠に使う花を折ってはならんな」と皮肉られたりと、明らかに"婚期を逃したオールドミス"といった扱いをされていて、本人もなんとなくそれを察している。
頻繁に鏡を見たりと服装に気を遣い、小洒落たマドモアゼルは明らかにこの泥臭い田舎のにおいて異色の存在であり、こんな村から出たいと願うのも無理はない。やっとのことでイタリア男と一晩かけて野原で愛しあった朝、「明日ここを出る」と告げられた彼女の絶望と怒りは容易く推測できる。

悪意に満ちたジャンヌはどうしてこんな妖艶なんだろう、ファムファタールなんて甘ったるい存在ではなく、飢えた牝犬のような卑しさとどす黒い存在感に目が離せなかった(ピアニストの「知的な顔して中身はクソ同然なんだな」というセリフを思い出した)。
陰険なオールドミスが繰り広げる 陰湿な事件や出来事の数々。
冒頭から最後の最後まで陰険の極みで去ってゆく……。
でも綺麗な風景、綺麗なジャンヌなので困ってしまいます……。


主演のジャンヌ・モロー様は、3カ月ほど前に亡くなられました。
残念です……
ほとんどスリラーの域にまで捩れまくったラブストーリー。ヒビの入ったお嬢さんの秘めたる狂気と恍惚。フランスの小さな村を舞台にコソコソボソボソと話が進むのだが、洪水や火事やら災難に度々見舞われ、それらを映す撮影は大変素晴らしく退屈することが無かった。
災難の元凶が題を演じるジャンヌ・モロー。この映画、この人の彫刻的な顔立ち無くしてはあり得ない。美しすぎて不相応な感があるのだけど、客をいけないものに付き合わせるにはもってこいだ。
「男」と会う場面の長い生き物とか、逆光で倒れる木とか「おお〜」と思うんだけど同時にやり過ぎで野暮ったい感じも。監督は張り切っていたのだろう。wikiを読んでその感を強める。
昔、テレビで観た。村中からマドモアゼルと崇拝されてる女が実はどうしようもないヤリマンビッチ淫乱女で好きな男に愛されないからその男にレイプされたと嘘をつき男は村人にリンチされるという胸糞悪くなる内容。ジャンヌモローのビッチ演技は凄かった。尊敬してた少年が正体を知って唾を吐く
ジャンヌ・モローが怖すぎます。
表向きは聖女のような存在で、裏の顔は底意地の悪い不道徳・不謹慎な女を見事に演じています。
寝ているマヌーの上半身に、舌を嘗めずり回し・・・。
その上半身を見たいから、火を放ったり、水車を壊し水浸しにしたりと、オールドミスの性への感心が暴走の域に到達します。

もちろんはじめは淡い恋心でした。
だからマヌーの息子ブルーノにも特別授業を施す等優しく接していました。
母親のいない少年にとっては、マドモアゼルは母親のような存在でありながらも、その優しさから淡い恋心を抱いてしまうのも自然な成り行きなのかもしれません。(なんて哀れ)
しかし、マヌーがほかの女に手を出しているのを目撃してから、マドモワゼルのブルーノへの扱いが極端に変わります。
悪意のみ。今で言うところの体罰でしょう。

もうね、あからさまにブルーノを邪険に扱っています。
「なんて汚い子供」等々。
ブルーノに非があるのなら仕方がないかもしれませんが、まるっきり当て付けですから。
父親がフェロモン全開だと子供は苦労しますね。
今回は、「苦労」を通り越して「悪夢」です。

とうとうマヌーと一夜を獣のように過ごしたマドモアゼル。
この前後のジャンヌ・モローの演技が素晴らしいのです。
性の解放、女の開花。
みずみずしくなり、若々しくなりました。
さすが女優。

さてシーン自体はというと、かなり映像が暗かったため何が起きているのか把握し切れませんでした。
なんてもったいない!
それでも獣じみたマドモアゼルを堪能することができましたが・・・おしい。

一度体に火がついたのですから、男を知らなかった時代の自分には戻れません。
それでもこの地を離れるというマヌー。
最後はやはり、マドモアゼルの悪意全開です。
暴行事件をでっち上げ、マヌーはリンチされて殺されます。
ブルーノ少年にとっては、「苦労」を超え、「悪夢」さえも超え、この現実は「地獄」でしょう。

なんて哀れな少年。
マドモアゼルの証拠を握りつぶし、唾を吐くくらいの反抗しか出来ないのですから。

オールドミスの執念は、何よりも恐ろしいです。
もうね、ここまでこじらせるくらいなら、一層のこと早く女になったほうが周りのためです。
Let's 男漁り!

総じて、恐怖映画だと思います。
ジャンヌ・モローの怪演は、夢に出てきました。
怖い。
因みに、あらすじに書かれている「魔性の女」は違うと思います。
ただの欲求不満のオールドミスです。
田舎の排他的な所をよく描けている作品。

マドモアゼルの捻くれた愛欲のぶつけ方が恐ろしい。

最後は、物悲しく印象に強く残る。