クイーン・オブ・アース(原題)の作品情報・感想・評価

「クイーン・オブ・アース(原題)」に投稿された感想・評価

英字幕をスムーズに追えないのでほんと自分にガッカリするのだが。ふたりの女優があまりにも素晴らしくて、こんな厭な作品嬉しくてしょうがない。小柄なモスとスラリと背の高いウォーターストン。この見た目の歪さからすでにグロテスクな物語がはじまっている。
ロス・ペリーの長編第四作目。
湖畔で過ごす女ふたりの友情は、暴走する自意識/自己愛、染み出すパラノイアによって腐食する… ファスビンダー影響下(※1)"崩壊した女の映画的世界"系譜において、血統書付の正統的後継作でありつつ、同時に最も先鋭的であたらしい…そんな最前線。傑作。

※1
監督のロス・ペリーは本作の影響元について、ファスビンダー 『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』&『マルタ』(「『Queen of Earth』のインスピレーションはリンカーンセンターのファスビンダー回顧上映で得た。これらの部類の映画を知り、僕も作りたいと思った。」)やハーヴェイ『恐怖の足跡』、ポランスキー『反撥』、アルトマン『イメージズ』、アレン『インテリア』などを挙げ、「崩壊した女の映画的世界」を目指したという。

・『百合映画完全ガイド』(星海社新書)にて、本作のレビューを担当しました。
https://www.amazon.co.jp/dp/4065201799/ref=cm_sw_r_cp_api_i_PUrnFbCQ0NZ6N

↑ 初見時の感想見つからず。
本&ネットで書いたときの文章を切り貼りした。

2018/12/23
アレックス・ロス・ペリーをやっと見ることがかなった。そして結構面白かった。

恋人との離別の苦しみを癒しに友人ヴァージニアの別荘に身を寄せるキャサリン。彼女たちが別荘で一週間を過ごすうちに、キャサリンの精神は次第に異常をきたしていき、徐々にその原因が恋人ではなくキャサリンの父親がうつ病で自殺したアーティストであることが明らかにされていく。

こうして話を見るとほとんど「仮面ペルソナ」なのだが、「ミッドサマー」にもプロットがそっくり。こういう悪霊、ベルイマン映画の流行がただアリ・アスターの成功だけでなく、ジャンルとして流行っていることがわかる。アメリカ、病んでるな。「狂う」というのが、酷目にあった人がその原因をさぐることができなくなって、手当たり次第なんでも恨んで仕返しをする状態になっていくことだと順を追って説明してくれるのでよくわかる。

面白かったのは、この女優二人の顔に尽きる。
金髪、碧眼、薄い唇のエリザベス・モスが目玉をぎょろぎょろさせて、小さな口から大きな歯をどろんと見せ、白くて広い額にシワを刻むと不健康そうで不気味に顔が歪む。
一方、口角の上がった大きな口をしたウォーターストーンは、福々とした健康そうな顔だが、髪も瞳も白くコーカソイドにしては塩顔の彼女は、ちょっとした表情で顔全体の印象がかなり変わる。
クロースアップにされたウォーターストーンのくびれた唇が、せわしなく動く様を見ているのはちょっとした幸福でもある。彼女の柔らかい笑いが、目的を達成して最後に笑みを浮かべるモスのきついシワに歪んだ笑顔の口元と対比になっていた。

ソファでおしゃべりしてるシーンに、細部の躍動感が宿るのは、マンブルコア出身の監督の個性だろう。コメディ作家のような、筋肉のファニーな動きを演出する才能がホラーテイストにうまく転換されている。

このレビューはネタバレを含みます

あらすじ・感想のちほど。
内容は至ってシンプル
でも人が狂ってゆく過程が巧み、演技に魅せられた。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.0
【『プーと大人になった僕』の脚本家は鬱映画の鬼才!ここテストに出るよ】
先日、親友から『仮面/ペルソナ』を彷彿する面白い作品があると紹介されました。その名も『Queen of Earth』だ。日本では未公開の作品なのですが、本作の監督アレックス・ロス・ペリーは昨年ハードコアシネフィルの間で話題となりました。というのも、『プーと大人になった僕』の脚本を手がけていたからです。アレックス・ロス・ペリーはラース・フォン・トリアーやミヒャエル・ハネケ系の全力で不快を観客に投げつけてくる作品で有名で、毎回Rotten Tomatoesの評は批評家評こそ高いものの、一般観客からは火炎瓶が投げられているような作家です。そして案の定、『プーと大人になった僕』は、過労でやつれた男の前に、仕事を捨てるよう説き伏せ、何度も復活してクリストファー・ロビンを苦しめる鬱映画の傑作でした。そんなアレックス・ロス・ペリーの代表作に挑戦してみました。

親友が語っていた以上に、『仮面/ペルソナ』でした。精神が不安定な女キャサリン(エリザベス・モス)が喪失を癒すように親友ヴァージニア(キャサリン・ウォーターストン)の家にいき、独白をする。それを寡黙なヴァージニアが聞く。そこが思い出の別荘で、段々とトラウマが渦巻き、自問自答の洪水の中で人格が揺らめく。ただ、色彩を得たこの『仮面/ペルソナ』は、鬱映画の鬼才アレックス・ロス・ペリーの手により、ブラックホールのような闇へ観客を突き落とす。つんざくようなサウンドトラックに背筋が凍る。そして、窓越しに、まるで幽霊のように蠢くキャサリンであったりヴァージニアに恐怖を抱く。そして視点がキャサリンにあることが、自分を分かち合ってくれる人の不在に夜恐怖を増長させていく。正直、キャサリンは思い込みが酷く、それによって勝手に狂っていくのだが、それを冷酷な目で見てくる周囲の人々やパーティーでの疎外感に絶望していきます。『ヘレディタリー/継承』なんて甘口カレーも良いところ。コッ!なんて音がなくても、しっかりと怖いのです。

この手の対話によりトラウマを乗り越えようとする話は『仮面/ペルソナ』然り、『リズと青い鳥』、『未来のミライ』然りハッピーエンドに向かう傾向がある。たとえ、それがホラー要素強くても。しかしながら、アレックス・ロス・ペリーは最後の最後まで絶望のどん底に観客を叩きつけ、それでもってカッコイイクライマックスを用意する。これは2010年代最強の鬱映画作家として注目しないといけないなと感じました。そんな彼の新作『HER SMELL』が楽しみです。
[幸せな人間に不幸せな人間など見えていない] 100点

大傑作。想像以上に「仮面/ペルソナ」なアレックス・ロス・ペリーの長編四作目。鬱病だった父親を亡くし、恋人ジェームズにも棄てられたキャサリンは親友のヴァジーニアに連れられて彼女の別荘に赴くが、一年前にジェームズを含めた三人で訪れた記憶が蘇って逆に追い詰められていく。一年前の記憶と現在が交互に入れ替わるように構成されているのだが、ここでヴァージニアという女が妙にイカれていて、我々もキャサリンも彼女に頼るしか道が残されていないのに、ヴァージニアはキャサリンを慰めたかと思うと貶し始めたり、ものすごい怖い目つきでキャサリンを睨みつけたりするのだ。そこにヴァージニアの恋人で無理解な男リッチが時たまやって来て、キャサリンは余計に心乱される。

この緊張感溢れるサイコスリラーのような物語はモスとウォーターストンの熱演によって具現化したわけだけども、例えばモスよりウォーターストンの方が背が高いのもキーポイントかもしれない。常にウォーターストンはモスを見下ろす位置にあるのだが、これがナチュラルな状態でも発生しているということなのだろうか。また、ウォーターストンの目が茶色いので、真っ青なモスと比べると黒目が大きくて、二人を交互に観るとウォーターストンが何を考えているか分かりにくい。なんてことを色々勘ぐりたくなるとてもいい配役である。

どんどん発狂していくキャサリンは下着みたいな格好で湖畔を彷徨き、パーティでの笑いを自分への嘲笑と誤認し、遂には破綻して幼児退行してしまう。それもこれも彼女が偉大な芸術家だった父親とイケメンな彼氏にベッタリ依存していたせいで、その支えが一瞬にしてなくなった時"自分"そのものがなくなってしまったからなんだろう。

最終的にヴァージニアがキャサリンを助けなかった理由が暗示される。結局の所、幸せな人間に不幸せな人間なんか見えていないのだ。当てつけのように辛く当たってしまったことを今更ながら後悔しているヴァージニアから唐突にクスクス笑い続けるキャサリンにジャンプし、薄笑いを浮かべながら湖を見つめるラストカットは最強。

色調が70年代のフィルム映画に似ていて非常に好み。「クレールの膝」とか「私たちは一緒に年を取ることはない」なんかを思い出して勝手にエモくなっていた。グロすぎるサイコスリラーに対する鮮やかな色彩というギャップに心を掴まれてしまったようだ。