叫びとささやきの作品情報・感想・評価

「叫びとささやき」に投稿された感想・評価

紅い装飾と純白の衣装
女性の老いと死、姉妹の関係
神の不在と哀愁の漂う世界観はベルイマンらしく、小難しそうに見えてわかりやすい。
死を目前にしてもう一度見たいような作品。
亡き母を恋うる娘の心の再現(ミメーシス)だ。また、かなわない愛の肖像が、赤い悪夢として物語られている映画だ。

題名は声のひびき、叫び=孤独と痛み、ささやき=愛だ。作家は亡き母を恋う映画を作りつづけたが、本作はその極北だ。「かくして叫びとささやきは沈黙に帰したのであった」という男声のボイスオーバーが、終幕できこえることが、これを裏書きしている。

映画はまず次女アングネスの寝顔を映す。死の床にあるらしく、顔は生気が失せていて、痛みに悶える場面がつづく。寝室のそばでは三女マリーアがソファで寝ているが、長女カーリンとは交代でアングネスの番をしている。女中アンナは、幼い娘に先立たれ、心のむなしさを埋めるべく、アングネスにかいがいしく世話をする。不治の病に苦しむアングネスが押し出す断末魔の叫びが、屋敷の床や壁に染み渡っていく。アングネスが夢の中で見るのは、幼い頃に亡くした美しい母のおもかげばかりだ。在りし日の大広間で芸人がやってきたのだろう、子供向けの見せ物をしている追想の場面で、近所の子供たちも集まっているが真ん中にいる母は、となりの妹マリーアと何かささやき合っている。それをアングネスは少しはなれた位置で、ながめていることしかできない。自分はなぜだか母から可愛がってもらえなかったという思いが、大人になっても消えることなく、母を恋うる思いは死の床では強くなるばかりだ。カーリンがアンナに手伝わせて、自分の着替えをする場面で。黒いドレスを脱いで、白いスカートを2枚脱ぎ、コルセットをはずしたあとで、白い胴衣を脱いでから、最後に白い下着を脱いで全裸になってから、新しい白い下着を頭からかぶるように着ると、同じような白い寝間着をきる。しかし、この場面で映るエロスはごく控えめだ。そのあとでカーリンが寝室にいくと夫が机に向かっている背中がある。カーリンは陰部からしたたる血で手をぬらと、口もとにぬりたくるという恐ろしい光景が映る。実は寝室にいくまえに彼女は割れたワイングラスの破片(夫と夕食の最中で彼女が誤って割ってしまったもの。夫とのあいだは冷えきっている)を手に持ち、自身の性器を傷つけるに及んで、叫び声をあげてしまう。映画のはじめに登場したアングネスの叫びが姉カーリンに感染しているのだ。かなわない愛の再現(ミメーシス)と感染的模倣(ミメーシス)がしめされているわけだ。終盤でアングネスの死後の寝室からきこえる声に姉妹が反応する場面では、死んだはずの次女が呼ぶ声に、次女に同情する三女マリーアはおそるおそる近づいていく。アングネスに抱きつかれたマリーアは、不気味さにおびえ絶叫すると、退散してしまうのだが、ここにも感染的模倣(ミメーシス)が映されている。

また映画は途中で度々不思議な溶暗をみせる。クロースアップで照明が斜め上90度から当たり、顔の横半分は陰にかくれている。赤を背景にして、顔の輪郭は徐々に溶暗でみえなくなっていく。この奇妙な赤いクロースアップと溶暗は、カーリンとマリーア、アンナに用意されており、かなわない愛の密室劇の肖像画のようにみせる効果を得ている。

アンナには、死者に抱きつかれて絶叫してしまうマリーアの後をひきとって、幼な子に授乳するように慈しむ場面があるが、死者を安らかな永眠に導くのは牧師のことばによってではなく、アンナの抱擁によってであった。終幕では主たちがいなくなった屋敷のアングネスの寝室で、ただひとつ形見として得たであろうアングネスの日記を、アンナが読む場面がある。永眠のひと月ほど前の日付で、元気だった日の彼女が姉妹とアンナの四人で庭を散策したあと、ブランコにのって楽しんだひとときを記したものだ。アンナによってアングネスの回想がとじられると、映画は終わる。

ところで私はベルイマン生誕100年映画祭で12作品を鑑賞し終えた。監督作は初めてのことだったが、得がたい体験だった。
音とは静粛から始まる。

すべての音は、発せられた瞬間から、種類よって様々な経過をたどりはしても、静粛へと向かう性質を持っていると読んだ。

叫びと囁き、その振動は心地よいものではなかった。
Ryosuke

Ryosukeの感想・評価

4.1
真紅と純白の毒々しい美しさのある映像が安定して秀麗。
暗い廊下を照明を伴って人が動いて行くカットが印象に残る。
赤一色の画面を用いたフェードインフェードアウトの残像の赤色が人物の顔に重なり、彼女たちの苛烈な心情を強調する。
美術の赤に導かれて、当然のように唐突に血が流れる。
浮気を悟る表現も控えめで良い。
冒頭からエイゼンシュテインみたいな時計のモンタージュが印象に残る。この時計のカチカチ音は全編に渡って用いられ、アングネスの残り時間を少しづつ削っていく。
アングネスが苦しそうな息を漏らし、痛みに絶叫する様は直視し難い。ハリエット・アンデルセン凄まじいな。
顔を背ける姉妹への素早いズームも効果的。
人物の動きが止まり、画のトーンが暗くなることで死を悟らせる。
アンナの聖母のようなワンカットはやはり凄い。
苦しむアングネスを呆然と立ち尽くして見つめる姉妹の間を縫ってアンナが走り寄るシーンに彼女たちの性質が凝縮されていた。
女たちの心の動きはイマイチ分からないというか興味がもてなかった。何か読み取れてないのかな。
二人の姉妹がアグネスを拒絶した後に日記で語られるアグネスの思いが虚しい。
ショットや構図はかなりキマッてた印象があるんだけど、如何せん内容がアタマに入ってこなくて参る
harape

harapeの感想・評価

4.5

このレビューはネタバレを含みます

やっと劇場で観れた!二度目

常に赤の迫力と、鳥肌。
舞台は真っ赤なお屋敷、
三姉妹とお手伝いアンナの四人の女たち、
その他の屋敷に立ち寄る人だけの世界。

マリアがカーリンにたただ触ろうとしただけなのに、震えが止まらなくて涙出た。
別に感動でも何でもないシーンだけど、常に緊迫感で苦しくなる。
人間のおぞましさ、本質。
カーリンがガラスで自分を傷つけてから、
お腹のあたりがずっと痛かった。
肌に触れるだけで息出来なくなるような間の演出が凄い。
アトラクションみたいな映画だった、
急に最後は綺麗な言葉を並べて、しめくくる。
こんなに悲しい惨劇なはずなのに、
人生について考えさせられて、
全てに納得した、よかった〜‭
Yuta

Yutaの感想・評価

4.2
30年ぐらい前に見て以来、2回目。赤の反転、時計、顔のアップと引き。印象的な映像。本音と建前のえぐさ。ずしずしとこちらに襲いかかってくる。深作監督のテレビドラマの傷だらけの天使も、赤のイメージ強かったけど、この映画の影響かなぁ?
壁紙が赤一色のお屋敷に住む四人の女性。白と黒のドレス。色と構図が計算され尽くした、非常にコンセプチャルな作品。特に長女のベッドシーンと、次女の闘病のシーンはものすごい迫力でした。正直、途中何話してんのかわかんないシーンもちらほらありましたが、もうそんなのどうでもいい。と思えるくらいパワフルな一本。リンチはもちろん、キューブリックやラースフォントリアー好きな人なら、きっと楽しめるはず。
ヘッドフォンで観てたから気づけたけど、神父の説法の言葉にだけ、極うすーくエコーかかってて感動した。パワーがある作品って、きっとそういう、誰が気づくねん。みたいな事の集積なんだと思った。

このレビューはネタバレを含みます

[三姉妹、一筋縄でいかない三女優]

  子宮癌で苦しんだアグネス(ハリエット・アンデルセン)は、独身で子供もおらず、子供の頃は母の愛を妹のマリア(リヴ・ウルマン)に奪われていた。だが、姉妹とアンナに見守られ幸福のうちに亡くなる。

 それに対して、姉のカーリン(イングリッド・チューリン)もマリアも、夫も子供も居るが、決して満たされてはおらず、しかも二人は理解もし合えない。この、アグネスと二人の姉妹の対比が凄まじく見応えがある。

 また、カーリンもマリアもやりあうが簡単には引き下がらないので、この対決も凄かった。アンナのカリ・シルバンもいいが、三姉妹の女優も一筋縄ではいかない三人で思わず見入ってしまう。

 イングマール・ベルイマンのこれはもう何度も観ているが、まるで舞台のようで、またしても素晴らしかった。 (2018.8.26)
U子

U子の感想・評価

3.8
三姉妹のそれぞれの苦悩。
赤、白、黒で統一されている世界。
真っ赤なその部屋は誰かの体内にいるかのよう。
次女は余命幾ばくもなく、痛みに悶え叫ぶ。妹は優しく穏やかに姉を気遣うが、
どうやら姉の好きな医者と不倫している。
長女は冷淡で、しっかりもの、
夫との関係も冷え切っている。全て偽りと叫ぶ。
次女が死後蘇るのが印象的だった。
偽りの家族関係の中で、
最後幸せだったと語る。
召使いアンナの胸に抱かれているシーンが美しい。
映画史上一番美しいホラーなんじゃないだろうか。
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