
東西冷戦期の1970年、チリでは選挙によって選ばれた世界初の社会主義政権が誕生し、サルバドール・アジェンデが大統領に就任した。「反帝国主義」「平和革命」を掲げて世界的な注目を集め、民衆の支持を得ていたが、その改革政策は国内の保守層、多国籍企業、そしてアメリカ合衆国政府との間に激しい軋轢を生んだ。やがて民衆の生活は困窮。チリの社会・経済は混乱に至った。1973年9月11日、陸軍のアウグスト・ピノチェト将軍ら軍部が米国CIAの支援を受け、軍事クーデターを起こす。アジェンデは自殺。以後、チリはピノチェトを中心にした軍事独裁政権下に置かれた。 パトリシオ・グスマンはこのチリにおける政治的緊張と社会主義政権の終焉を記録する。そして、9月11日のクーデターを契機にキューバ、スペインを経てフランスに亡命。映画監督クリス・マルケルやキューバ映画芸術産業庁(ICAIC)の支援を得てこの「映画史上最高のドキュメンタリー映画」とも言われる作品を完成させた。





(c) 1975, 1976, 1978 Patricio Guzmán