人魚の眠る家のネタバレレビュー・内容・結末

人魚の眠る家2018年製作の映画)

上映日:2018年11月16日

製作国:

上映時間:120分

ジャンル:

3.7

あらすじ

「人魚の眠る家」に投稿されたネタバレ・内容・結末

真面目に見ていたわけじゃなく作業しながら見ていたのですが(ごめんなさい)、それでも終盤でめちゃめちゃ泣きました。鬼気迫る篠原涼子と、もうやめてってくらい心が痛くなる子どもたちとのやりとりに堪えきれず…脳死という複雑で非常に難しい題材でしたが、ひとつの答えとして見て良かったなと思います。最後はちょっとファンタジー。
篠原涼子の母親に圧倒的な迫力と私も二人の子の母としての同情、共感。でも狂喜的な内容はSF的でもあり、近い未来きっと起こる難問。深く考えさせられた秀逸な作品。さすが東野圭吾。
残念な点は最初と最後の心臓移植の男の子、永く患って入院中だったはずなのに少女との出会いの時の元気さや、移植後の少年は何か不自然。
えっ?あの庭で少女を見た少年は、移植を受けた少年?入院中でしょ? 原作を読んでない私はよく分からないけど、一気にその違和感で冷めてしまった。
脳死と心臓死どちらが人間として死んでいるのかなんて決められないよなあ。切ない。
楽しみでやっと見れた


とても綺麗な映画


引き込まれて
戻れなくなりそう
思い出の庭
今にも遊びだしそな遊具
でもそこにいた少女は動かなかった


脳と機械を繋いで命を繋ぐ


娘の脳死…


きちんともっとちゃんと見ていれば
私が死ねば良かったと泣く母


謝られても…戻らない…


6歳の娘と臓器移植の話なんてするわけ無いじゃないか!
手順を追うだけの医師に怒りを覚える
仕方がないんだろうけど…


小さな子の命
優しい子の心臓
この子はきっと人の為に
心臓を与えるだろう
でも、親は違う
生きてほしいと
願うばかりなのだ


人口呼吸器
刺激装置


生き物は動く
人は動く事を喜びに感じる
例え偽りでも


『人間なんてえもない生き物だ。食う為に可愛がり、食う為に育てる。それでいい。手前勝手な欲望が人類を発展させてきた。だがな、人間の技術が関わることの許される範囲ってものがある。お前は、その領域を越えてるよ。』




見ていて苦しい………




自分の子供
他人の子供
命の重さは同じだと思う
同じように生きる権利がある
同じように生かされる権利がある


瑞穂ちゃんは
本当に優しい子
生きていれば
いろんな人の為に
尽くす子になっていたと思う


だから、ドナーとして…


心臓を残す事が生きた証なら
それもまた選択肢


命は機械とではなく
命は命とつながる事で
新しい花を咲かせるんだ


技術の進歩の道を
立ち止まって考える必要性を
感じさせられる映画だった
クライマックスの「ここで娘を殺したら殺人になるのか」という彼女の怒りは、一見斬新なような気がするが、それは実は本質的な問題ではない。
殺人かどうかは法的な問題なので娘が法的にしんでいないのなら殺人になるに決まっている。
この映画で問いたいのは、脳死は人の死か?残された者はそれをどう受け止めればいいのか?という問題ではないのか。
医学的な倫理の問題ではないのか。
それを法律とごっちゃにしてどうしようと言うのか。
そこを混同している脚本はとても見事とは言い難い。

後の従姉妹の子の「私のせいなの」という告白の方がよほど堪えた。

照明の使い方(日光の取り入れ方)に違和感が。
ま、ある意味ホラーということかな。

じっくりひとつのテーマを描いているのにあっという間に感じられた。
役者さん一人一人の存在感と演技力がすごくて拍手。
おばあちゃんには無条件でみんな弱いでしょ😢

お母さんはこの子は生きてるって最初は思って延命措置を続けたのかもしれないけど、ほんとに生きているのかって我にかえることが全くなかったのかといえばNOなんじゃないかなと思う

途中で私のやっていることはエゴでしかないって言ってたから、狂気じみた描き方はしているけど冷静に物事を見れる人だと思った

特殊な技術を使って手足を動かして運動をする、そこまではとても有意義なこと
でも機械を用いて笑顔まで作ってしまったらそれはもう人と呼べるものでは無いんじゃないかと、嫌悪感みたいなものを感じた

母親のナイフを突きつけるシーンは多分この映画のピークだと思うけど、ポスターに書いてある言葉を言った時にそういうことかと納得した
ほぼ脳死の状態、でも心臓を止めたら殺人になるのか
答えは殺人になる、だと私は思う
故意に人為的に殺意をもって心臓を止めたら殺人になる
正式な脳死の手続きを踏まないと殺人になる
そう思った

四葉のクローバーを私は幸せだから誰かにあげるって言ったり、いとこの指輪をとってあげようとする本当に優しくて可愛いみずほちゃんのことを思うとなんて悲劇的なんだと思うけど、いつ誰が直面してもおかしくないことだからどう感じたかを大切にしたいと思った

思い出し泣きを何度もしてしまう

お別れの挨拶の夢がなかったら一生介護を続けたのかなとも思う
あの夢はやり切ったと感じた母親が生み出した願望なのかもしれないし、ほんとに娘が挨拶に来てくれたのかもしれない

周囲の向ける目が異様でとてもこわかった
教師のお世話とか大変でしょって言葉が無神経すぎないかってイラっとしたけど私の心が狭いせいかな?

とにかく泣いたし、見てよかった
1番泣いたのおばあちゃんが話しかけるシーン
あれはずるいなぁ
東野圭吾原作の既読済みの作品
プールで溺れて脳死状態になる娘
原作の最初の脳死を受け入れて臓器移植までや心臓移植の募金の辺りもあっさりとし過ぎてストーリーが進んでいた感じがあった
結局、脳死ではなく娘の介護が始まる 娘を思う母の驚異的な言動
後半の包丁を振り回す辺りや「お母さん、今までありがとー」の盛り上がりは良かった
東野圭吾のストーリーを時間的に収めるにはどこに重きをおくかとキャストの演技に凄く左右されると思った
重い内容だけど、重苦しくなく、泣きそうになるお話だけど、お涙頂戴でもなく、ほんの少し狂った感じもあるけど、狂いすぎてもおらず、リアリティがありのめり込んで観ることができた。
篠原さんの演技が、母性のやわらかさと死を受け入れたくない鬼気迫る感じ、両方ごちゃ混ぜになった感じが素晴らしかった。
そして、どちらが多いのかはわからないけれど、私は大切な人が脳死と言われたとき、二度と目が覚めないとわかっていても、それを死と認めることができないタイプだと映画を観ていてあらためてら思った。
たとえエゴといわれても、(本人が苦しそうでないのなら)、体温があり、あたたかい身体に触れるのに、それをおわりにするなんてできない。
それは生死が問題なのではなく、そこにたしかに《存在》していてくれているという、ある意味リアリストなのかもしれない。
存在していてほしいのだ。
なので、わざわざ、娘に包丁をつきつけて、生きているか死んでいるかを問うシーン、法律でどう裁かれるのかと凄むシーンは、わたしにはあまり理解できなかった。

セットのお部屋がとてもキュートでおしゃれでした。もっとよくみたいくらい。
少し演出やBGMがくどい面もあったけど、娘の死を頑なに受け入れられない篠原涼子演じる薫子の身を切るような切実な悲しみを、母親になったからこそ痛いほど分かる部分もありました。

もし同じ立場になった時、自分だったらどうするだろうかと重く考えさせられる脳死というテーマ。
薫子が狂気に走ってしまうのも、他人事とは思えなかった。

篠原涼子の鬼気迫る演技も良かったし、松坂慶子の「おばあちゃんの残りの人生、全部あげるから」というセリフに泣かされました。
お母さんの気持ちは分かるけど、生きているように思えないと言うお父さんの言葉に共感を得てしまった自分は冷血なのか?と感じてしまった。自分の家族があーなった時に取り乱すことすら、できるないかもしれない、それはこの映画を見ながらも実感することができないからなのか?とにかく怖かった。
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