侯孝賢はずっと、漠然と傍観するカメラ=観客のまなざし、をやろうとしている。物語への過度な干渉は行わない。既存のメロドラマへの反骨心が見えてくるのが面白い。いつだって新しい波を立ち上げようとする作家は…
>>続きを読む同じ場所に固定されたカメラが、縦移動やフレームイン/アウトを繰り返すヴィッキーやハオを長回しで捉える。閉塞的な空間は連続するカットや前景にある物(リカー、煙草、監視カメラの走査線までも)と人物の即物…
>>続きを読むオープニングがめちゃくちゃ良い。10年後のヴィッキーによるモノローグに合わせて、連綿と続く道と灯りを映し出す演出がキマっている。
全体的にブルーを基調とした絵作り多めなのが格好いい。
前半はひた…
芸術は引き算か。何を含めたくないか、と、それで空いた隙間を何で埋めるか、で、芸術は出来上がるか。
例えば、携帯電話。『憂鬱な楽園』とか『珈琲時光』でもちょっと思ったが、なんか物語の動きが携帯の通話で…
直近に鑑賞した「ポンヌフの恋人」との同様の愛のメカニズムがみられた。生活能力の剥奪による囲い込み。彼女の可能性を奪うことにより、2人という関係を維持する。ポンヌフでは彼女の視力が回復するという事実を…
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