私の知らないわたしの素顔の作品情報・感想・評価

上映館(2館)

私の知らないわたしの素顔2019年製作の映画)

Celle que vous croyez/Who You Think I Am

上映日:2020年01月17日

製作国:

上映時間:101分

あらすじ

「私の知らないわたしの素顔」に投稿された感想・評価

夢生

夢生の感想・評価

3.5
老いる事、美の喪失により見捨てられる事を恐れ、若さや美しさへの執着が凄まじい。
”女を捨ててなるものか!”としがみつく「承認欲求」がエゲツない。

幻想妄想が築き上げた、もうひとりのわたし。
コワイ…底なし沼に引き摺り込まれような不気味さがあります。
こんな醜さを曝け出したジュリエットビノシュ見た事ないかも。
なんかゾワゾワとするエンディングも然り..後味があまり良くなかった。

精神分析医のニコール・ガルシア扮するボーマン医師の演技が素敵。
クールで冷静の中で、徐々に変わっていくクレールへの微かな炎(敵対心なのか同調なのか)が見えました。

フランスは「愛」のお国柄、そしてマダムをきちんと女性として扱うお国柄だという事を改めて感じました。

〈 追記 〉
もしクレールが同年代の日本女性だったとしたら、『キモいオバさん』と言われてしまうかもね。なんて思ってしまいました。
50代美魔女が年下彼に振られた腹いせにSNS上で20代ナオンに転生し、元カレの友人(20代)に近付いて…という畜生の極みストーリーで面白かったです!
終盤の二転三転する欧州風シャレオツ畜生ラッシュでガンギマリ不可避でした!
交通機関を中心に、事故が多発している「歩きスマホ禁止」キャンペーンが継続的に実施されているが、スマホは単なる通話だけでなくSNSのツールとして、通学・通勤定期、キャシュレスの“お財布”、携帯型のゲーム機やミュージックプレイヤーとして多機能な生活必需品になっているので常に手放せない心理がそこにはあると思う。
この作品ではFacebookというSNSを媒体にスリリングなサスペンスが展開する。
Facebook、Twitter、instagramをやっていると“成りすまし”におぼしきものと出くわすことがあるが、経歴詐称は勿論のこと、悪質なものだと有名人を騙っているものもある。
だから、本作で50代の美しい大学教授が年齢や容姿を偽ってバーチャルに恋愛を繰り広げるのは良いことではないにしても、誰もが多少自分をSNS上で “盛る”ことはやりがちなので特殊なことではないと思う。
だが何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という言葉があるように、深みに嵌まれば後戻り出来なくなり、嘘に嘘を重ねることになる。
この自業自得に嵌まる中年女性を主演のジュリエット・ビノシュがセクシーに妖しく演じていて、我々は固唾を飲んで彼女の負の連鎖を見詰めることになる。
いつかはメッキが剥がれることを才媛の彼女が分からない訳はないのに、何故自ら綱渡りのようなバーチャル恋愛に駆られるのか、その背景は物語の後半以降に解き明かされる。
黒歴史のようなバーチャル恋愛を、カウンセラーを相手に或る施設で振り返る形で描いていくのだが、ラストの彼女からは人間は“罪深い”存在だと改めて感じてしまいます。
miyu

miyuの感想・評価

4.6
話にすごく引き込まれた。
年齢も容姿も偽ってたけど、それは彼女じゃなくても、そういう欲求はあるものではないだろうか。。 だけどそれによって得られる幸せって、本質的なものではないよなぁと思う。
偽りでも優しさが欲しい。そんな気持ちもあるよなぁと。
重奏的なストーリーになっててよかった!音楽もよくて、希望も持てるような話でした。
じぇれ

じぇれの感想・評価

3.9
【超絶話法で炙り出す人間の生態】

50代の美しい大学教授がネットを通じて若い男にはまっていく。20代と偽ったまま……

最先端のSNSサスペンスを期待すると肩透かしを喰らいます。本作においては、ツールはテレクラでも文通でもなんでもいいんです。

本作の肝は、容姿に衰えを感じ始めた女性が偽りの自分を作ることによって、今まで知らなかった自分を意図せず見出すこと。

その二重性を多層的話法で綴っていくことで私たち観客を幻惑し、さらに深化した二重性を生み出します。このストーリーテリングはもはや変態!(←褒め言葉) 振り回された挙句、眼前に突きつけられるラストカットの衝撃を、ぜひ貴方にも味わっていただきたい!

最後になりますが……ジュリエット・ビノシュはやはり素晴らしい! 渾身の演技を堪能してください。
アメブロを更新しました。 『「 #私の知らないわたしの素顔 」彼女の心の奥底にいた本当の自分が、偽りの恋愛で目を覚ます。』
https://ameblo.jp/yukigame/entry-12565643733.html
<真実の一滴に恐怖が器から溢れるようなストーリー>

SNSを題材にした映画だから興味があるな、面白そうだなと軽い気持ちがきっかけで観た映画。

そんな軽い気持ちを諫めるかのような、練りに練られたストーリーで最後の知らされる真実は誇張無しに驚愕です。

50歳を過ぎた主人公クレールが年下の彼氏に振られたのをきっかけに、Facebookで24歳のクララと偽り、若き写真家アレックスと「出会い」、ゆがんだ恋愛にのめり込んでいく様子をスクリーンで追うにつれ、自分はストーリーにどんどん引き込まれていき、目が離せなくなりました。

映画の終わりにクレールが衝撃の真実を告白すると、まさに映画の謳い文句のとおりパズルの最後の1ピースが当てはまり全てが明らかになります。でも私にとってクレールの告白はパズルの1ピースというよりも表面張力でぎりぎりあふれていないコップに落とされた最後の一滴のようでした。
その瞬間、コップから水が溢れ出すように、これまでのクレールの行動の背景が分かり、驚愕の真実に対する恐怖がぞわりと
自分の内から溢れ出してきました。

なぜ偽りの自分の写真にその女性を選んだのか、そもそもなぜ四半世紀も年下の彼氏を作ったのか、最後の真実を知ることで全てに合点がいくようなストーリーです。

最後の描写は観る人によって解釈が分かれるので、その点も良かったなと感じてます。

なんだかんだ初めてしっかり観たフランス映画。トラウマになりそうなスリルでした。
SNS で若い女性になりすます中年女性の話だが、そんなものテレクラの時代にもあっただろう。
もっと言えば文通でも同じことはできるし、昔もざらにあっただろう。
気取って言うほど現代的な話ではないのだ。

またサイコロジカルサスペンスなんて言ってるが、大した捻りもない。
実はカウンセラーと患者が逆転しており、全ては自分が医者だと思い込んでいる患者の妄想だった…位の捻りはざらにある時代に、いささか物足りない。

それでもおフランス映画ということで、老化の恐怖とか、女性の美への執着とか、便利ツールでつながっているようで心はむしろ離れている現代人の孤独とか、意味深なメッセージ映画だと思える。
意味深なメッセージ映画・・・になりすましてる?
実は捻りの薄いのをメッセージぶって誤魔化してる、なりすまし映画ではないだろうか?
この作品が本当に意味ある映画なのか、それとも現代的テーマを扱ってるように見せた、なりすまし映画なのかは観客の判断に委ねられている。

一番の見所は、ビノシュの素っ裸よりも素顔。
水に浮かぶファースト・カットの顏。
老いを超えて死体かと思う程で、残酷にもあの顔を晒すのは大物女優の本気度が垣間見える。
サミー

サミーの感想・評価

2.5
フランス映画の良さの一つ。
 1、作り手がとにかく己の美を追求し、誇らしいものにするために磨き上げること。己の独自性を。
 2、人間ドラマを描くのをモットーにしていて、それを忘れることが滅多にない。
本作もそれに準じています。



本作がなんだかな〜と思いのは…
余計なものをつけ過ぎているかな〜と。
そんな物語は本作にいらないんですよね…幻想や妄想を見るとか小説の中の世界だとか。


とはいえ現実ではフランスでのロマンスは映画で観ているほどに良いものばかりではなく、特にカップルが成立した後というのは厳しい…というよりなかなかダーティなんですけどね。



ついにジュリエット・ビノシュさんもイザベル・ユベール化したか…
emedia

emediaの感想・評価

3.8
「クララ」として誘い焦らせ囁き微笑みかけるクレール
リュドとの突然の別れから喪失感を埋められず
悶々とした日々にSNSの扉を開いて・・

アレックスに誘いをかけたのは意図的ではないという
「クララ」として息をすることは
クレールの承認欲求を充たすものでもない
何かある・・きっと何かがある・・

精神分析医(ボーマン)に対するクレールの挑戦的な言葉
二人の心の中を揺らめく波風が激しさを増して
更に更に「わたし」を求めて深まるクレールに
ボーマンは真実を掴めるのか?
胸騒ぎが加速して息苦しい

元夫(ジル)にも素っ気ない態度で
いまある充実ぶりを感じさせている
人間として女性として疎外されると
もうひとりの自分が目を覚ますのだろうか?
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