快楽の園の作品情報・感想・評価

『快楽の園』に投稿された感想・評価

なかなかゲスくてかなりすき。わんこがいい味出してる。私の中でヒッチコックは賛否両論あるけど1作目でこの撮り方出来るのは完全に天才だと思ってしまった。
くりふ

くりふの感想・評価

3.0
【ヒッチの第一歩、をデジタル修復版で】

英国にてデジタル修復された、ヒッチコック初期サイレント映画の特集上映『ヒッチコック9』に本作だけ、行けました。

『快楽の館』は監督デビュー作。そもそも監督になる気がなかった人だし、さほど期待もしませんでしたがまぁ、面白かった。まぁ、ふつうのメロドラマですが、堅実に撮っていますね。まだ20代半ばでこれだけできれば、腕は確かではと。

で、ネガネガに盛り上がる修羅場の先で殺しあり!な辺りに、ヒッチな香りが少し漂い。

ナイトクラブ「快楽の館」を舞台に、堅実に暮らすコーラスガール・パッツィと、彼女を踏み台にスタアとして成り上がる女・ジル。そして彼女らに群がり、つながる男たち…らの運命交錯とその顛末。

描写は丁寧だけれど、時代のテンポもあるでしょうが後半、ダレました。90分あったが80分くらいでよかった。廉価版のDVDは一部カットされ、それ位の尺だそうだがそのうち見てみたい。

当時は英国よりドイツ映画界の方が潤っていたらしく、本作はドイツとの合作で、場所もドイツとイタリアで撮影されています。あの、いかにもドイツ映画!という天高くだだっ広いセットと、イタリアの避暑地コモ湖畔。これらの影響かちょっと無国籍風、ファンタジックなひとくち味が出ています。その分、陰惨さが薄れていると思う。

パッツィ役ヴァージニア・ヴァリがとてもよかった。当時ハリウッドの売れっ子で、呼び寄せたらしい。チャップリン映画で有名なエッサネイ・スタジオ所属だったのね。すっきりした美人で、パッツィの葛藤や憂いをわかり易く…サイレント特有の大仰演技があまりなく…伝えてくる。

で、本人もいいけれど、ヒッチがこうして、真っ直ぐに女性キャラを描けていたことにもびっくり(笑)。細部までよく伝わる、デジタル修復版バンザイです。彼女のお着替えとストッキング脱ぎ脱ぎシーン付き。もうデビュー作からコレあったのか!と可笑しかった。

逆に、ジル役カルメリータ・ジェラティはナマズみたいな顔で、どこがいいのかわからない。踊りもヘンだし。ここは当時の価値観ならでは、でしょうか。

数年後に登場する、世界初のミュージカル映画とも言われる『ブロードウェイ・メロディー』も、今みるとレビューシーンなんてかなりイタイから、これでも問題なかったのでしょうね。

モノクロ映画ですが、ブロックごとにセピアとインディゴに着色されていてちょっとびっくり。昼間にロケして、夜間シーンに見せるためインディゴにしたり等…原版がそうやっていたそうだ。これ、勉強になりました。

ヒッチの無声映画は、IVC版DVDで悪画質とテキトークラシック後乗せしたもので我慢していたから、クリアな大画面と生演奏付の上映はなかなかの快楽でした。

音楽はピアノ(キーボード)とヴァイオリンでしたが、後者は出番が少なく逆に効果的。ピアノは山場をガンガン盛り上げる。やっぱり音楽が合うといいものです。古い映画でも、ソフト化の際は気を使ってほしいもの。IVCさん、よろしくです。

<2017.3.22記>
駿

駿の感想・評価

3.5
アルフレッド・ヒッチコック監督の最古の作品、デビュー作。無声映画。
100年近く前の作品が失われずに残っている事が奇跡。

このレビューはネタバレを含みます

・冒頭、螺旋階段を下るダンサーたち
・ダンサーを眺める観客、双眼鏡
・田舎から来たダンサー、一緒に住む
・脱衣、服を椅子に投げる
・結婚、海外へ行く夫
・傲慢になる女
・向こうで愛人を作る夫、溺死させる
・熱病の手紙、大家さんが用意した交通費
・殺した愛人の幽霊
・残された2人が結ばれる

・字幕による台詞、説明文

・youtubeで視聴
・動きが細かい、古い映画

2021/09/18
michi

michiの感想・評価

-
監督ヒッチコックがここから始まったのかと思うと感慨深い。1925年の作品で、10年後、20年後、30年後…にあんな映画が生まれる原点の一つだったはず。

裏切ったり奪ったりのラブストーリーかと思いきや、終盤が怖い!そこで殺すのー!?驚いた。そこからの水中の映像、幻覚を見て追い込まれていく様がヒッチコック映画だった。

犬目線では全部お見通しでしたっていう伏線もさすが。優しい大家さん夫婦が気に入った。
しかしあの踊りは、当時はあれが良かったんだろうか…??
Jimmy

Jimmyの感想・評価

3.0
アルフレッド・ヒッチコック監督の第一作目の映画。

皮肉な運命を描いたメロドラマであるが、ところどころにヒッチコックらしさが見られる。
デジタル修復版、モノクロ着色版、生演奏付きの購入DVDで鑑賞。


物語は、ロンドンのダンサー舞台が映り、ある女性パッツィーは田舎から出て来た若い女をダンサーにしてあげたりする優しい女性。

彼氏ヒューと恋仲になるものの、彼氏は仕事の関係でアフリカに行く。

そしてパッツィーはヒューの友人と結婚するのだが、夫もアフリカに行ってアフリカ女性をたぶらかして自殺に追い込んでしまう。

夫を追ってアフリカにやって来たパッツィーは、自殺した女性の亡霊を見る夫に刺殺されそうになるが……。

こうした物語で、男が自殺に追い込んだ女性の亡霊を見るシーンは、このごろヒッチコック監督が多用していた合成場面となっており、「おっ、ヒッチコック映画だ!」と思える小品であった。
arch

archの感想・評価

3.4
サスペンスの帝王、ヒッチコックの処女作。

ナイトクラブ「快楽の園」に訪れた田舎娘ジル、そして困っていた彼女を助けてあげたパッツィー。二人の女性と彼の周りに集まってくる男性達はナイトクラブでの出世や仕事の転勤など、変わっていく状況の中で移ろう恋愛劇となっている。
まず感じるのは女性視点からの男性への嫌悪感、特に視線のいかがわしさが最初に描かれている。そこからかなり現代に通ずるシスターフッドな展開になるかと思いきや、女性二人も立場の移ろいによって関係は引き裂かれる。そして結末も真の結婚相手とは?という持っていき方をしているので不思議な作品に感じた。多分今年女性から観た世界を題材にした作品に多く触れたからかもしれない。

ヒッチコックと言えばサスペンスである訳だが、本作はサスペンスなのだろうか。サスペンスをもし「緊張の継続によって精神状態が観客と登場人物がシンクロ」することに重きを置いた作品であるなら本作は間違いなくサスペンスだ。
ホラーにも近いが愛憎劇であることがやはりサスペンスとの区別になるだろう。
非常に不快感煽る男性像や当時でも特別だろう水中撮影や霊の演出は的確かつ見事なものだった。
1925年のヒッチコックの記念すべき監督デビュー作品! あまり期待してなかったけど悪くない。ストーリーはよくあるメロドラマだけど、うまくできてる。ラスト近くで突然殺人鬼になってしまうところは少し無理があるけど、実にヒッチコックらしい。しかし、あのダンスは絶対笑ってしまう。
☑️『快楽の園』及び『ふしだらな女』『リング』▶️▶️
偉大な作家は、処女作から圧倒的な個性と完成度を示している、というのが以前からの自説である。今は誰もそんなことは云わなくなったが、ルノワール・フォードが割と長い修行の後、頭角を現し一流となったは、それぞれ『牝犬』からのトーキー以後、『男の敵』ら1930年代後半からというのが、定説だった。しかし、それは当初才能を見抜けなかった人らによる俗説で、その後初期作が新たに発見されたのも含め、割と頻繁に観られる様になると、コロッとひっくり返った(力衰えたりとされてた晩年の作品もそうだ。それぞれの遺作『~小劇場』『荒野の女たち』を傑作と呼ばない人たちが今日いるだろうか)。
ヒッチコックもそうだ。この処女作にはヒッチコックの全てが既にして納まりみなぎっている。ショットの正確さは既にして完全に身に付けてる。角度や位置を少しズラせてアクセントを付けてる所はあるが(それに安易に流れる事はなく)、90゜や切返しや縦位置パースペクティブや装置美術の囲み・或いはサイズ切替えと寄り対応といった、全ショットの決定・刻印・さりげなさは強い最速・最良の情報と構築を繋いでる、しかも贅肉付けずのこの上なく明晰も・その知性が嫌らしくない求心力・純度・格で。俯瞰め、視界(ボケや幻覚OL)、小道具や動物挟み、少し間隔ある呼応、身体の上下半身分割対応、異世界対照、サイレント期の画面絞込み、等々も、今日ここまで描ける人がどれくらいいるか。
そして、挑発・招き的なものではない、映画表現自体のエロティックで艶かしい緊張感。それは映画の内的速度を速める。二人の女の着てる物の脱ぎっことそのポイポイ放りの集積をはじめ、全編そうだ。後に、殺人シーンとラブシーンを等価・交換可能のテイスト・魅惑としたこの作家の面目躍如である。そして、ストーリー・状況ではない、中心人物の直感的・生理的嫌悪感と親近感の(思惑を越えて先見的な)発生と、その牽引力が作品を進めてく。その鋭さ・微細さは作品を刃物の状態に磨きあげてゆく。
カソリック宗教性や小さき生ける物への対し方、形式や社会的価値の利用目的の重視、にも現れる、人の仮面性・その隠された真の顔、執拗なしかし下品でないサディズム、開放より堕落の香り強烈な放埒性。ヒッチコックは、豊満より清潔な女、威厳より無力美男、が好みだ。カップルの入れ替えと併さる。勿論コメディリリーフは別で、尊重している。怪物的悪の体現者は、苦悩の姿も他者への(その心へも)傷つけは留まるを知らず、(精神的にも無垢で)無防備な美女へのサディズムも観る側に代わってエスカレートもしてくれる。善の勝利・救いは、無力なその者の努力ではなく、天恵の如く不意にもたらされる。
全ては社会的・道徳的要請ではなく、他愛もないが、愛さずにはいられない映画というものだけに、殉じているのだ。説教・講義より、はるかに深部に甘く突き刺さってくるもの、がある。
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『快楽~』のフィルム素材もあまりよくないが、『ふしだらな女』は更に酷く、8ミリが素材か。ヒッチコック的とは言えずも、映画的処理・達成がここでも充分試みられ、達成されている。N・カワードの演劇ベースは、『逢びき』と同じく初終で似た場面(駅ホーム別れの視点変えと二度の離婚裁判)が繰返され、その間にヒロインの観客に与える精神的な強靭さ・世慣れ度は格段に傷を見せて鍛えられてる。ただ、こちらの方は過去の事実より、それを隠す中での不安・疑心暗鬼が、周囲にも伝播し元よりの確執が決定的になり、居直り・ふて腐れの仮面が実態となってく(純な存在はヒロインを励ます者にあてられ)。
演劇的な厚みを欠く平板・平面的絵柄を、ヒッチコックは、(いきなりの)正面顔のCU、(そこからの)カメラ縦移動、すれ違う縦の図の(どんでん)果てのない伸び、横顔DISズラシ対応、向き合うトゥショットを多用し(垂直ポジション・斜め位置・寄りと退きカット・手前の物ナメの図・仰角も交え)、人の立つ空間を濁りなく閉塞を開く、内容に反する無限可能空間に変えていくのである。ヒロインの不敵な強靭さ増しが、共感or嫌悪の強調を離れ、客観的に示され抜く。映画だけが真に生きてくのである。サイレントなに、漏れ聞き・盗み聞きが鮮やかに活きている。J・スタージェス的スマート・スッキリ感を途中少しだけ感じた。
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3本の中では素材が最も美しく残ってる『リング』は、恋の鞘当てのリング上での(納得ずくの)決着を描いてて、云わば阿吽の呼吸で成っており、様々な横道・余話に滞ってゆき、いろんなタッチ・味も満載だが、それでいて映画的一体感・求心性の貫きがどの瞬間にも感じられる作品で、この作家が後年扱うジャンルを絞った事が残念で(『ハリーの災難』の様な異色の秀作もあるが)、この方向でももっともっと作ってほしかったりもする。遊園地、見世物拳闘小屋、プロのリングと会場、教会の結婚式、半名士としての祝勝会、それぞれが動感・小移動・位置関係・主観視界・(俯瞰め・縦め)全景・切返し・縦と垂直の視線の切結び・フィットへのサイズ寄りと位置ズレ、の多彩無定見め持ち駒でその場を存在させ・いきいき活かし呼吸させ、挑発・移ろい・迷い・やっかみ・対抗・嫌気・執着の視線と感情が立体的に複数同時交錯してゆく、しかも全体は映画としての見事な流れ・うねりの統一体を造っていってる。短いFOやDISや空気・照明感、小道具の感情を高める機能性、キャラの多様で有用性(『あしたのジョー』のちばが造った者ら的)、スマートな的確スピード・インパクトと遊び堂々巡り、のチョイス・処理が間違いない。
3本共、今では流れ滲み出してしまった、映画の姿・方向に、気づかせてくれる。
さっ

さっの感想・評価

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第一作からゲッスいヒッチ。植民地に現地妻を囲ってるただヤりたいだけの夫のカスぶりがすごい。沖合いの孤絶感。笑ったのはパツィを二度も助けるヒーローがただの同僚(→同僚じゃなくて医者らしい)だったのと、脚立を登るオヤジの手がおかみさんのド頭を押さえつけてたこと
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