霧の中のハリネズミ/霧につつまれたハリネズミの作品情報・感想・評価

霧の中のハリネズミ/霧につつまれたハリネズミ1975年製作の映画)

YOZHIK V TUMANE

上映日:2016年12月10日

製作国:

上映時間:10分

ジャンル:

4.1

あらすじ

夕暮れの野原をハリネズミのヨージックが急ぎ足で歩いている。友だちの子グマの家でお茶を飲みながら星を数えるために。いつしか周囲には夕霧が立ちのぼり、ヨージックはそこで様々な体験をする…

「霧の中のハリネズミ/霧につつまれたハリネズミ」に投稿された感想・評価

美しい。そ
アナログな作られ方だというのに、繊細な描き方。

ハリネズミの可愛らしさにいつまでも見ていたくなる。


デジタルにはない、行間の美しさと言えばいいのか…。

デジタルに移行した時に無くしてしまったものの魅力が詰まっていると感じました。
okp

okpの感想・評価

4.0
冷たくて澄んだ空気、ちょっと怖いけどワクワクする感じ、まさにアートピースって感じ。。
mi

miの感想・評価

-
ロシアのユーリノルシュテインの、アニメーション作品集のひとつ。
うーん、やっぱり独特。
全体的にじめっとした空気感で、冷たく無表情な。ハリネズミとクマは可愛いんだけど。

ちょと怖い。
エゾイチゴのジャムを抱え、子熊の家を訪ねるハリネズミ。
途中で出会った美しい馬。その馬は深い霧の中で溺れやしないだろうか。霧の中はいったい、どうなっているのか。好奇心のままに霧の中へ足を踏み入れるハリネズミ。
何処かから舞ってくる木の葉。コウモリの羽音。大樹とそして、川の流れ。
不思議な体験をしたハリネズミは、何を思い何を考えているのだろうか。


初めて観たけれど、幼い頃に戻ったような不思議な感覚に陥った。
可愛さと不気味さの中間にあるような造形の動物、幻想的な雰囲気。色と動きを持たせた詩のような作品だった。
たった10分、しかしその10分で違う世界を見たような、良い体験が出来た気がする。
【特集】ユーリーノルシュテインの世界。


五本目は『霧の中のハリネズミ』
子グマくんの家へ向かうために、ハリネズミくんは霧のなかの森を通り抜けなければいけない。

本作は霧につつまれた森という恐怖心が感じるような場所で、ハリネズミくんは様々な動物と出会う。
自然とは豊かであり、同時に理解が全て及ぶものではない。
ハリネズミくんは僕らの子ども時代の心を代弁してるみたいだ。

知らない世界を知ることは、好奇心が生まれると同時に恐怖心も生まれる。
新たな発見は楽しいものだけど、やっぱりどこか怖くもある。
でも無駄にはならない。

子ども向け作品でありながらも、大人にもハッとさせてくれる作品。
本作以降の作品は、それまでの作品たちと一線を画してる。それくらい習熟された深みがある。


霧のなかのように、現実世界で進んでいくべき方向を見失うこともあるだろう。
水の上で漂うように、流されてしまうこともあるだろう。
そこで出会う出来事に不安を感じることもあるだろう。
だが助けてくれる人や支えてくれる人がいる。
霧のなかで立ち止まってるだけじゃ何も変わらない。
進むことが自分を成長させ、星の輝きのように光を与えてくれる。
子グマくんと一緒にいたいなぁ。
ほっとする。
ハリネズミくんのロシア後のかわいさ。愛おしさ。

川を流れていくところも幻想的で忘れられないシーン。

視界の展開のハリボテ感すら愛おしい。
ageless505

ageless505の感想・評価

5.0
霧の中の見知らぬ世界に迷い込んでただ驚き顔のハリネズミ。
なんて美しい白馬だろう。木の葉はどこから落ちてくる?
そんな驚き顔でふらふら歩むハリネズミを、あちこちから現れては導いてくれる動物たちのなんと優しいことよ。
行く道は蛍が照らしてくれる。どこかに落としたキイチゴの包みをひろってくれる犬がいて、川に落ちても巨魚が背中に乗せてくれる。

物語の詩的で幻想的な世界観と、
水面の波紋や蛍が放つほの灯りなどのあまりのリアルさ。
<相反するものの融合>にただ魅了され驚くばかり。

ハリネズミの驚き顔は、この作品の観る私たちの顔そのものかも。
好き
ヨージックのびっくりしてるときのとぼけた顔とか動きとか
声もかわいい

後ろからついてくミミズクに襲われないかとヒヤヒヤした…
 昨年ノルシュテインの特集上映後のトークショーで、誰だったか忘れたけど「昔はノルシュテインの代表作は『話の話』だったけど、いつの間にか『霧の中のハリネズミ』になっていましたね。これも時代ですかね」とか言っていた。
 実際、この特集上映のチラシもBlu-rayのジャケットも同じ本作のスチールが使われているのでその通りなんだろう。俺自身、最初の2作や『話の話』はともかく、童話モチーフの3作『キツネとウサギ』『アオサギとツル』『霧の中のハリネズミ』のなかでいえば、これが一番好きである。のみならず、大半の人間はこの作品を最も気に入るだろうという謎の確信まである。
 
 やはりマルチプレーンカメラと切り絵の質感による画面の立体感が、その確信を抱かせるのに大きく寄与していると思う。つまり、この作品はストーリーではなく、キャラクターですらなくて、ある世界を体験させることにおいて突出しているのだ。反面、ストーリー性やキャラクターの性格や感情の明示性は前2作より弱い。
 その代わり、前2作において後退していた、イメージやその連鎖(モンタージュ)の強度が復活を遂げている。音響による喚起力もずっと深化している。さまざまな視覚的あるいは聴覚的な断片は、観る者の頭のなかで曖昧だが有機的に結合して、ひとつの世界を形作っていく。まさに映像詩という言葉がふさわしい。
 これらの特徴は、むしろ『25日、最初の日』『ケルジェネツの戦い』といった最初の作品に立ち戻ったものである。これら初期作がもつイメージの鮮烈さと、それらにはなく『キツネとウサギ』『アオサギとツル』にはある分かりやすさ・親しみやすさ。両者を兼ね備えているのが、この『霧の中のハリネズミ』といえるのではないか。
 
 とはいえイメージそれ自体の印象の鮮烈さ、というだけで初期2作と本作を同一視するのはさすがに雑すぎるので、自分が惹かれた本作ならではの特徴を考えてみよう。するとむしろ、逆の傾向もみてとれるのだ。それは「イメージの断片性」、言い換えると「モンタージュの弱さ」である。
 そのための舞台が、マルチプレーンでリアルに表現された「霧」である。霧は、世界を未分節の原初状態へと戻す。すぐ側のものしか知覚できなくなることで、目にとびこむ諸々のイメージは断片化される。例えばコウモリは「コウモリ」でなくなり、ある形や速さ、黒という色をもつ「何か」になってしまう。それはすぐれて現象学的な体験である。その証拠に、これらのイメージの多くがPOVショットで映されている。さらに、切り絵や音響のリアリズムは生々しくすらあり、時としてホラーに近づく。初期作の力強さが組合せから生まれたものであり、絵や動きといった素材の1つひとつは様式化・単純化されたものであるのとは対照的である。
 一般にモンタージュがイメージを組み合わせて意味を発生させる技法だとすれば、本作にイメージは意味以前の地平に現われる、といえるだろう。それはまるで悪夢のようだが、人を陶酔させる体験でもあるのではないか。かつては誰もが未分節のままの世界を知覚していたとすれば、そんな忘れ去られた体験、「懐かしい」という気持ちさえ及ばないくらい深いところに眠っている感覚を、本作は呼び覚ましてくれるのかもしれない。
 そしてハリネズミにとっては、霧の中でくぐり抜けた経験は、イニシエーションという意味合いをもつだろう。最後のナレーションは、彼が日常世界に還ってきたこと、しかしこの経験を完全に忘却しきることはないであろうこと(彼の内奥では確かに何かが変容したこと)を示すものだろう。
akane

akaneの感想・評価

5.0
本当に素晴らしい作品。霧の表現どうやってるんだろう。音楽も素敵です。
>|