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顔の過剰
『フェイシズ』において、顔は内面の真実を映す窓ではない。むしろ顔とは、笑い、挑発、軽口、沈黙が絶えず上書きされる演技の表面である。カサヴェテスはクローズアップを多用するが、それに…
誰とも違うドキュメンタリーっぽい撮り方、長回し、顔の撮り方とかはやっぱ非凡だとは思うけど毎回ストーリーの良さがイマイチわからないカサヴェテス、、見るのに3日かかった
それでも最後の階段のシーンとか…
それはまるで、深夜にいきなり電話がかかってきて、飲み会の3次会から呼ばれた時のような、酔っ払いたちの中に1人素面で投げ込まれたような、そんな苦笑いと疎外感が満ちている(でもそれは言っちゃいけない)の…
>>続きを読む笑ったり怒ったりが立ち代り続くけど全部空虚でその場にいる人達の感情の繋がりはずっと細いまま。そこに差し込まれる顔のクロースアップが逆にそれを強調していた感覚があった。
そういう何もなさに漸く慣れてき…
「フェイシズ」
他愛もない会話と特徴があるわけでもないキャラクター。構成と撮影の妙。ある程度、自分の腕に自信がないとこんな映画撮れないよな。タイトル通り「顔」は印象的だが、カサヴェテスの映画はどの…
自尊心の話だ
これが私と言いながら本当のことは1つも言わず、顔を埋めるその表情は我々だけが知っている
「違う」と言えば喋りすぎだという口で、一夜を過ごせば女性が全て正しいと返すクソ仕草、ライターを投…
(C)1968 JOHN CASSAVETES