紙の花の作品情報・感想・評価

「紙の花」に投稿された感想・評価

Ryosuke

Ryosukeの感想・評価

4.9
@アテネフランセ
この題材でこの結末の作品が遺作になってしまうグル・ダットにはもはや神秘性を感じる。しかも本作が興行的に失敗しているという...
あと「55年夫妻」でも思ったが上流階級に何か恨みでもあるのかな。
ミュージカルシーンはもしかしたら無くても成立するのかもしれないが、インド映画だと商業上の要請で無理らしい。まあそれが独自性に繋がってる部分もある。
会話パートでは映像の強度が下がったりもするのだが、良い部分が良過ぎる。
流麗なカメラワークの中でショットがバチバチきまっていく様が圧巻。
明暗の強いコントラスト、光と影の効果的な使用はモノクロ映画の醍醐味。
紫煙や風に揺らされるカーテンが印象的。動きにランダム性のあるものはやはり映画的な被写体である。
無人空間でカーテンが揺れる抒情的な画など、エドワード・ヤンは影響受けてそう。暗い撮影所に扉から強い光が差し込む描写も「ク―リンチェ」でもあったし。
しかし映画スタジオって本当に魅力的な舞台である。空間が広いうえにガチャガチャと入り組んでいて、照明器具もあるし、自然に上下の動きも使える。
ヒロインはやはり魅力的。数字の歌を歌うシーンは可愛らしくも哀しい。
ラスト間際、揺れるカーテンをバックにした魂の抜けた顔が本当に美しい。
冒頭の過去を回想するシーンを代表として、多重露光はここまで美しく使えるのかという驚きがある。強い照明の映像を被せることで劇的に見せる。ウイスキーのグラスがくるくる回るのも面白い。
主人公二人の体から魂が抜けだし、完全に白飛びしている強烈な光の下に歩み寄り結びつくシーンは鮮烈。
二人の最後の別れとなるシーンでは、追いかけるヒロインを人の群れが邪魔するのだが、人気女優と落ちぶれた監督という二人を隔てる立場の差が、障害として具体化される上手さがある。
ラストショットでは、あまりに悲劇的な結末と眩いまでの光が強烈な対比を作り出す。映画においては「天に昇っていく」ということはこうやって表現するんだな。
稲生

稲生の感想・評価

-
インド版市民ケーンとあって映像はそれなりだが(市民ケーンに影響されすぎてるとは思うが)流石に脚本がつまらぬ…(120分にまとめてくれても評価が変わるとは思えない…)
インド映画で「運命」という言葉が使われるときは、悲劇的展開が多い気がする

ヒロインは目が飛び出るほど美人
RyoS

RyoSの感想・評価

4.3
古典インド映画2本目だが(1本目は十四夜の月)、どちらもまず第一にストーリーがたまらなく好き。音楽や衣装、言語によるインド特有の雰囲気も後押ししているが、やっぱりストーリーと映像が素晴らしくなければここまで好きにはならない。表面的にはHollywood的映画なので、非常に観やすいが、深みのある作品で芸術的な演出もあり、最後にはしっかりと心を締め付けてくる。娯楽という面でも、芸術性という面でも一流の、名作である(だからインド映画というマイナーな分野にもかかわらず60年も後の世界に残っているのだろう)。
タイム誌の「永遠の名作100選」にも選ばれたインド初のシネスコの秀作。映画業界の栄枯盛衰とただ消費されていく実情に疲れ果てたと言わんばかりの年齢にそぐわない哀愁漂う遺作。

『アーティスト』がすごく影響を受けてるんだろうなと思わせる監督と女優の関係と高低差の使い方。

次観られるのはいつになるんだろうか。
Hero

Heroの感想・評価

4.7
名声を得れば蜜のように甘い世界、それを失えば毒のように苦い世界、虚言と贋物で飾り付けられた華のある映画界、いや栄華界。その儚さ故の美しさをたったの三文字『紙の花』というタイトルで表現してしまうセンス。新しいものに金の匂いを嗅ぎつけ群がる今で言う製作委員会、そこで搾取され続ける監督の才能、それを消費する観客の好奇心、徹底した商業至上主義に対する絶望と皮肉。或る者は階段を転げ落ち、また或る者は頂点まで駆け上がる。y=xとy=- xの点対称であり線対称シンメトリーな両者の交点は原点のみ、そこはゼロの焦点。誰もが知る名監督は家なき浮浪者に、誰も知らなかった名もなき薬売りは名だたる大女優へ。出逢いは見下ろす男と見上げる女、別れは見下ろす女と見上げる男、物言わぬ破壊的な2カットがこの映画の全てを物語る。グルダッドとワヒーダレフマンが成瀬巳喜男『乱れる』の高峰秀子と加山雄三の姿にダブる決して目を合わせない室内での再会シーン、ネロが天使に連れられ昇天するフランダースの犬の例のあのシーンが拝借しているとしか考えられない崇高なスタジオでのラストシーン、怒涛のラスト30分は覚えていてもしっかり号泣。そしてこの映画が完成したあと、監督グルダッドはまるで現実でこのプロットを再現するかのように自らの命にもピリオドを打つ。映画に生きて映画に死す、自決を決め込んだ上で撮ったかのような潔さがなんとも言えない哀しみをこの映画に宿していた。見たかララランド、これが正解だ。

今回で3度目の鑑賞だがこんな大傑作を映画館で観れるという幸せ、レアな上映と引き換えに人として大事なものを失っているような気がする毎回高い代償を払わされているような気がするアテネフランセで涙を流したのは初めてだった。
グル・ダットについて初めて言及するってのに遺作からってのは我ながらどうかと思うものの、タイミングが合ったのがこれだけだったからしょうがない。

はっきり言うと、映像の質感や演出としてはサタジット・レイやリトヴィク・ガタクの方が情感があって好き。(グル・ダットも決して悪くないとはいえ)

最初のシーン見たときは市民ケーンや8 1/2みたいに質の高くて優美な映像を織り合わせた傑作になるかと思いきや、ドラマ性重視で描写も成瀬やフランク・キャプラみたいな情報処理的なものも目立っていたので、途中気が抜けて眠りに就いてしまう箇所が多々あった。

でも映画スタジオのシーンの大半やミュージカルシーンの多くは光が有効活用された叙情的なものとなっていて、そこはインド製ミュージカルの元祖らしい出来栄えで満足のいくものだったが、それだけにドラマよりもっと映画の撮影描写に重点を置いていたら大傑作になっていたろうに勿体無い。

とはいえ、グル・ダット自身が演じた監督が犠牲になる映画界の過剰な商業主義の描写には、プロデューサーら守銭奴への文句のように思えるところもあって面白かったのだけど、グル・ダットが後年自殺するのはもしや主人公が抱いた絶望を同じように感じてしまったからなのだろうか。
mrhs

mrhsの感想・評価

5.0

このレビューはネタバレを含みます

映画内幕ものの大傑作。

小説だとメタフィクションというだけで身構えてしまうのに、しかしメタフィクションの一種に違いない映画内幕ものには、なんでこんなに感動的な作品が多いのだろう。

ヴェンダース、キアロスタミ、ゴダール、エドワード・ヤン(の『クーリンチェ〜』にもそういう部分がある)etc…。そしてそんな中でもこの作品はキェシロフスキ『アマチュア』と並んで別格か。

まさに全てが終わったことを告げるThe Endのテロップと同時に映画そのものが立ち上がっていくかのような(?)こんな凄まじい映画を俺はかつて観たことがあっただろうか。
紫色部

紫色部の感想・評価

4.5
2018.5.25 アテネ・フランセ文化センター

光が当たり影となるふたり。前半部人生ベスト。
映画詩人(映像詩人に非ず)の映画遺言(映像遺言に非ず) グル・ダット「紙の花」

この作品の存在を知ったのは25年ほど前。
知らしめてくれた蓮實重彦の映画評から観たくて観たくてしょうがないのに今日まで巡り逢うことないまま年月が流れましてついに鑑賞が解禁され観終えた今、何故かくもこのような年月が必要だったのかが分かる気がしました。
私自身の怠慢ゆえではございません。
こんな映画20代のガキの頃なんかに観ても100分のイチも咀嚼できません。
観るべき時期に向こうから近づいてくれたに他なりません。
初老に差しかかる今になって初めて味わえる「驚き」がいかにも自分だけに与えてくれた特権のような気がして隠匿と推薦の欲望が同時に体内に宿して心地よい困惑を味わっております。

という戯言でさえご都合主義の神様グル・ダット作品なら温かく受け止めて下さる気がいたします。
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