紙の花の作品情報・感想・評価

「紙の花」に投稿された感想・評価

I

Iの感想・評価

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オペラぽい古典的なストーリー。
映画の手触りというか質感みたいなのは好き。単純にフィルムが古いから焼けた感じになってるのかな?
初インド映画
T

Tの感想・評価

4.0
グル・ダットの遺作であり、インドの「映画」映画。ミュージカル演出が挟まれ、派手な踊りこそないものの、現代インド映画に通ずる確からしさがある作品だった。歌に乗せて、ベテラン映画監督と彼が見出した新鋭女優のロマンスを描く。
互いの特殊な家庭環境も手助けし、惹かれ合う2人を「人生の外側の人々」が邪魔をする。そんな現実と対比するような、光が差し込む二人きりの撮影所シーンが最高だった。光を放つカメラが大量にオーバーラップする変な演出がクセになる。。「紙の花」、タイトルの理由が最後に分かる。
悪くはないが一時間くらいは「Deewaar」にあげていいと思う。空の撮影所のエモさはエドワード・ヤンのおかげだね。
ちなみに、MUBIはレストアとか言ってるけど音割れてたぞ?
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

3.5
【誰もいない撮影所ってエモいよね】
今年はインド映画に力入れる!と言いながらも、最近はフィリピン映画に浮気中のブンブンです。そんなブンブンの弛んだ精神に喝を入れるかのごとく、動画配信サイトMUBIがレアもののインド映画を提供してくれた。その名も『紙の花』だ。日本ではプレミアがついており、なかなか手にする機会がない、インド映画史初期の巨匠グル・ダット。ボリウッドの娯楽映画の繁栄に一躍買った人物だ。日本でインド映画と言うと、サタジット・レイのアートアートした作品や、ラジニカーントの映画を思い浮かべるが、これらはボリウッド映画とは言い難い。本当のボリウッド映画はムンバイで製作されたヒンディー語の映画を示す(『ムトゥ 踊るマハラジャ』はコリウッド)のだ。なので、大昔のボリウッド映画を観たいとなったら、グル・ダットを尋ねよと言うわけだ。

っと言うことで、観てみました。

本作のオープニングが、やけにハリウッドクラシック映画の匂いを醸し出しており、「アレッ?観る映画を間違えたかな?」と不安になる。そして、大きな字で、《CINEMA SCOPE》という文字と《20th Century Fox》という文字が浮かび上がる。そう、これはアメリカの手が入ったインド映画だったのだ。そして、グル・ダット監督のハリウッド映画に対する愛に溢れた、そして自分の人生を走馬灯のように振り返る映画であった。

まず、この作品は老いた映画監督がトボトボと誰もいない撮影所に入るところから始まる。そして、「私は愛の世界を見てきた」「貪欲な世界にいた」と自分の人生を歌にして、虚無の撮影所から過去を覗き込もうとする。この一連のシーンが持つエモーショナルな塊が、観る者の心を鷲掴みにする。話としては、かつて名声を手にした男が、妻を失い、孤独を癒すように別の女に手を出してしまったが故にどんどん落ちぶれていくよくある話。正直、2時間10分もかけて描くには冗長すぎる気がする。監督の個人的な想いを吐露する自慰映画なので仕方がないのだが、中だるみが結構きつい。

それでもこの映画が面白いのは、往年の映画技術を自分のモノとして使いこなすグル・ダットの超絶技巧が素晴らしいところにある。冒頭のミュージカルパートはもちろんのこと、中央に差し込む光、二人の人物が多重露光によって分身していく様の美しさや、バズビー・バークレーの映画のように幾何学的動きをするコップと時計の重ねが織りなす場面等魅力的なシーンの連続に舌鼓を打ちます。

結局、グル・ダット入門としては、彼の過去作を観ていないと語りにくいところがある作品なのだが、ボリウッドミュージカルの原石を観ることができてよかったです。
Ryosuke

Ryosukeの感想・評価

4.9
@アテネフランセ
この題材でこの結末の作品が遺作になってしまうグル・ダットにはもはや神秘性を感じる。しかも本作が興行的に失敗しているという...
あと「55年夫妻」でも思ったが上流階級に何か恨みでもあるのかな。
ミュージカルシーンはもしかしたら無くても成立するのかもしれないが、インド映画だと商業上の要請で無理らしい。まあそれが独自性に繋がってる部分もある。
会話パートでは映像の強度が下がったりもするのだが、良い部分が良過ぎる。
流麗なカメラワークの中でショットがバチバチきまっていく様が圧巻。
明暗の強いコントラスト、光と影の効果的な使用はモノクロ映画の醍醐味。
紫煙や風に揺らされるカーテンが印象的。動きにランダム性のあるものはやはり映画的な被写体である。
無人空間でカーテンが揺れる抒情的な画など、エドワード・ヤンは影響受けてそう。暗い撮影所に扉から強い光が差し込む描写も「ク―リンチェ」でもあったし。
しかし映画スタジオって本当に魅力的な舞台である。空間が広いうえにガチャガチャと入り組んでいて、照明器具もあるし、自然に上下の動きも使える。
ヒロインはやはり魅力的。数字の歌を歌うシーンは可愛らしくも哀しい。
ラスト間際、揺れるカーテンをバックにした魂の抜けた顔が本当に美しい。
冒頭の過去を回想するシーンを代表として、多重露光はここまで美しく使えるのかという驚きがある。強い照明の映像を被せることで劇的に見せる。ウイスキーのグラスがくるくる回るのも面白い。
主人公二人の体から魂が抜けだし、完全に白飛びしている強烈な光の下に歩み寄り結びつくシーンは鮮烈。
二人の最後の別れとなるシーンでは、追いかけるヒロインを人の群れが邪魔するのだが、人気女優と落ちぶれた監督という二人を隔てる立場の差が、障害として具体化される上手さがある。
ラストショットでは、あまりに悲劇的な結末と眩いまでの光が強烈な対比を作り出す。映画においては「天に昇っていく」ということはこうやって表現するんだな。
インド版市民ケーンとあって映像はそれなりだが(市民ケーンに影響されすぎてるとは思うが)流石に脚本がつまらぬ…(120分にまとめてくれても評価が変わるとは思えない…)
インド映画で「運命」という言葉が使われるときは、悲劇的展開が多い気がする

ヒロインは目が飛び出るほど美人
RyoS

RyoSの感想・評価

4.3
古典インド映画2本目だが(1本目は十四夜の月)、どちらもまず第一にストーリーがたまらなく好き。音楽や衣装、言語によるインド特有の雰囲気も後押ししているが、やっぱりストーリーと映像が素晴らしくなければここまで好きにはならない。表面的にはHollywood的映画なので、非常に観やすいが、深みのある作品で芸術的な演出もあり、最後にはしっかりと心を締め付けてくる。娯楽という面でも、芸術性という面でも一流の、名作である(だからインド映画というマイナーな分野にもかかわらず60年も後の世界に残っているのだろう)。
タイム誌の「永遠の名作100選」にも選ばれたインド初のシネスコの秀作。映画業界の栄枯盛衰とただ消費されていく実情に疲れ果てたと言わんばかりの年齢にそぐわない哀愁漂う遺作。

『アーティスト』がすごく影響を受けてるんだろうなと思わせる監督と女優の関係と高低差の使い方。

次観られるのはいつになるんだろうか。
Hero

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4.7
名声を得れば蜜のように甘い世界、それを失えば毒のように苦い世界、虚言と贋物で飾り付けられた華のある映画界、いや栄華界。その儚さ故の美しさをたったの三文字『紙の花』というタイトルで表現してしまうセンス。新しいものに金の匂いを嗅ぎつけ群がる今で言う製作委員会、そこで搾取され続ける監督の才能、それを消費する観客の好奇心、徹底した商業至上主義に対する絶望と皮肉。或る者は階段を転げ落ち、また或る者は頂点まで駆け上がる。y=xとy=- xの点対称であり線対称シンメトリーな両者の交点は原点のみ、そこはゼロの焦点。誰もが知る名監督は家なき浮浪者に、誰も知らなかった名もなき薬売りは名だたる大女優へ。出逢いは見下ろす男と見上げる女、別れは見下ろす女と見上げる男、物言わぬ破壊的な2カットがこの映画の全てを物語る。グルダッドとワヒーダレフマンが成瀬巳喜男『乱れる』の高峰秀子と加山雄三の姿にダブる決して目を合わせない室内での再会シーン、ネロが天使に連れられ昇天するフランダースの犬の例のあのシーンが拝借しているとしか考えられない崇高なスタジオでのラストシーン、怒涛のラスト30分は覚えていてもしっかり号泣。そしてこの映画が完成したあと、監督グルダッドはまるで現実でこのプロットを再現するかのように自らの命にもピリオドを打つ。映画に生きて映画に死す、自決を決め込んだ上で撮ったかのような潔さがなんとも言えない哀しみをこの映画に宿していた。見たかララランド、これが正解だ。

今回で3度目の鑑賞だがこんな大傑作を映画館で観れるという幸せ、レアな上映と引き換えに人として大事なものを失っているような気がする毎回高い代償を払わされているような気がするアテネフランセで涙を流したのは初めてだった。
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