大地のうたの作品情報・感想・評価

「大地のうた」に投稿された感想・評価

No.309[歌わないインド映画の代名詞] 80点

毎回誰かが死ぬことで有名なサタジット・レイの代表作"オプー三部作"の第一篇。ネオレアリズモに影響を受けたインドのパラレル・シネマを代表する三作品で、それだけで全体の印象を決めかねないほど単発での影響力を持っている。斯く言う私も最近までグル・ダットとマニ・カウルくらいしか知らなかったので、カンヌ映画祭に感謝。幸いなことに、独自の発展を遂げているインド映画界には世界中にファンがいるので資料には事欠かないし(東欧映画は資料集めが大変!)、アマプラで突然配信開始してる場合もあるので、レイ以外の作家を知る可能性はそこらへんに満ち溢れているのだ(ちょっと羨ましい)。

遥か昔に本作品だけDVDで観たのだが、今回はバベルの図書館に置いてあったクライテリオン版を。幾度となく描かれる夜の場面では、田舎の貧乏家庭ということもあって電球などあるはずもなく、月明かりと蝋燭の光くらいなのだが、それによって導入された陰影がレストアによってより印象的になった。また、ボロ屋の至る所に開いた"隙間"の使い方が実に巧妙で、視覚的に覗き穴として使ったり、風や光の通り道として使ったりと多種多様で驚かされる。やっぱり前回と同様、すすき畑から機関車を追いかけるシーンが印象的だった。マニ・カウル『ある日のロティ』でも同じようなすすき畑を観たが、正直甲乙付けがたい。

それにしても雨に当たって死ぬとか人生ハードモードすぎて辛い。
millik

millikの感想・評価

3.8

このレビューはネタバレを含みます

大雨に降られて踊る姉の遠景ショット。それを観て笑う弟のクローズアップ。姉の死後、彼女が友だちから盗んだネックレスを偶然見つけて、池に投げ捨てる弟の複雑な無表情のクローズアップ。
ラヴィ・シャンカールのシタールは、まるでサタジット・レイ作品のサインのようだと実感。必要不可欠。
Mai

Maiの感想・評価

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大学の課題で見てて、インド映画か〜しかも白黒かよ〜って舐めて見てたら、普通に泣いてたしレポートもスラスラかけた
Nao

Naoの感想・評価

3.5
ベンガル地方で貧しく暮らす4人家族を描く。インドの巨匠監督の処女作にしてオプー三部作の一作目。水面の映像が美しい。特に後半の雨のシーンが印象的。踊らないインド映画。
mare

mareの感想・評価

4.5
サタジットレイの初監督作品にしてオプー三部作の一作目。インドの村で貧しい4人家族の生活を淡々と描くが、周りの幸福に暮らす村人との対比もあって、何とかやり繰りしている不安定さから辛く心に残る場面が多い。母はお金のことを考え家庭を支え父は出稼ぎで長く会えず、姉は他人の家から木の実や首飾りを盗んだりしてしまい近所からの評判も良くない。それから幾度も立ちはだかる多くの困難はレイの映像詩が極まるところであり叙情性溢れ、容赦ないリアリティでありながらも引き込まれるように観ていられる不思議な感覚に陥る。生きづらい環境の中でオプーは言葉数少なく駆け回り、お菓子屋を追いかけたり、劇を観に行ったり、姉とこそこそ汽車を見に行ったり子どもにとって数少ない希望とも思える純粋な娯楽の描写は胸に刺さる。素晴らしく感動する。
Momo

Momoの感想・評価

4.6
とてもよかった、、

何で今まで観てなかったんだとも思ったけれど、小さい時にこれを観てもわからなかったと思う
今のタイミングで見れてよかった

ビーズのネックレスの話の後、Durgaが叩き出された時の泣き声は、Durgaじゃなくお母さんの声なんだよな。あの感じ分かる。


This movie reminds me multiple movies, such as Tokyo Story, Grave of the fireflies, The spirit of Beehive, and Shoplifters. In those movies and Pather Panchali, not too much events happens like Hollywood movies do, but characters’s life goes on in the film. Directors take a moment and shoot shots to depict the realism, such as shots of environment, characters' close up faces, and use a lot of establish shots.
Notable shots which caught my eyes were Apu’s reaction shots, gazing what was happening in every scenes. When Durga was hit by mother after the suspicion of thief, when auntie passed away on the street, everytime he didn’t show his reaction or emotion as much as older sister Durga does, but gaze and observe the life as it is as a young brother. He is still young, and learning about world as it is. We, as a spectator, observe their realism through Apu’s eyes. The heart breaking scene was at the end of the movie, when Apu was glooming and taking care of himself all by himself, which reflects the scene when everything was taken care by sister Durga at the beginning of the film. That sequence emphasizes his lost of older sister, closest friend, role model, and closest pal towards the world.
This film also depicts female’s roles well. The story and characters reminded me the painting of Gustav Klimt, The Three Ages of Woman. Durga, Sarbajaya, and Auntie shows each roles of women by their ages. Durga is treated differently from Apu by parents when it comes to education and house works. Sarbajaya is worn out by poverty, houseworks, neighbors, and the care of children and auntie, waiting her optimistic husband. Auntie is exception, her case is more focused on her oldness, but still have couples of sad moments of being excluded and against as spin in the butt by tired and irritated Sarbajaya. But Sarbajaya is not evil person, which is obvious though her act toward children. This script neighbor told her before she leave the town described the reason well. “ Rotten away in one place year after year does no one any good. It makes people petty and mean. That’s what it’s done to me.” As a neo-realism film, this kind of crush and uneasy feeling was brought towards characters. Like The bicycle thief, the structure of society or something beyond their effort harsh them.
ロミオ

ロミオの感想・評価

4.5
初見につき語れるほど咀嚼出来ていないが傑作である事は間違いない。
シタールの音色と共にゆったりとした時の流れを感じる。
ルノワールの河などでも悠久的で豊かな時間の流れを感じたが、本作も大変素晴らしかった。
貧困に苦しむ家族にフォーカスしているものの、不思議と苦痛を感じるような場面は少なく全体としてかなり瑞々しいというか、生き生きとした印象を受けた。
話自体は悲痛な部分もあるのだが。
近々、大河と大樹も鑑賞したい。
いやーしかし淀川さんの解説を拝聴して更にスコア上がったね。素晴らしいね。
ペイン

ペインの感想・評価

4.0
『ミッドサマー』のアリ・アスター監督が選ぶオールタイムベスト作品の1つ。

『自転車泥棒』のリアリズム、溝口健二作品のような叙情性と艶っぽいモノクロームの映像美が同居したかのような作品。

人が生まれて生きて老いて死ぬ、生命の循環を淡々と綴る詩(うた)。


美しい大自然の中で主人公のオプーとその姉が追いかけっこする場面、黒煙を吐く汽車を見つけたその2人が走って駆け寄る場面はあまりに幻想的で美しく忘れ難い。

インド映画とはいえ、歌ったり踊ったりなどは一切ない、たいへんに静的な作品なので他人にオススメしやすい作品ではないが、刺さる人には刺さる、忘れ難い作品となるはず。個人的にはエドワード・ヤンの作品が好きな人などに勧めたい。


流石は黒澤明をして「サタジット・レイの映画を見た事がないとは、この世で太陽や月を見た事がないに等しい」と言わしめただけのことはある。
実家に帰って鑑賞。
母と話しながら観てたので、自宅に戻ってからもう一回ゆっくり堪能しようと思います。
大作というか名作すぎてどんなレビューもかすんでしまうので軽く感想を述べるにとどめます。

留守がちの父、家を守る母、居候の年寄りの叔母、姉ドゥルガと弟オプーと村の人々の物語。お母さんは貧乏の苦悩がにじみ出ていて、辛さが伝わってくる。
姉は地主の果物をかっぱらってきて、家に居候している迫力あるお婆さんにあげるのが日課。盗みかもしれないけど、心は温かい…。オプーは郵便を持ってくるのも元気いっぱい!!暗い毎日の中の一筋の光のように見える。

三部作のうちの一作目なので、7月末までには残りの二部作も観ます…!
DVDはとりあえず3枚持って帰ることに。
Jeffrey

Jeffreyの感想・評価

5.0
「大地のうた」

〜最初に一言、虚構の一人物の誕生の約30年にわたる感動の半生ドラマ史上最も成功した3部作と言っても過言では無いインド映画の最高傑作、そしてレイの処女作にして屈指の名作だ〜

冒頭、1920年頃のインド・ベンガル地方にある小さな村。荒れ果て一軒家、4人暮らし、僧侶兼学者、果樹園、雨、給料、老婆、蛇、姉の死、故郷を去る。今、生きとし生きるものの生命が映される…本作はカンヌ映画祭で特別賞(人間的記録映画賞)を受賞したサタジット・レイの処女作にして、日本では最も有名な1本で、インドの寒村を舞台にした人間ドラマ。 原作はビフティブシャーン・バナールジの自伝的小説で脚色は監督レイが担当し、撮影はスブラタ・ミットラ、音楽はラヴィ・シャンカールと言った優れた面々が目立つ。出演はインド映画界を代表するカヌ・バナールジ、コルナ・バナールジで、2人の芝居が素晴らしい。

まず、この作品は1955年にインド年間最優秀作品賞を受賞してからカンヌ、マニラ映画祭、サンフランシスコ、ベルリン、エジンバラ映画祭など様々な映画祭で賞を受賞している。日本ではキネマ旬報外国映画ベストテン第1位まで獲得してしまう。淀川さんが黒澤明の「羅生門」とともにアジア映画を世界に認識させたインド民族の魂の人間詩と大絶賛していたことが記憶に蘇る1本だ。

そもそも監督自体が無名だったにもかかわらず、デビュー作でいきなり片田舎に住む一家に3年間カメラを据えて撮ったこの世界で最も有名と言っていい三部作を作り出したのには拍手喝采だろう。それにラヴィ・シャンカールが奏でる痛切なシタールの調べはたまらない。

さて、物語はインドのベンガル地方に暮らす貧困に苦しむある家族。父親が出稼ぎに出ている間に彼の娘が死んでしまう。一家は、住み慣れた村を離れ、都会へ出ることを決意する……。


本作は冒頭に、サリーを頭に巻いている女性のファースト・ショットで始まる。彼女は実を盗んだ少女に対し声をかける。続いて、少女が林の中を逃げる描写に変わる。少女はゆっくりとしゃがんでこちらに来ている1人の女性の姿を見る。彼女は立ち上がり小道をスキップしながら進んでいく。彼女はおばさんがいる家に到着する。籠の中に盗んだ木の実をしまい、水を注ぎに行く。そして彼女は大きな壺の中から子猫2匹を取り出す。カットは変わり、果樹園の描写へ。先程の女性が柵で囲まないと実をとられてしまうと嘆いている。

続いて、ご飯を手で食べる老婆の姿、それを見つめる少女の姿。その少女の母親がやってくる。そして果樹園の地主から木の実を盗んだのねと彼女を叱る。そして返しておいでと言う。少女はその木の実を持ってその場から立ち去る。カメラは先程の老婆をとらえる。フレーム内には2匹の子猫も写っている。母親は老婆に対して、娘が盗んでいる果物をあなたが食べているんでしょうと怒る。老婆は聞く耳を持たずその場を去っていく。

続いて、老婆はその敷地内から外に出る。そして少女がおばあちゃんといい、彼女は敷地内の掃除をする。カメラは夜に眠る少女のショットを捉えて、外を懐中電灯で照らす男性を捉える。翌朝、少女は老婆と一緒にラジュの所へ行く。そして帰宅する。生まれたばかりの子供を見て老婆は目に涙をする。そしてカゴに入れた赤子をあやす老婆、料理をする母親、遊ぶ少女、息子が生まれたのだからお祝いしないとと言う旦那が登場する。

妻は歓楽主義な夫にうんざりしていて、給料は?と言うが話をそらされる。夫は借金を返して家を立て直そうと提案する。そして時は過ぎて生まれたての息子が成長し、オプーと名付けられる。母親は寝ている息子に学校に遅刻するから彼を起こしてと成長した娘(お姉ちゃん)に言う。彼女は寝ている弟を起こす。

オプーは指に薬を塗って歯磨きをし、姉貴に髪をとかされ学校へ行く。カットが変わり、授業風景、母が娘に料理を覚えなさいと言う描写、赤唐辛子を棚から盗もうとする老婆、息子がお腹すいたと言う。微妙な雰囲気だが家族の団欒が映される。そして安い給料を3カ月間ももらってない旦那に対して給料はまだもらえないのかと言う母親が、娘が熱を出して苦しんでいるのにと嘆く。カメラは娘がこっそりと食べ物を食べているのを弟にも食べさせ内緒にしようと言う。

そうするとベルが鳴りお菓子屋さんが来て、姉さんが弟にお金を父親からもらってきてと言う。オプーは言ったがお菓子代はダメよと言われる。2人はお菓子屋さんを追っていく。ついでに後を犬が追いかけてくる。そして到着したのは町の学校で、そこの子供たちが喜びながら騒ぎ始める。そして、ドゥルガ(お姉さん)が女友達に遊ぼうと誘われる。

続いて、荒涼とした地を牛を引っ張る姉と弟の画。夜に外で執筆する父親の姿、隣で息子も真似て書き物をする。母親に呼ばれた娘は髪をきちんとしなさいとビンタされ、髪を母親にとかしてもらう。彼女は四つ編みにできると注文するが、お黙りと言われ少しばかり会話が進む。そして老婆が針に糸をさす描写、息子のオプーが汽車の音に反応し、路線はどこ?近いかなぁと姉に伝え見に行こうと言う。


続いて、カメラはゆっくりと4人家族を後退しつつ捉える。翌朝、犬のショットで始まる。オプーが母親にご飯を食べさせてもらう。そして学校はどうお?お前は体が小さいから虐められたりしてないかと心配する。息子はご飯を途中で食べるのをやめてしまい、母親はちゃんと食べなさいと言うが毎日芋料理ばっかで飽きてしまうかと自分で納得してしまう。

そこに生徒の母親が乱入してくる。どうやらご立腹のご様子。お宅の娘がうちの娘の首飾りを盗んだと言ってきたのだ。そこへドゥルガが帰宅する。母親は首飾りを盗んだのと娘に聞くが、首を横に振り相手側の母親が彼女の肩を持ちしらばっくれるなぁと言う。そこにあの老婆もやってくる。そしてその場の修羅場は収まる。

続いて、怒った母親がついに娘に対して〇〇する(この場面はかなり緊迫感のある音楽が流されて息子のカット割が多く挟まれ、老婆の驚く表情も捉えられ、ものすごく緊迫感に満ちた場面になる)。そしてここから先は物語の佳境になっていくため、ネタバレにならないよう詳しく話すのはここまでにする。


いゃ〜久々に鑑賞したけど大傑作にもほどがある。今のインド映画は大抵娯楽中心のベンガル語映画が山のようにあるが、当時のインド映画にはゆっくりとしたリズムがあり、その土地の風習に応じたカメラの捉え方がフレームの中から伝わる。そんな大自然の美しさがデッサンされている映画がレイの作品なのである。

当時見た時もかなりインパクトに残っていたのが親戚の老婆役の女優だ。彼女だけずば抜けて芝居が素晴らしくて後に調べたらガンで闘病中だった舞台の名女優だったらしい。この作品の撮影終了後に亡くなられているみたいだけど、このミイラのような老婆がものすごい印象を与える(褒め言葉)。

それにこの貧しい一家4人は素人の人たちが芝居をしているため、逆に凄いリアリティが増している。このボロ家も本物だと思うし、本当にワンカット・ワンカット印象深い映画で好きだ。今思えばこの作品は日本では1966年に公開され配給会社が僕の好きな日本アート・シアター・ギルドだっていうことも忘れないで欲しい。


あの母親が娘に対して乱暴に扱うシークエンスは凄く胸が痛くなる。それでも母親の心境はすごく痛いほど観客はきっとわかると思う。なぜなら一家を支えているのが父親ではなく母親だからだ。大黒柱=男ではなくこのインドの家族の中では母親になっているのだ。無論お金を稼いでいるのは父親だが、そもそも給料もらっていないため稼いでるとは言えない。そういった中でやりくりをしなくてはいけない彼女の心境は痛いほどわかる。

それと、小さい頃から老婆と娘のドゥルガには熱い絆があり、娘が咳き込んでいるところを見つけてはどうしたとすぐに駆けつけるし、多忙な母親が見れないところまで老婆はきちんと見てくれているところにも感動する。運命共同体なのだこの家族は。そしてあの家にいいづらいと言うことで杖をついてやっとの思いでたどり着いたラジュの家に泊まらせてくれと言う老婆の場面も印象に残る。

それと太鼓の音が鳴り響く中、多くの子供たちが群始める姿も圧倒的だ。そこから演劇を見に行く姉弟の姿にはなんだか感動すら覚える。この映画で唯一の娯楽が映された貴重なシーンである。それに弟がお姉ちゃんの大事な銀紙を勝手に使って王冠を作って追いかけられるシーンは可愛らしいが、お姉ちゃんが本気で悪ガキと怒っているのを見るとなんだか切なくも感じる…というのもその後に美しい大自然の中で2人が追いかけっこする場面がものすごく余韻が残る。後、お菓子屋さんを追いかけていくシーンで池に反射する3人の描写と木々が反射するシーンは魅力的だ。

そして静寂の中、姉弟が麦畑のような場所を歩く幻想的なシークエンスはすごく好きだ。風の音を強調させるところが素敵。そして黒い煙を吐く汽車を見つけた2人が走って駆け寄る場面はこの映画の中でも最も印象に残るシーンの1つだろう。それに黒澤明の「羅生門」に出てくる竹やぶのようなロケ地も凄くアジアを代表する画作りだなと思う。麦畑のような場所は新藤兼人監督の「鬼婆」のロケ地のようだ。

それにしたって5カ月間音信普通にして、最初に1通だけの手紙をよこした夫に対して心配しながら号泣する妻の場面とかもすごく苦しくなる。それに蓮の花や雷の重低音が鳴り響く場面も凄い。し、土砂降りの雨の中を走り回るオプーや髪を洗い流すドゥルガのショット等も魅力的だ。

そして姉さんの死によって彼女の仕事を弟がやり始めて彼女に教わったものを弟が実行していく場面と父親が出稼ぎから帰ってきて、あまりに無残な自宅を見て呆然とする場面も圧倒される。そして娘にプレゼントを買ってきたといい、母親に渡して母親がそれを見て泣き崩れる場面、真実を知った父親の叫びがたまらない…。

そしてラスト、あの瓦礫の中からにょろにょろと現れる蛇や姉の遺品の中から現れる蜘蛛、果たして何を意味するのか非常に意味深な終わり方である。東洋的趣向に収まったまさにインド映画史上最高傑作と言うしかない名作だ。

やはり親戚の老婆が家に転がり込んできてますます状況が苦しくなって、毛嫌いする母親の姿を見つつ、果樹園も借金のカタにとられてしまって、娘が優しさを老婆に見せる場面などは本当に感動的だ。結局、死に近い老婆は自分の家で極楽へ行きたいと言うのだが、母親は拒否してしまって結局は林の中で天に召される。それを姉弟が見つけるシーンも何とも言えない気持ちになる。

これほどまでに雨を憎んだ映画はないだろう。雨が優しい姉を殺してしまった。そして一家は売り食いで生活するも虚しく終わってしまう…。あぁ、何ともキツい映画なんだ。故郷を捨てる現実、住み慣れた土地を離れなくてはいけなくなる想い、本当に衝撃を受ける映画だ。

余談だが、この作品はインド映画には変わりがないが、どちらかと言うと西ベンガル州政府製作映画といってもいいのかもしれない。ところで、3部作の映画だとフランス映画で"マルセイユ3部作"と言うのが有名だ。「ファニー」「マリウス」「セザール」があるのだが、やはりこちらの作品の方が30年にわたる半生を描いた人生ドラマである分、やはり雄大な作品だなと感じる。

それにこれは有名な話だが、よくレイはインド映画の黒澤明もしくはイングマール・ベルイマンと言われ世界的に評価を得てきた。そしてフランス映画の巨匠とも言われているジャン・ルノワール監督が1949年に自らの作品「河」の製作のためにカルカッタを訪れたことを知った監督がホテルに尋ね面会し、インド人としての立場から参考意見を述べたり、ロケ地を案内したり情報提供して彼の仕事に携わったと言う話は周知の通りだろう。

それにこの「大地の歌」の制作秘話はまだまだ続く。プロデューサーが中々見つからず、制作費にかなり困った彼が生命保険を担保にお金を借り出し、この作品に重要不可欠な素人の人たちを探してオールロケを撮影していたのだが、まだ監督自体が会社に勤めていたので土曜日と日曜日だけに撮影は限られていたそうだ。さらに母親と妻の宝石を売ってお金を工面して3分の1にあたる40分ばかりを撮影して残りを出費者に見せたが、それでもまだ製作を引き受けてくれなかったので1年間撮影を中断したそうだ。何たる苦労…だ。




あっぱれ!
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