ノクターナル・アニマルズのネタバレレビュー・内容・結末

ノクターナル・アニマルズ2016年製作の映画)

Nocturnal Animals

上映日:2017年11月03日

製作国:

上映時間:116分

3.8

あらすじ

「ノクターナル・アニマルズ」に投稿されたネタバレ・内容・結末

スーザン(エイミー・アダムス)はアートギャラリーを営むキャリアウーマン。夫もまた富豪であるが、彼の浮気症に悩むスーザンは愛に満たされず眠れない日々を送っていた。
ある日、スーザンの元夫であるエドワード(ジェイク・ギレンホール)から『夜の獣たち』というタイトルの小説が届く。"夜の獣"とは、若い頃から不眠がちだったスーザンがかつて呼ばれていたあだ名だった。
スーザンの現在と、エドワードと過ごしていた頃の回想、そして『夜の獣たち』の内容という三種の映像が入れ替わりながら物語が進んでゆく。

昨年DVDで観た映画の中で最も衝撃的でした。映像や物語そのものも強烈なのですが、これほどまでに解釈の仕方が多様だと思える映画は今までに観たことがありませんでした。
観る人によって意見が分かれる要因は、この物語にとって最重要のテーマが作中ではっきりと描かれていないからだと思います。そのテーマとは、エドワードがスーザンに小説を贈った意図は『復讐なのか愛なのか』ということ。そのどちらとして捉えるかによって、エドワードが書いた小説に登場する人物たちの役回りが全く異なるものになってしまいます。

解説サイトを色々と巡ってしまったあとなので、これは100%私自身の解釈であるとは言えないのですが、私はこの作品を下記のように結論付けました。
まずエドワードが書いた小説『夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)』は、複数形の単語であることから、【この小説の登場人物すべてが夜の獣(=スーザン)の要素を持っている】のではないかと思います。
小説の主人公・トニーはエドワードと同じジェイクギレンホールが演じており、基本的にはエドワードの自己投影という位置付けであると考えられます。しかしエドワードの要素を持った代役者であるのと同時に、妻と娘を守れなかったという意味では、子どもを堕胎しエドワードを手放したスーザンとも境遇が似通っていると言えます。
トニーの妻ローラも、トニーと同じく娘を守れませんでした。トニーとローラの娘のインディアは、道中で出会う犯人グループを汚い言葉で罵ってしまいます。
この【言葉で相手を傷つける】ということは、かつてスーザンがエドワードに行ったことでもあります。
挙句の果てに、犯人グループにレイプされ殺害されてしまうローラとインディア。
これはエドワードがかつてスーザンに裏切られ失望した果ての、【エドワードの中にあった女性性のイメージの死】を意味しているのではないかと思いました。
犯人グループの筆頭であるレイは、インディアからの罵倒に腹を立て凶行に走りました。能力重視のスーザンが持つ絶対主義やコンプレックスの裏返しのように見えます。
そしてトニーと共に犯人探しに尽力してくれるボビー警部補は、「自分の命が尽きる前にこの事件だけは解決したい」と言う信念を語っています。この姿は、スーザンがTVに流れる性的な映像を見て動揺するなど、【女としてのタイムリミット】(=もう一度男性からの愛に満たされたい、人生をやり直したい)を意識した心情にも通じていると思いました。

ただ、現実の世界でエドワードがスーザンの前に現れなかった理由については想像が追いつかなかったので、トム・フォード監督による解説を読んでしまいました。

トム・フォードの解説は思っていたよりシンプルな語り口で、なおかつこの映画に漂う薄暗さすらもなく、人間を深く見つめる優しさに溢れたものでした。
その解説の一部に「スーザンが芸術作品の前を横切ったなら、彼女が小説を読みながら想像する世界の中にもその芸術作品の要素が出てくる。なぜなら人間とは記憶をするものだから」といった言葉がありました。

それを踏まえて考えると、スーザンはエドワードの書いた小説を読む際、必ず自分の過去やエドワードと過ごした日々を思い出すはずです。
エドワードはそれ自体が狙いだったのではないかと。自分の創作物の中に、彼女自身を彼女の空想によって刻み付けて欲しかったのではないかと思います。
小説も芸術作品と同じで、曖昧で不安定なもの。エドワード自身がスーザンの前に現れるよりも、答えのない幻想として彼女の中に残り続けること。そして彼女の内面によって、エドワードと過ごした日々の価値や、小説の意味の補完をしてもらうことが、エドワードにとって最重要の望みだったのではないかと考えました。
スーザンに彼女自身の罪を忘れさせないという意味では復讐であり、自分のことを忘れて欲しくないと願う心は愛なのではないか。

とは言ったものの、トム・フォード監督の解説や解説サイトの方々の解釈が素晴らしすぎて、まだまだ勉強中の身です。
この映画は人生経験によっても解釈が変わると思うので、もう少し年齢を重ねたら再挑戦してみたいと思います。
空間のデザインが綺麗だったし整い過ぎた現在と過去と繊細な彼からは想像も付かない激しい作品の世界観の対比も映像の雰囲気で取れてて良い
見終わった後、意味がわからなくて、最後を見直すと、小説の主人公とスーザンの息づかいがシンクロしてて、小説の主人公がスーザンということがやっとわかりました。
ジェイクギレンホールすき
一度愛すると決めたなら簡単に手放してはいけない、というワンメッセージだけ受け取った。というかそうであったらいいなと思った、自分が結婚するということに対して漠然と感じていたことだったから。

エドワードが言った「誰かを愛したなら努力すべきだ 失うと二度と戻らない」という台詞が全てで、小説もあのラストも含めそういうメッセージの映画だったのでは、と解釈したい。

彼は、スーザンを小説内のトニーとして書いたんじゃないかと思った。トニーは、抗いがたいことではあったけど、妻と娘を手放してしまって、それにより一生後悔する出来事が起こってしまう。

けれどもスーザンはそう読まず、明らかに「夜の獣」なレイでもなく、自己を“悲劇的に奪われた者”の方に投影してしまう。自分から手放したのに。

物語に過去の回想重ねられていくにつれ、よく待ち合わせなんぞできたなあと思う、だからあのラストになったんだろうけど。
でも「その解釈は違う」ともう一度スーザンに考えさせるのは復讐にしては優しいなと思ったり。

などと観終わったあとにあれやこれやと考える時間がたのしかった。シングルマンも観たい。
あの不気味で物悲しいオープニング、わたしは好きだった。
君に突き放されて、家族を奪われた僕の気持ちを君にも味わせたい…

もう僕は戻ってこないということを知れ。


小説に込められた意味をこんな風に感じました。

凄く作り込まれた作品で、音楽と演技も素晴らしく、本当に面白かった‼︎

なんだろ…こんなこと書くの恥ずかしいけど、自分から振って別れた元カノのことを思い出した。
最後のシーンは彼女にとって屈辱的だろうけど当たり前の結果、人生そんなうまくいかない
観終わった直後は完全なる復讐劇だと思っていたけれど、
①19年も経っていて今更復讐?小説の中ではスーザンもエドワードも死ぬ。過去は清算されて、唯一生き残った自由の象徴、ボビーを通して互いの未来を讃え合うというメッセージが込められた『愛の物語』なのでは(待ち合わせに来なかったのは復讐と捉えても別にいいよ、お前に任すよ、という)
②今の夫も、女のスタッフもスーザンにエドワードという夫がいたことを覚えていない/知らない。また過度のストレスか寝不足のせいか「REVENGE」という作品を買った記憶が無い。果たして「ノクターナルアニマルズ」という作品を書いたのは本当にエドワードなのか。エドワードへの負い目から神経衰弱に陥った彼女が、自分でそれを書き上げ、勝手に追い詰められていったのではないか
という二つの考察が思い浮かんだ
ぐいぐい引き込まれて、こういうのがみたかった!!て感じ。
ジェイク・ギレンホール観たさで鑑賞

昔捨てた恋人で、売れない小説家だったエドワードが、主人公のもとへ残虐な内容の小説を送りつけてきた。彼が小説を送ってきた意図とは…?というのがメインの謎なのだけれど、まずその小説が面白くて恐ろしくて引き込まれるのと、いくつもの仕掛け(ミスリード)があることにより主人公と同じ思考回路に陥っていってしまう。ノクターナルアニマルとはいったい誰のことだろう?終わってからしばらく考えて、自分が主人公と全く同じことを考え、ある種のミスリードにはまってしまっていたことに気づいた。

三人の犯罪者は主人公を取り巻く親やしがらみであり、トニーは主人公自身。彼女は言われるがまま、流されるがままで夢や恋人も捨て、なんとなく不安になりながらも自分を納得させて生きている。人生の選択を周りの勢いや流れに身を任せてしまったことへ、エドワードが小説を通して伝えてきても、その意図も全く読み取ることができなかった。そのことがエドワードにはわかってしまったから、最後現れなかったんだと思う。

映像は非常にスタイリッシュで、ストーリーも主人公の思考をたどるところより一段上の高さからの視点で客観的にみないとわからない作りになっていて非常に面白かったし感心した。監督ほんとに多才で頭のいい人なんだなぁと感動してしまった。そして小説そのものも引き込まれる展開だし、とりあえず面白くないなと思う瞬間が全くなくて、しかも映像も非常にきれいで、美術館みたい。フルコースの全品好みどストライクで美味しかったときみたいな気持ち。
観てよかった!人にも勧めたい。
小説家ならではの復讐劇。
どちらもかなしい。
リアリストといいながらも、本当に弱いのはきっと彼女自身だし、夢を追い続ける夫と夢を諦めた自分を受け入れられないんだろう。
小説と現実が異なるようで、小説の中に彼の想いが全てつまってるし怒れる愛の真実。
最後に傷付くのは彼女だけど、お互いにふさがらないような終わりのない悲しみが残る。
2018/12/24
別れた元夫から送られてくる
一冊の本から始まる。

上手くいってない私生活と
上手くいっている仕事。

別れた夫には才能がないと
離れていったのに、
(しかも別れ方が最悪)
送られてきた本から才能を感じると
そこに関係を修復したいという
欲が出てくる。

本の内容はとても暴力的。
誰かに置き換えられて作られているのか、
殺された娘は、中絶した子供だったのか。
じゃぁ、主人公の立ち位置は?

結局は元夫が諦めきれない復讐心とか
それでも愛おしいと思う過去や現在の
主人公の全てから断ち切るために
本を書いて、送りつけて、
待ち合わせ場所に来なかったのだと思う。
>|