
ベルナデット・ラフォン扮するマリーの表情だけで見せる強い怒り。成り上がり豪華になって(?)ゆくお家の内装やお母さんと黒ヤギくんのお墓のお飾りのアウトサイダーな美的センスが我が道を行っていてマリー最高…
>>続きを読むマリーはあまりに危うすぎる。おそらくあまりものをわかっていない。マリーが物を得る過程は知識を得ていく過程であって、そうすることでマリー自身が搾取する側へと成り上がるわけだが、しかし彼女は、私たちが想…
>>続きを読むこんなに、最後がどうなるかによって私の今のモチベーションが変わるからお願いって思った映画はなかった。始めは他人だと思っていたマリーが、途中から私たちにしか見えなくて、彼女の選択の過程を観ていくことが…
>>続きを読む村から蔑まれ、消費されてきた若い女が、その価値観そのものを逆手に取って反撃に出る物語。主人公マリーは被害者として救済される存在ではなく、冷静に欲望と偽善を見抜き、それを取引に変えていく。その振る舞い…
>>続きを読むこれは、民話の女の力強さだ。
ジプシーは魔女扱いされる。厳しい迫害の中で二本の脚で立ってすたすたと歩く。ひとりぼっちになってもとにかくまずやることをやる。堂々として、自分の存在全ての責任を負って行動…
搾取され続けた女性の痛快な仕返し劇これも最近の流れだと「村映画」というジャンルになるのかな。「個人vs組織」という構図自体大好き。
ジプシーという出身から奴隷のようにこき使われ、男女問わず慰み者に…
強烈。説明させない、立ち止まらずに次へ次へとカットで進ませる展開がマリーのキャラクターを投影しているかのように爽快で力強い。それでも途中で出てくる映画をバーで上映をしてるおじさんにはマリーが人間とし…
>>続きを読む村の男あれこれ以前にこの村の排外体質がえぐい。マリー親子はロマなので家(まるで馬小屋)は村の外れだ。ただの村外れではない。家に通じる道さえなく藪漕ぎしないと着けないのだ。当時のリアルな差別を描いてる…
>>続きを読む©1969 Cythère films – Paris