『それは、遠くの国々同士の揉め事だ』
本作は、「教皇選挙」の原作を書いたロバート・ハリスが、『教皇選挙:Conclave』の次に書いた歴史サスペンス小説、『Munich』を原作とした、2022年のNETFLIX映画です。
時代は、今まさに第二次大戦が始まろうかという、1930年代のヨーロッパ。
領土拡大を目指すヒトラーに対し、英仏が外交交渉によってそれを食い止めようとした歴史的会合、1938年のミュンヘン会議を背景に、戦争を阻止しようと奔走する英国官僚とドイツ外交官の姿を描いています。
主演はジョージ・マッケイ。
ジョージ・マッケイは全編ワンカット長回しで話題になった映画 「1917 命をかけた伝令」でひたすら走っていた青年で、今も面影があり、本作も同じ戦争を背景にした映画なので、とても趣深かったです。
本作は、実際の出来事をベースとしたフィクション映画、という位置づけながら、二人の外交官はそれぞれ実在のモデルがおり、英外交官(ジョージ・マッケイ)のモデル、ヒュー・レガットが残した日記はロバート・ハリスも参考にしていることから、ある意味、史実に近いのかもしれません。
(ちなみに、ドイツ側外交官のモデルと言われているパウル・フォン・ハルトマンは、その後のヒトラー暗殺計画(トム・クルーズ主演で映画化もされた)にも関与し、処刑)
そんな本作ですが、見終わってみると、ウクライナ戦争に通じる部分もあり、なぜ2022年に映画化されたのかということを考えさせられる、深い内容でした。
また、首相同士の交渉や、大学時代を共に過ごしたものの、生まれた国の違いで敵味方になった仲間たちが、今まさに戦争が起きそうというタイミングで再び巡り合うというドラマチックな展開は、まさにロバート・ハリスの真骨頂であり、ヒリヒリした言葉のやり取りには「教皇選挙」に通じるような重厚さもありました。
ということで、おすすめ出来る作品なのですが、本作を深く楽しむには、若干歴史的背景を押さえておいたほうが良さそうなので、以下に少しメモを残しておきます。
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以下、この映画を見るのに役立つかもしれない、ざっくりした歴史の流れです。
(映画で描かれているのは、1938年のミュンヘン会議に至る部分)
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■ ドイツの背景
・1918年まで続いた第一次大戦に敗れたドイツは多額の借金を抱え、国内の不安定さから、1933年の選挙によってヒトラーが首相になる
・ヒトラーは国民の不満を巧みに操作し、戦力も再び増強し、領土の拡張を目指すようになる
■ イギリスの背景
・第一次大戦に勝利したものの、多数の死傷者を出したことで国内は疲弊。その後、1929年の世界恐慌を経て、イギリス国内はまず経済の再建を目指す
・そんな経済優先の政権運営の中、1937年にチェンバレン首相が就任。国内対応を優先するため、外交政策は、宥和政策を基本とする
・ちなみに、この時期のチャーチル首相(チェンバレンの次の首相)は、徹底的に干されており、自宅に籠もって執筆活動をしていた時期
■ 1937~1938年
・ヒトラーは、隣国チェコのズデーデン地方への軍事介入を示唆
・名目は、『ズデーデン地方に住むドイツ系住民が、チェコ政府から弾圧を受けており、それを守るために介入する正当な権利がある。』というもの ★
・英首相チェンバレンは、思いとどまらせるためにヒトラーと交渉。英仏連合で、ドイツ・ミュンヘンにて、会議を開催することとなる
■ 1938年 ミュンヘン会議
・英仏 vs 独伊の4カ国でミュンヘン会議開催
・ヒトラーは『他国への介入はこれが最後だ』と発言。英首相も、『これは、遠い国々同士の揉め事だ』、として、承認してしまう
・チェコのズデーデン地方は、チェコの承認がないままにドイツに割譲される ★
■ 1939年 第二次大戦勃発
・1939年、ヒトラーは約束を守らず、ポーランドに侵攻
・英仏はドイツに対して宣戦布告し、第二次大戦が開始される
■ チェンバレン首相辞任とチャーチル首相就任
・ミュンヘン会議後に、外交によってヒトラーを止めた英雄として英国民に讃えられた首相の評価は一変し、『弱虫宰相』として避難が集中
・批判の中、1940年にチェンバレン首相は辞任。ドイツの危険性を訴え続けていたチャーチルが首相に就任する
・大規模なドイツ軍の攻勢により、全滅の危機にあったイギリス軍を辛くも脱出させたのが、1940年の『ダンケルクの戦い』 → ノーラン映画
・1940年、パリが陥落しフランスが降伏。イギリスはドイツ軍によるロンドン大空襲を受けることになる → 映画「The Blitz」
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■ 感想
歴史の流れを見ると、今の状況は、プーチンによるウクライナ侵攻とそっくりだな、と思いましたね(特に★部分)
・隣国内に居住する自国民保護、が侵攻の名目
・アメリカ(≒トランプ)は、遠い国の戦争だ、として積極関与せず、
ウクライナ抜きで、領土割譲を材料に交渉している
『ウクライナの非ナチ化』 を叫ぶプーチンですが、結局自らヒトラーと同じことをやっており、歴史の皮肉を感じるとともに、
第二次大戦で壊滅したヨーロッパが今、アメリカ抜きでまとまりつつあるのも、このミュンヘン会議での教訓なんだろうな、と思いました。