もののけ姫のネタバレレビュー・内容・結末

上映館(376館)

もののけ姫1997年製作の映画)

PRINCESS MONONOKE

上映日:1997年07月12日

製作国:

上映時間:135分

「もののけ姫」に投稿されたネタバレ・内容・結末

実は1回も見た事がなかった作品。
初見を映画館で見れてよかった。

内容は人間と自然をテーマにした作品で、完全に大人向けアニメーション。難しすぎる。
主人公は行動指針(曇りなき眼で見定め、決める)に従う。抗争の両者(人間側と自然側)に触れ合い、争いに深く関わっていく。

個人的に感じたテーマは
争いを止めるのは容易ではないということ
正しいことや正義感に巻き込むことの難しさ
争いで死ぬことと生きること
ルーツや外見的な枠組みの影響力

これらテーマは普遍的に描かれると思うが、この作品を視聴すると考えさせられる。他の映画とは違いスルーできないような訴求力があると感じた。


その他の感想。
ジブリは登場キャラが一人一人確立していて良いと実感した。
正直な感想としては最初は世界観にどっぷりだったが1時間程で飽きてしまった。争いが始まってからは面白かったし、作品を通しての感想としてはとしても視聴してよかった。
もののけ姫はラストが大好き。

尊重し合うからこそ、離れて暮らすこともある。話し合いや戦いも解決のひとつだけど、自分の信じたいものを信じて離れて暮らすのを私は1番に選びたい、と思うことが多い

美輪さんのモロも本当に好き。こんなキャラクター、かつていただろうか。美輪さんも相まって、人間を超えた存在に何度も出会う映画。でもそこに驚きはなくて、あれ、忘れてたけどそもそもこうだったよな、と
山育ちの自分には通じたところがあった
元カノのプレゼントをサンに渡すアシタカぶっ飛んでるでしょ

当時3歳の私が父親と映画館で観たらしいのだが、冒頭の、祟り神が怖く、泣き喚いてしまい、開始五分で退場

しばらくの間、真っ暗な場所で眠ることができなかったらしい
だから、電気つけて寝てたのか

当時のトラウマ克服と、リベンジを込めて、父親の分も観ようと、映画館で鑑賞

祟り神怖かったです
本当に怖かった

でもね、とても面白かったよ

親父ごめんね


80/2020
まず音楽が良すぎたのと、デジタルの描画技術を殆ど用いずにあれ程の表現をしている事に驚嘆した。作業量については想像を絶する。

先に見た『千と千尋の神隠し』よりはかなり直接的に人間の増長っぷりを描いていたが、本作はそれ以上に「生きる」ことそのものへの掘り下げが根底にある気がした。
よく知られた「生きろ、其方は美しい」の台詞もそうだが、森を切り崩して発展させたたたら場では皆の暮らしが外に比べて多分に改善されていたり、また「世を呪い人を呪いそれでも生きたいと思ってしまう」というたたら場の長の一言や、シシガミ様の「命を奪いもするし与えもする」役割、モロが死んで悲嘆に暮れるサンを生に引き戻す場面等、生死に付き纏う問題を示唆する表現が所々見受けられた。

中でもやはり生きること自体を肯定的に捉えんとする意思は強く感ぜられたが、此処まで生きてしまったからには何としても生き続けることへの意義を見出さねばならない、という業のような気色と思えなくもなかった。
過ちを繰り返し、どこかで他者を蹂躙したとしても、生きてさえいれば自他の行いを悔い改める機会も生まれ得るし、凡ゆる生命の共存する形を模索しようと足掻き続けられる。世をよりよくすることもまだ叶うかもしれない。そう信じているのか信じたがっているのかは分からないが、自分も同感だ。

シシガミに完全に命を奪われた人達も息を吹き返したのか、それと今後たたら場が再度攻め込まれやしないかだけが最後気になったが、後者については恐らく僧の爺さんがうまくやってくれるのだろう。
新しくできたTOHO池袋で轟音上映!普通の音で別にいいです。笑

自然の力を思い知らされても、またすぐ人間は環境破壊するんだろうなぁ。
アシタカのアザが完全に治りきってなかったの気になる。
初めて映画館で鑑賞。
ジブリの中で1位、2位を争うほど好きな映画を映画館で見ることが出来て感動です。
都内で轟音上映をやっていたので折角と思いそちらを予約。
始まりの音の大きさに驚いたものの、家で見るよりも没入感が凄い。心臓がどくどくするほどの轟音は忘れられないかも…
それと対比するようにシシ神様の登場するシーンの無音。
映像を回すジーッと言う音だけが響くのは鳥肌が立つようでした。

子どもの頃から好きな作品をこうやって映画館で見れるのは感無量の一言につきますね。
子ども心では分からなかった各人物の心理を昔よりかも理解できる事に歳をとるのも悪くないなぁと感じました。
しかしそれでもアシタカの言葉は綺麗事すぎて他の人からすればイラつき等を呼び起こさせることもあるのだろうな…
それでも最後までそれを譲らず通し抜くのがヒーローだなぁと思いながら見ていました。

1番好きなシーンは足を怪我したヤックルがアシタカをマル?モロ?に託すように顔を近づけるあのシーン。
ヤックル可愛い…
何よりも全ての音、動物の嘶きや美輪明宏さんのあのセリフを映画館で(しかも轟音)で聞けたのは最高でした…。

上映期間中に何度もみたい作品。やはりジブリは最高です。
ジブリで最も好きな作品を劇場の再上映で。

人間と自然が如何に共存し合っていくかというテーマを描いた作品群で最高峰ではないでしょうか。
単に人間vsもののけではなく人間同士の争いやもののけ同士の諍いもある。
シシ神は命を与えもするし奪いもするという超常的な力を持っているように思いがちだけど、生きる者は全て無意識に同じことをしている。
例えばアシタカはタタリ神になった猪や侍の命を奪ってサンやたたら場の人々の命を助けている。
「シシ神は命そのものだから」という台詞に全てが集約されていますね…深イイ。
命は他の命を奪わずして生きていけないのだけどお互いに相手の領域を侵さないように上手いこと共存していかないといけないですね。
── 森と人間が争わずにすむ道はないのか? ほんとうにもうとめられないのか?

今までは金曜ロードショーで、CMとCMに挟まれた断片を、テレビの画面と音響で見てきただけだったからか、大迫力のスクリーンは、初めて「もののけ姫」を観たような衝撃があった。

こんなに凄まじいアニメーションを、小さな頃から繰り返し体験してきたのか、、。
20年以上前の作品なのに、いまだに越えられないもの。クライマックス、いくつあるんだよ。

美術、音楽含め映像に関しては圧倒されるばかりなのでテーマの話を。

誰一人、単なる「悪者」にしてしまわない、つまり登場する勢力それぞれの「正義」がブレずに描かれることが名作の名作と呼ばれる所以だと思っていて、ここに出てくる、タタリ神になった猪たちも、山を守るために人間を襲うモロたちも、鉄をとるために神を狩り山を切り開くエボシも、人間を達観しつつ欲からは抜け出せないジコ坊も、したたかに自分たちの生き方を貫いて生きている点ではみんな同じなんだよな。
生き方の違う「森」と「人」が同じ土地に生きようとすれば、軋轢は生じてしまうもので、「太古の昔」から、「森」と「人」は大小さまざまな衝突を繰り返してきたんだろう。軋轢が大きな怨みとなって爆発したその時に、狭間にいた少年少女を描いたのがこの「もののけ姫」。
その一面から見てみると、あの驚くほど静かなラストはよくできてるなあと思う。サン、アシタカ、エボシ、ジコ坊が、それぞれの立場を自分にもう一度問い直して、これからも「生きていく」意志を明確にする(森と人は、一緒に生きることはできないけれど、互いを心のどこかに置いて、共に生きることはできる、そんな希望を感じさせる主人公二人と、エボシと、これからも生き方を変えることはないであろうジコ坊と)。そこにはちゃんと現実があって、つまらない予定調和はない。
なんで見てなかったんだろー!!!
ジブリは終わりまで全く?ってとこないし盛り下がらないしほんとに凄い、、

サンが山犬の血吸って吐き出すシーンだけは宣伝で見た事あったけどサンとアシタカの関係があんな感じなんだって思った 好きー!とかじゃなくて共に生きようなの最高じゃん

他のジブリも全部みたい〜〜〜
ジブリ特集上映

『風の谷のナウシカ』との2本立てで鑑賞。
こちらは1997年の劇場公開時も観てるし、その後のテレビ放映でも子供の頃、何回か観ていた。

こちらもめちゃくちゃ面白かった。
子供の頃に観て印象に残っていたキャラクターや生物の造形、恐ろしく気持ち悪い描写の数々、身体欠損等のゴア描写、強烈な画力は、今観てもなお新鮮で、これだけ映画観てるのにものすごい衝撃をくらった。

加えて、大人になって観てみると、人物や生物たちの配置や背景と、それによる物語の展開がめちゃくちゃよくできてると感じた。すごく奥行きのある物語になってる。
基本的には人間ともののけたちの対立が描かれるものの、いずれの側も様々な立場の人(便宜上、もののけに対しても"人"って言っちゃうけど)がいて、決して単純な二項対立には留まらない。

特にエボシとジコ坊の2人のキャラクターが興味深い。エボシは、神たちを殺して森を掌握したいが、それはタタラ場をより豊かで安定した共同体にしたいためで利己性や野心からだけのものではない。タタラ場は男女同権に近く、病気で差別されきた人々にも居場所があり、いわば弱者にとってのユートピアでもある。想像の範疇を出ないが、彼女自身も過去に酷い経験をしたのではないかと思わされる。一方、弱者を守る視点を持ちながらも、もののけたちとの戦闘では村の男たちをおとりにしたり、見捨てたりする等、冷酷な一面も覗かせる。そして、非常に冷静沈着で聡明に見えるけれども、利害が一致して行動を共にするジコ坊たちには結局利用されてしまっているようにも見える。モロやサンからも元凶のように思われているが、彼女の更に外側にはより凶悪な男たちの姿も見えてきて、エボシも実のところ男性優位な構造に呑み込まれてしまっているようにも思える。
ジコ坊は、序盤こそ飄々として、ひょうきんなトリックスター、見ようによっては良いヤツに見える人物として登場するが、その実計算高く、利己的で強欲、冷酷な人間性が徐々に見えてくる。まあはっきり言って、この物語に出てくる人物のうち誰が一番怖いかって言ったら、ジコ坊とその手下の唐傘軍団ですね。猪たちを殺すときに、村の男たちをおとりに容赦なく丸ごと爆発させるのが恐ろしい。目的のためなら手段は全く選ばない冷淡さ。シシガミ殺しのところも、完全にエボシの一枚上手で彼女の上位に居る、より恐ろしい人物として映る。今回観て、そんな設定だったのかと驚いたのは、このジコ坊は一体誰の命令でシシガミ殺しをしているかということ。ジコ坊は天長様と言っていて、それは帝(つまり天皇)のことだとエボシが説明してくれる。曲がりなりにも女性や弱者の暮らせる世界を築こうとしたエボシ、エボシを操るかのようにその上位に居るジコ坊たち、そして更にその上にいるのは天皇だという。まあ、あんまり言うと『もののけ姫』から離れていっちゃうけど、わざわざ究極の男性性としてそう言う配置をすることにどうしても日本自体の批評(特に戦時中)とも受け取ってしまう。
こういう飄々としたジコ坊みたいな人物が生き残るラストも僕には恐ろしく感じた。最後のやりとりも少しお茶目な感じだったし。

書き途中
森の神々
画的な面白さ
アクションの面白さ
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