相当素晴らしい。
「老い」とか「主体・客体」へのメッセージをFilmという言葉に纏わることを提示しつつ伝えるという遊びがたまらない。
The BeatlesのCome Togetherみたいだなぁと…
ワンちゃん猫ちゃんを部屋から追い出そうとするが交互に出たり入ったり・・・ここだけは往年のキートンらしさがあって微笑ましいと同時に作品全体から浮いてるように感じる。正直キートンで撮った必要性はほぼない…
>>続きを読む人の目、動物達からも見られる事を徹底的に逃げる。もちろんカメラからもだ。自分が見る対象の物も見る事を避ける。写真も破り消滅させようとする。
密室の中でまるで瞑想ように知覚する知覚されるをとっぱらう行…
見ることが衰えた老人も見られることから逃れることは出来ない。犬逃したら猫が、猫逃したら犬が、また犬逃したら猫が…のとこなんてなんぼあってもいいですからね…。不条理だなとは思いつつ、何故か映画好きな人…
>>続きを読むみた。
なるほど、たしかに知覚される可能性を消尽していったあとに、自分が自分を知覚することが残り、それをも尽くしたあとに辿りつくイメージの世界が問題なのだろう。
とはいえ、内在平面と言われるものが…
確か1984年か85年頃に京都大学の西部講堂でアバンギャルド映画特集のオールナイト上映で鑑賞。当時、大阪在住で中学生だった私は、雑誌「ぴあ」でその情報を知り、電車に乗ってひとり観に行った思い出がある…
>>続きを読む冒頭でしわくちゃなバスター・キートンの顔の一片をドアップで撮影することで映画で活躍したスターにも老いが訪れる現実を観客に提示し、そんなキートンが老いを人に見せないがため顔を『エレファントマン』のよう…
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