フィルムの作品情報・感想・評価

フィルム1966年製作の映画)

Film

製作国・地域:

上映時間:20分

3.8

『フィルム』に投稿された感想・評価

1000
4.2
とてもいい。たった20分のミニマルな映像のなかに、フォビアとパラノイア、美と老い、映画と観客性についての考察が詰め込まれている。

犬猫のコンビ芸、コテコテなのに笑ってしまう。

サイレント映画という視覚情報のみで成立しているメディアにおいて頑なに見られることへの拒絶を示す。ブニュエル『アンダルシアの犬』とは異なる経路からの、見ることへの疑義。それは土砂降りの雨を浴びながらド…

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ボヤける。その恐怖。見られる恐怖。見る恐怖。
映画との相性が良い。
TOBIO
-
〈メモ〉
・おじいちゃんキートンを見にきた
・追い出すけど入ってきちゃうネコのところはコメディ
・他者からの知覚を避けられても、自覚は避けられないってことなのか? なんなんだ?
以織
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素晴らしいと思った。
「老い」とか「主体・客体」へのメッセージをFilmという言葉に纏わることを提示しつつ伝えるという遊びがたまらない。
The BeatlesのCome Togetherみたいだな…

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3.5

ワンちゃん猫ちゃんを部屋から追い出そうとするが交互に出たり入ったり・・・ここだけは往年のキートンらしさがあって微笑ましいと同時に作品全体から浮いてるように感じる。正直キートンで撮った必要性はほぼない…

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3.5

人の目、動物達からも見られる事を徹底的に逃げる。もちろんカメラからもだ。自分が見る対象の物も見る事を避ける。写真も破り消滅させようとする。
密室の中でまるで瞑想ように知覚する知覚されるをとっぱらう行…

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菩薩
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見ることが衰えた老人も見られることから逃れることは出来ない。犬逃したら猫が、猫逃したら犬が、また犬逃したら猫が…のとこなんてなんぼあってもいいですからね…。不条理だなとは思いつつ、何故か映画好きな人…

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夏帆
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このレビューはネタバレを含みます
どれだけ視線を避けても、自分の視線からは逃れることはできない。また、「見る」「見られる」の関係は常に反転する可能性を持っている。

みた。

なるほど、たしかに知覚される可能性を消尽していったあとに、自分が自分を知覚することが残り、それをも尽くしたあとに辿りつくイメージの世界が問題なのだろう。
とはいえ、内在平面と言われるものが…

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