南瓜とマヨネーズの作品情報・感想・評価 - 202ページ目

「南瓜とマヨネーズ」に投稿された感想・評価

NAO

NAOの感想・評価

4.4
久しぶりに自分の中で深く残る映画でした。

ツチダは確かにクズ。確かにクズだけど、心のどっかで女の子だったら憧れちゃうような性格の持ち主でもある気がする。
かなこちゃんがいい役してた

もう1回見たい!27歳になって見たらどう思うんだろう。
あと少しでもオダジョー好きの方は見て損ない。
OWeeeeN

OWeeeeNの感想・評価

3.8
原作知りませんが、漫画原作?ってくらいあまりに空気感が自然すぎて、びっくりしました。よくよく考えれば少女漫画的な構成で、キャラも全員痛々しいけど、役者の演技がそれを感じさせないからすごいな〜。
mikey

mikeyの感想・評価

3.9
日々絶えず変化していくこの世の中で、普通の日常を求めるのはあまりにも難しい。そう感じさせられる映画だった。

最後、太賀の歌った曲は普通の日常のシーンを繰り返していただけだが、なぜかそれが新鮮に感じたし心に残った。
m

mの感想・評価

4.8
冨永監督、最高傑作を更新。
お恥ずかしながら原作は未読だが、この機会に今度読んでみようと思う。

私事だが、たまに女性向けコミックを読むのが好きだ。「FEEL YOUNG」とかに載っているようなやつ。昔ジョージ朝倉の「ピース オブ ケイク」にハマったのがキッカケだった。
女性向けコミックのやさぐれた残酷な部分や生っぽい部分、男には分からない女性の不可解な部分、そしてそんな部分と容赦無く向き合いつつも決してそれを突き放さない事がとても興味深く、面白い。男が妄想する都合の良い女性像とはかけ離れた(そして女性から見た男性像もまた男の自画像からはかけ離れた)、ナマの『人間』を読んでいるなぁという感じがする。
この映画にはそうした女性向けコミックの感覚が全く損なわれずにぎゅっと凝縮されている。
さらに女性向けコミックではやや割り切って描かれる男性キャラも、この映画では愛着を持ってより人間臭く描きこまれている。監督が男性だからかと思ったが、同じ原作者で男性監督の傑作「ストロベリーショートケイクス」では男性像はかなり割り切って描かれていたので、監督が男性だからというより冨永監督のアプローチとしてそうなったのだなと思う。そういう点では原作者と監督との良い補完関係ができている。

女も男も特別ではないどこにでもいそうな駄目な人たちで、それでもその駄目な感じをデフォルメも揶揄もせず、シビアにしかし突き放さずに、リアルに愛情こめて丹念に描いているのが素晴らしい。
それを支える冨永監督の映画話術の的確さ。台詞・モノローグや止め画ではなく動きで語る漫画から映画への変換も巧み。

そんな駄目な人間模様を演じる俳優陣は皆素晴らしく、特にメイン3人が良い。
自分が何を望んでいて何をしているのか自分でもよく分かっていないような主人公を演じる臼田あさ美はこれが代表作と言えるハマリ役で、肩の力を抜いた力演が見事。彼女の魅力も十二分に発揮されている。
太賀もまた絶妙なハマリ役でチャーミング、そしてラストの彼の○○(ちょっと「くだらないの中に」とかの頃の星野源っぽい)・・これは思わぬ驚きで、確かにツチダが彼がヒモになるのを許す気持ちも分かってしまう。
臼田と太賀は実年齢が離れているのに、劇中ではしっかり年の近いカップルに見えるのがまた良い。
完璧な塩梅の非情さと色気を醸し出すオダギリジョーも、絶対この人でなければいけないと思わせる適役。悪役にならないのが凄い。

3人誰もが、そうこういう人いる、てかこれは自分達の話じゃないか、と思わせる地に足ついたリアリティと、憎めない人間臭さがある。

この3人以外の脇役達の描き方も良くて、例えばせいちゃんの代わりにバンドに加入したグラビアアイドルの女の子が『客寄せだ』と揶揄されながらも歌声もなかなか良いしバンドに対して誠実な人間だったり、最初はツチダと対立するかと思われたキャバクラの同僚・可奈子がいつの間にか仲良くなっていたり、と普通なら割り切って嫌な(あるいは馬鹿な)人間として描かれそうな人達がちゃんと尊厳と人格のあるひとりの人間として描かれているのが嬉しかった。その辺は原作の手柄かもしれないが。


分かりやすい凝った事はあまりせず、しかしよくよく見ると丁寧に、淡々と、的確にショットを積み重ねていく撮影も作品に完璧にフィットしている(時に繰り出す細やかなドリーワークが効いている)。時折見せる映像の遊びも感覚的で新鮮。録音・整音や美術(台所の隅やカウンターの奥に積み重なったゴミ袋!)といったスタッフワークもさり気なく良い。

下北辺りでくすぶるバンドマンの話なのに曲の監修がやくしまるえつこなのは意外だったが、ありがちなものとは違うラストの歌を聴いて納得した。


ツチダの部屋でオールしたハギオや可奈子がいる所にせいちゃんが帰宅する所で、慌てる可奈子とは反対にずっと笑っているツチダの全く予想外のリアクションに、そうそうこの感じ、こういうの見たかった、と興奮した。


素敵なクライマックスとラストシーンはささやかにドラマチックで、きっと多くの人の心の中にしまっていた何かにそっと触れるだろう。そして淡々と我慢強く日常を積み重ねていく前半があったからこそ、この最後が活きている。

それにしてもこのせいちゃんという男、あんたの事はちょっと分かるよ。
いずむ

いずむの感想・評価

4.0
「せいちゃんがフッてくれたらラクなのになあ」のラクさ加減が感覚的に分かってしまう事に戸惑いを覚える。そんなんでいいのか?こんなんじゃダメでしょ?心の声がそう囁いても取る行動はまったく別のもの---分からない。そんな主人公ツチダを演じた臼田あさ美が2017年主演女優賞です。なし寄りのありか、あり寄りのなししかやれない。泣いてしまったりキスをしたりの「流れ」の所作だけをクローズアップすることなく「流れるまま」に見せてくれていたのが凄いなと思った。息をするように泣いて、吸い込まれるようにキスしてる。気が付いたら、好きになっちゃった。南瓜とマヨネーズ、あまり聞いたことのない組み合わせだけれど、意外にもいや普通に美味しいかも。何にしても好きになっちゃったのなら、仕方がない。
土田とせいちゃんの日常に溶け込んだような映画だった
キャッチコピーの『女は過去の恋を引きづらない、なんてウソ』もまたいい
こちらも原作未読、臼田あさ美顔小さっ!太賀もそれほどデカくないとは思うけど、二人が並ぶとそう見えた
テンポの良い話ではなく、ダラダラ〜としているけど、それが心地よい
臼田あさ美の号泣するシーンで一緒に泣いてしまった
太賀と臼田あさ美がカワイイ、ラブストーリーだった
ふじさ

ふじさの感想・評価

3.8
臼田あさ美のスタイルがストライク。
ハギオがカスくてずるい!
同じことの繰り返しなんて嫌だね。
reika

reikaの感想・評価

4.2
原作への思い入れ強すぎだから映画化どーなんだろとか思って、でもキャストだいぶ良いから、良さそーとか思って、そしたらやっぱり良かったーとか思って、あの空気感映像化できてるスゲーとか思った。
misty

mistyの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます


全く地に足がついてない人たちの、全く地に足がつかない生活。だけど生活とは地に足をつけて生きていくということで、多少なりとも未来のことは誰だって心配で、安定がほしくて、欲を言うなら自分のことを認めてほしい、すごいねと言われたい、ありがとうと言われたい、愛されたい、幸せになりたい。
だけど同時に、この人とだったら幸せになれるかもと思う前に、ただただ、この人のことが好きだというたったそれだけの気持ちで生きられる時間もある。それだけで幸せな時間がある。あった。そう、「あった」。自分の中でその時間が通り過ぎてしまったことに気づくとき、思うとき、そこに「生活」はある。生活は全てを押し流していく。
シンプルな、ごくシンプルな気持ちだけで構成されている時間は「今」という言葉で言い換えられるかもしれない。今このとき、たったこれだけ、この一瞬、それでいいの、それが全てなの。
無職の男に転がりこまれて部屋はどんどん汚くなっていくし、お金は足りないし、夢を見ても見ても裏切られるし、そんなところに今度はまたも地に足がついていない元彼と再会し、また「今」を感覚を求めてそっちに引きずられていく。だけど戻れない、時間はどうやったって不可逆で、その分だけ生活に押し流されて自分の位置は変わってる。変わったことに、涙が出る。

「そんなひとどこにいるの」
アパートを出て行くことを告げられて、彼女は真っ赤なタオルで顔を覆って泣き崩れる。彼女が着ていた鮮やかな水色のTシャツ。そのコントラストに目を奪われた。あのカットがとても好きだった。部屋に差し込んでくる光はとても照明によるものとは思えなくて、全くの自然光のように見えた。
色が美しい映画だと思った。それこそ90年代の、写ルンです的な色の出方。見えたものだけを見えた分だけ映します、見えないものは無理には映しません。ピントも無理には合わせません。という潔さ。

絶対売れねえよ、自分が抜けたバンドのメンバーにいちいちうるさい今彼。でもそれにこだわるのは、彼の中に「売れる=認められる」という図式がどこかにあるからで、彼は認められたい。レコード会社の戦略がどう、そんなのやりたいことじゃない、文句を言いつつそれが「認められる手段」のひとつであることにも気づいている。だからしんどい。
やって「あげてる」という言い方しかできない彼女。「あげてる」ことが生きがいで、それを取られるとどうにもならなくなってしまう。求められることに飢えている。わたしがいなきゃと思いたい。彼女も認められたい。君だけだよと言ってほしい。だけど誰にも言ってもらえない。
「好き好きばっか押し付けてきたりさ」「お前のことそんな好きじゃなかったけど」とか平然と言っちゃう元彼。せいぜい前後2〜3時間さえ楽しければそれでいい。楽しくなくなったら別の場所に移れる。こんな人が自分しか見えなくなったら、自分のことで心かき乱される瞬間があるならどんなにいいだろうな!と、思っちゃうのもしかたない。

わたしとはあまりに生活のしかたが違う、わたしも同じ27歳なのに、でも27歳でもまだこんなしょうもないことをしてもいいんだ、こんなことで悩んでもいいんだ、と、なんだか楽になったような気もした。羨ましくもなった。しんどくもなった。

臼田あさ美の、芝居か素なのかわからないぎりぎりのラインに常に立っているかんじとてもよかった。ラストシーンの泣き方は、理由もなく、わかってないのに「わかるよ」と思ってしまう。そういう泣き方あるよねと思う。
せいちゃん、いるいるこういう人。歌声、とっっってもきれいだった。
オダジョー、地に足がつかない男をやらせたらやっぱり優勝してる。こいつ絶対金返さん奴やん、でもすてき。やっぱりすてき。かっこいい。クソ野郎だけどそれを補って余りあるオダジョーの美しさ。

せいちゃんもハギオも、このふたりじゃなければムカついてぶっ飛ばしていたであろうクソ野郎だけど、このふたりだったからこそぶっ飛ばせない。いるよね〜こういう人…と、思わせられるのはすごい。ぴったりはまるリアリティというか。

原作未読だけど、でもこれは限りなく原作の空気なんじゃないかなとは思った。今度読んでみようと思う。
色が美しい映画、生活の一コマがめちゃくちゃ凝ってる映画。あと可奈子ちゃん、めっちゃ好き。