こりゃすげえ。映像とは点滅の直線運動であるとつくづく感じる。とくに岸井ゆきのの動き、顔が生と死の連綿を描きドラマティックになっている。そのためにカメラが見続けることへ価値が生まれる。これぞ映像の奇跡…
>>続きを読む三宅の映画は基本的に「映画的」と呼ばれるような照明や画面の奥行き、運動の切り取り方が為されているが、自らの嗜好的な側面でショットを理想の構図にするために、外部の人間に負担をかけるような選択はとってい…
>>続きを読むミットを打つ音、アナログな筋トレ器具の金属が歪む音、ジムの床が軋む音。ケイコの世界とは対照的に、音で溢れているフレーム。強調される生活音と環境音。何より驚嘆するのは実景の使い方。リズムを構築する要素…
>>続きを読む言葉は便利だけれど、言葉にしてしまうと失われるものがある。
たとえば、ジムが閉鎖されることを知った後、ケイコがジム長と並んでシャドーボクシングするシーン。
閉鎖されるという現実について、二人はほと…
このレビューはネタバレを含みます
コロナ禍の中でボクシングで、手話だったからこそ描かれるコミュニケーションの強度は強烈に高い。(口による会話で誤魔化せない)
交わす言葉も自然と少なく感じたし、汲み取ることで映画を鑑賞することがようや…
目で見て目で聴き目で語る
いつも気にかけてくれてマスクをすぐとって会話を試みる上司
最低限の手話を覚えるジムのメンバー
彼女を1人の人間として接するトレーナー
ジムと人を愛し最後まで彼女の未来のた…
私たちは、画面に推移する運動(身振り)を隈なく視界に収め、それが織りなす意味に敏感であらねばならない。二人の人物が鏡に向かって等方向に視線を注ぎ、同じ身振りを演じること。二人の人物が呼吸を合わせて、…
>>続きを読む©2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS