じゃりン子チエの作品情報・感想・評価

「じゃりン子チエ」に投稿された感想・評価

KY

KYの感想・評価

4.1
高畑勲追悼で鑑賞。じゃりん子チエ初体験だったけど、めっちゃ元気もらった!名作だったわ。なかなかの家庭環境に生まれながらも悩まずくさらず笑顔ですさまじい生命力を発揮するチエちゃんがもう最高でね。チエちゃん以外の登場人物もみんな魅力的すぎでしょ。大阪のガラの悪い感じに人情感じるわあ
高畑勲といったら
オールド関西人はチエちゃんだろ

関西のちびまる子なんだよなぁ

放送コードがおおらかだった昭和
登場人物すべてが愛くるしい

今だとR指定は確実なんだろうけど
「人間と付き合うと苦労するよ」男であること、父であることを両立できない不器用さになんともいえない気持ちに。
TOY

TOYの感想・評価

3.1
2018年45本目

高畑勲監督の名作。
TVシリーズは何度も見ていてお馴染みだけど映画版は子供の時以来の2回目(?)
調べてみたら映画化が先で、その後TVシリーズの製作だったんですね。
声優陣の吉本芸人達の声が若い。笑

今は色々アウトなシーンもあるけれど、昭和の下町のアニメとして名作ですね。
ぺしん

ぺしんの感想・評価

4.0
キンタマ映画

あまり馴染みがないアニメだけど、
別冊映画秘宝を読んで興味が湧き鑑賞

ヤクザあり
放送禁止用語あり
未成年飲酒シーンあり
時代を感じさせる映画だ

色んなエピソードを詰め込んでるけど、
とてもすんなり入ってくるストーリー展開だった

これ以上ないダメ親父だけど、
自然と周りに人は集まってくるし、
見てる方もいつの間にか愛着が湧いてくる
これが人情というものか
しか

しかの感想・評価

-
まさか猫の喧嘩と仲直りで〆るとは。

チエちゃんは大人になってもクズの世話焼いてそうだなあー
のぶ

のぶの感想・評価

4.5
猫が猫語(見てる人には理解できる)をしゃべるんだけど、小鉄(猫)がめっちゃ男前でクライマックスってゆう
登場人物みんな好きになった〜アニメ11話から見始めるわ

あの雨上がりのバス停で声をかけてくれたパクさんのことを忘れない
春21号

春21号の感想・評価

4.0
哀愁を全編に宿した家庭ドラマアニメの傑作だと思います。
このコメディにもシリアスにも振り切れずにひたすらそれを繰り返すこの感じはまさに人間ドラマだと思いました。
声優に吉本芸人さんを多数起用していた事で完璧な関西弁が再現されていてとても効果的だと思いました。というこの作品に関西弁が無かったら全然ダメだったと思います。
そしてお母さん役の三林京子さんの声がそんな中で1人上手く浮いていて独特の緊張感を生んでいて良かったと思います。
あの電車のシーンなんてこの人の声ありきだと思いました。

凄く時代錯誤的であの当時からしてもとんでもない内容だったと思います。
子供に酒飲ましたり働かせたり暴力は当たり前だったりまともな大人がいません。
この作品はそれを良しとせずしかし陰惨にならないように上手く描けていたと思います。
新しい角度のホームドラマを上手く作り上げているなと思いました。
下品な作品かと思っていましたがきっちり趣もあってノスタルジーを感じさせる作品だったと思います。
テレビバージョンも見て見たいと思いました。
太郎

太郎の感想・評価

-
2018/04/30 DVD ¥37
2017/11/20 DVD ¥84
これは個人的な感想になるけれど、たとえば旅行にせよ出張にせよ地方都市を歩いていて、じぶんが「エトランジェ」であることを強く感じさせられるのが、大阪という町である。札幌でも博多でも京都でも仙台でも、そのような独特の疎外感におそわれることはほとんどないにもかかわらず。逆に考えるとこのことは、大阪という町には、(ベンヤミンの言葉を無理に援用すれば)大阪という町ならではの「アウラ」がたしかに存在するということである。そしてそれは、「キタ」よりも「ミナミ」に行くほど、より濃厚に感じられる。
そもそも私は『じゃりン子チエ』なる作品があることを、つい最近まで知らなかった。が、おそらくこのことは私があまりにも無知だからという個人的問題のみに還元されるわけではなく(そうかもしれないけど)、共同体全体の文化的問題、すなわち、私たちの国のなかにも今なお地域どうしの文化の「分断と断絶」があるということにその原因があるように思えるのである。
いったい、映画も音楽もテレビ番組もCMも、多くがその言葉も感性も東京のそれに「平準化」されている。そして私たち関東人は、それが「ふつう」のことだと思っている、というよりも、そこに感性の平準化がはたらいていることにすら気づいていない。
じぶんが自明視している檻から抜けだすためには、檻の外からのまなざしを必要とする。この映画はまちがいなく高畑勲の傑作だが、そのゆえんというのは、「商人の町」大阪ならではのユーモアと義理人情のみにあるのではない。高畑勲といえば『火垂るの墓』であり『おもひでぽろぽろ』であり『平成狸合戦ぽんぽこ』であり『かぐや姫の物語』であり……と、そうしぜんと考えて疑わない私たち関東人の、驕り高ぶった文化的感性を相対化するまなざしを秘めているからである。
>|