大阪物語の作品情報・感想・評価

大阪物語1999年製作の映画)

製作国:

上映時間:120分

ジャンル:

3.8

あらすじ

「大阪物語」に投稿された感想・評価

neco

necoの感想・評価

3.8
田中裕子、ジュリー夫婦はもはやエモい
そしてやっぱり何より池脇千鶴ってなんなの…デビューでこんな存在感。私にはもう眩しすぎた。言葉で表現するの難しくて…ただ素晴らしい!男の子も良かった。
asu

asuの感想・評価

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とにかく池脇千鶴がかわいくて魅力的です。
また大阪にすみたいなーって思ったり
どうもどうもどうも
よう来てくれはりましたな
頼みもせんのに


開店したスナックが入っているビルの屋上で、若菜(池脇千鶴)がお父ちゃんのりゅう介(沢田研二)につぶやいたところから、私の感情は決壊した。大阪に暮らしたこともなければ、訪れたこともほとんどない私ですらそうなんだから、大阪で生まれた女やさかい、だったら、どないなことになるんやろか。



私は自分のこれまでのなかで、中学生の私がいちばん嫌い。特に14歳。でも、よう考えたら(いや、よう考えんでも)、それ以外にも、あの時の私は嫌いって、いっぱいあるな。うん、いっぱいある。だけど、もう、そんな自分を赦したってもええやないかいって、思った。どんな自分も赦したったらええ。自分のことばっかじゃなくて。みんなみんな。みんなみんな。私にとっては、そういう映画だった。市井に生ゐる人々の、そこで生ゐる人々の、そして、自分の生ゐる場所の、物語。



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観た後、時間が経つにつれ、田中裕子と沢田研二の、佇まいの在り方をおもうと、むせび泣きたたいような気持ちになる。ただそこにいるだけのようにみえるのに。圧倒的な存在感。心のなかに、残り続ける。
映画「LOVELESS」に対する答えは、20年前の、この映画にある。


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田中裕子の演技は圧巻。歩き方ひとつでも物語る。最初に妊婦さんに会った時の、歩き方にまず唸る。全部すごい。沢田研二の色気。池脇千鶴の真っ直ぐな目。見つめる瞳。世界の全部を見ていて、全部を見ているような瞳。弟君のさり気ない気遣い。とおるの切なさ。終盤で、病院まで連れてってくれた人が町田康かな?違うかな?真心ブラザーズの「ENDLESS SUMMER NUDE」も良かった。
kazco

kazcoの感想・評価

3.9
そりゃ若い頃のジュリーはカッコいい、間違いない。
でも50歳を超えてからは円熟味なんて安っぽい言葉で語れないくらいの熟れ方をしている。
どんどん醜悪さを増すがこの魅力はなんだろうな。
この映画でも若い女にモテるがそれも違和感はない。

京都出身のジュリーの配役は完璧、田中裕子の演技も間違いない。
2000年前半の大阪の街並みは変わっているところもあれば、今と全く変わっていないところもある。
いい映画でした。
東京の人がこんなふうに大阪を撮れるのがすごいなと思いました。淀みのない関西弁になんだかホッとする映画でした。
A

Aの感想・評価

4.0
衣装:宮本まさえ
セリフと長屋の撮り方がかなり好きだった。池脇千鶴が天才的だし、ミヤコ蝶々と田中裕子については役者への信頼とそれに応える彼女たちの貫禄が素晴らしかった。公開当時生まれて数年経ったくらいなのでほとんど直接は知らないけど、あの時代の残り香を思い出したし、なにより夏を感じる作品だった。
Jimmy09

Jimmy09の感想・評価

4.0
夫婦漫才コンビを描くところから始まるので夫婦の物語かと思ったら、漫才両親をもつ少女の心の成長を描いたドラマであった。
そして、何より、タイトル通り「大阪の街を次から次へと映し出すシーン」が素晴らしく、特に真上から俯瞰撮影した場面など含めて「監督は人間だけでなく大阪という街を丁寧に描きたかったのだな…」と思う。

個人的に大阪へは出張で20回ぐらい行っているが、個別の駅限定であり、降りたことのない場所はわからない。(行ったことあるのは、江坂・千里中央・大阪駅~阪急梅田付近・園田(これは兵庫になる)ばかり…)
知っている場面は「芝田」交差点(梅田駅付近)が映って、喜んだ。大阪方面の方からすれば、レベル低いかも…😄笑

さて、映画は、漫才コンビの夫婦が映る。演じるのは、田中裕子と沢田研二。本当に夫婦…😊
しかも、漫才場面は、この夫婦だけでなくいろんな漫才師が登場して、その都度観客の笑顔も映っており、こちらも観ていて楽しくなる。思わず笑ってしまう。笑える映画は良いもの…。
この夫婦には二人の子供がいて、上の少女(池脇千鶴)は中学2年。セーラー服で通学し、友達とも接するが、基本となるのはやはり家族。この家族のうち、父親(沢田研二)がどうしようもない女たらしで、よそに女を作って妊娠させて子供産ませた挙句に逃げられるトンデモナイ父親。
そんな父親が娘に言う「おとうちゃんはカスかなぁ~?」⇒娘「カスや。搾っても何もでーへん」という会話。そして娘(池脇千鶴)の声「それが父との最後の会話になった」がかぶる切ない場面だが、印象的。
その直後、父親は家を出てしまい、行方不明になり、母親はスナック経営をしているが探そうとしない。娘は父探しのため大阪の街を探し回る。そこで、かつての級友男子と一緒に行動したりしながら、世間で起こっている様々な事を知る。これが少女の「心の成長」につながることになっていると、私は思う。

市川準監督は、本作を通じて少女成長ドラマを描くだけでなく、本作がデビュー作の池脇千鶴から素晴らしい演技を引き出したと思う。
また、脇を固める田中裕子の存在感がやはり安定していたのと、ダメ親父(女に手がはやい親父)として沢田研二を起用したのも良かったと思う。この二人を夫婦漫才コンビとさせるのにも都合が良かったと思う。

なかなかの佳作であった✨

<映倫No.115384>
池脇千鶴が登校するのを横にトラッキングしながら俯瞰でとらえたカット。前景に長屋が立ち並び後景にビルが立ち並んでいて、下町と都会が面白いくらいはっきりと分かれてる。俯瞰で撮らないと見えてこない景色。黒沢清『ニンゲン合格』を思い出した。あれも景色がはっきりと分かれてる。

ラストカットが止め画になるの好きなんだが、この映画は止め画になったあとしばらくするとまたちょっとだけ動いて再び止め画になるっていう面白いことをやってる。
本当の意味で芸人の生き様、芸人讃歌を伝えようとした映画
池脇千鶴さんの輝き、田中裕子さんと沢田研二さんのうまさも光る


「火花」や「芸人交換日記」など売れない若手漫才師の青春を描いた作品は多々あるが、それはあくまでも若気の至りの描写がメインで、夢が叶わないほろ苦さはあるけれど、どこか芸人から見た芸人を描いているにすぎず、エンターテイメントとしてかっこいいけど、どこか生活の実感が完全にあるとはいいきれない感もある。この「大阪物語」は、大阪の芸人という縛りはあるが、社会の中での芸人を描こうとしている。そこに面白さや悲哀、ひいては芸人讃歌を感じる。

話は単純だ。夫婦漫才をする夫婦の娘を主人公に、娘から見た親・芸人を描いていき、短い期間設定の中で売れない芸人の一生を娘の視点で見せていく。そして、この芸人というのが、なんば花月に立つような大阪の芸人で、娘から見た親や周りの目線を描くなかで、社会の中の大阪芸人や大阪芸人が息づく大阪とは何かをあぶり出していく作品なのだ。

そもそも普通であれば、夫婦漫才で映画をつくれといわれれば、漫才コンビの二人のやりとりでドラマを描いていくのが王道だ。しかし本作は、そこを敢えて娘から描くという視点がおもしろい。もちろん、当時新人の池脇千鶴さんのプロモーション映画で吉本の芸人さんを絡めてというオファーがあったのかもしれないが、池脇千鶴さん演じる主人公を新人芸人や離婚した芸人の娘にしなかったところが市川準監督の心意気を感じる。圧倒的に作品作りとしては、新人芸人や離婚した芸人の娘のほうがつくりやすい。むしろ、夫婦漫才の娘とすることは、夫婦漫才のコンビを描くのか、娘を描くのかでどっちつかずになり、作品が浅くなるリスクが本来はある。しかし、本作は、敢えてそこにトライしている。それは、売れない芸人であっても、そこには家族がいて、人生があって、売れなくても死ぬまで生きていかなければいけない切実な現実があるという事実に向き合って作品をつくっているのだ。だからといって、芸人は厳しい、芸人はならないほうがいいという話しには終わらず、売れないどうしようもない芸人を優しい目線で描ききることによって、芸人讃歌まで感じさせる作品づくりは、人々の現実の機微を細やかに描こうとしてきた市川準監督ならではだろう。「火花」や「芸人交換日記」は売れない→芸人辞めるとスパッとできるのがかっこいいのだが、実際の芸人は、テレビに一時期は出れてもずっとは続かず、年収は低く(実際、一部の人やテレビのタレント芸人を除いて名前を知ってるような人でも年収が低いと聞く)、かといって他に転職もできずにズルズルと続けている人も多いはずで、そういう芸人を生きた人間として描くという視点に監督の作風を感じる。

また、映画全体で、台詞を極力廃した描写をしていることもいい。例えば、全体の話をすれば、初めは親の夫婦漫才の真似を娘は近所で披露するような女の子なのだが、だんだん普通の女の子になっていく。しかし、近所のたこ焼きやで手伝いをしながらテレビに映る親の漫才を観るシーンや、遊園地で友人と遊んでるときのシーン、飲食店の開店祝いのシーンなど何気ない日常のシーンで、直接言わずとも、親への根本的な思い(芸人の親を誇りに思ってる)は変わらないことや娘ならではの微妙な心の揺れを描くあたりは見事である。

また、本作の描写の技法では、日常のシーンをさせておいて、その脇で一番描きたい人物を黙って座らせて、その人の心情を描くという手法が度々使われるのだが、これがうまい。クリスマスやスナックのシーンなど実に鮮やかなのだ。

こうした心情表現のうまさ(※)はあげればキリがないのだが、それに加えて、大阪とは何かも現実の街や人を使ってうまく描いていく。

本作はおそらく大阪でも西成界隈をメインに描いており、トタン屋根の長屋のような借家が並ぶ光景やぼろアパートなど、貧困の現実をしっかり描きながらも、その中に風情もあるあたりが絶妙だ。また、なんば花月が出てくるように、もちろん芸人の活躍の場として、大阪の繁華街も出てくるわけで、そのあたりの色味のバランスもよく、トータルとして大阪は何かを描こうとしていて、そこがいい。
また、吉本制作の映画ということもあり、有名芸人が多数でてるのだが、この捌きもうまい。普通カメオ出演的なこういう手法は唐突感や無理やり感があって、ひどい場合は作品を壊すのだが、本作にはそこがうまくとけこんでいて、このあたりも市川準監督の力量なのだろう。

さて、最後に本作はこうした監督やスタッフの見事な構成・演出・撮影もさることながら、俳優陣もいい。主演の池脇千鶴さん、その親で夫婦漫才を披露する田中裕子さんと沢田研二さん、この三人のメインキャストはいずれも関西出身で揃えており、いうまでもなく台詞が自然でそれでいて味がある。

まず池脇千鶴さんは本作が映画デビュー作だが、おそらく、この青春のきらめきのような池脇さんの輝きをおさめただけでも本作に価値があるといっても過言ではない。例えば、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は奥菜恵さんの少女から大人へと変わる瞬間を捉えたことが映画の大きな魅力となっているが、本作も(奥菜さんと池脇さんでは全くタイプが異なるが)、そうしたその時でないと出せない池脇さんの魅力を閉じ込めた映画ともいえるのだ。

また、田中裕子さんと沢田研二さんの芝居がうまい。田中裕子さんの、芝居の味がよく、女性の微妙な心情、普通の女優さんだと表現できないところを見事に表現していき、今さらいうまでもないのだが、本当にうまくて、魅力的な人だなと思わせる。また、沢田研二さんも抜群で、本作の沢田さん演じる芸人は、言葉を選ばずに言えば、社会で言うところの人間のクズなのだが、そう生きることしかできない男の悲哀や芸人の切なさを垣間見せる。それでいて、カッコよさも仄かにある。大変恐縮ではあるのだが、正直なところ、この人がこれほどまでに芸人の悲哀を演じられる人だとは思っていなかった。本作を観て、「キネマの神様」を降板した志村けんさんの代役がなぜ沢田研二さんになったのか、よくわかった。「キネマの神様」も楽しみだ。


※以下はネタバレになりうる記述を含みます。










(※)その他、印象に残ったシーン

・すき焼きのシーン
母が父の茶碗をひっくり返し、こんなことをされても怒れない情けないにんげんになるなと怒ることで、怒りを爆発させるシーンが最高である。

・たこ焼き屋の手伝いしながら、テレビを観るシーン
たこ焼き屋で手伝いさせることで、主人公の女の子の面倒見のよいところや殊勝さや一途さを出せるし、店主のおばちゃんの台詞もいい。たこ焼きの準備をしていても、やはり両親の漫才は無視できないし、そんなら彼女の一途さが実によく伝わるのだ。

・遊園地で友達と会話する際に放つ主人公のセリフ
「あんたみたいなしょんべんくさいがきんちょになぁ、男と女の話がわかるか!……私もわからん……」

・「それほどの芸ですか」と言われた後の沢田研二さんの笑う芝居

・ミヤコ蝶々さんの芝居
特に、「お父ちゃん、ほんまに大阪におるんかなぁ?」と主人公に言われたあとの以下のセリフは、もう全盛期のミヤコ蝶々さんではなくて、あの独特の歯切れのよさは弱いのだけど、でもそれが逆に味になって唯一無二の芝居となっている。
「うん、大阪にいてるやろ。うん、いてるて。うーん……おかしいなぁ、大阪って、おかしいとこで、やっぱりここに、いったんここに住まれたら大阪から離れるのが嫌になんねん。どうしても大阪にいついてしまう。大阪が好きになんねんな。なんでやろな。だから、隆介にしても、春美にしても、もちろん私にしても、大阪から離れへん。なんやろな。とりあえずはもうねえ、まあ、大阪ってええとこやで。ええとこや、大阪って。何がええのんかいなぁ。まずうどんがうまいことな、うふふ」

・宝くじのうちわで田中裕子演じる春美が沢田研二演じる隆介をあおぐシーン
ここは細かいが、宝くじで、夢を追うもの(追ってきたもの)をリンクさせているのがいい。
磔刑

磔刑の感想・評価

3.8
おススメ度☆☆
大阪に住んだ事がある人なら、作品のなんともない描写にも面白さを見出せるが、大阪の事を全く知らない人が見たら只々誤解するだけのような気がする。大阪版『シティ・オブ・ゴッド』。

<以下ネタバレあり>

「やっぱすっきゃねん」
ストーリーっちゅうストーリーはないさかい、ものごっつい間延びしとる。でも、古きよき(そこまで古くもないんやけど)大阪の風景がおもろくて楽しめる。ちゅーかそこが見所まである。なものんで、大阪の人間以外からしたらそこまで楽しめんかもな。
なんやったら大阪ってこんなヤベー町なんか!?って誤解されそうな描写モリモリで、これは逆に大阪に対するネガキャンやん!?とか思うんやけど、すまん。だいたい大阪ってこんな所やねん。にしても大阪弁活字にすると大体平仮名になるから、ものごっつい読みにくーてかなわんな。

要するに大阪の原風景を楽しめる作品。大阪人からしても一切違和感ない(誇張はあるが。え?誇張してない?んなアホな)。
関西圏以外の人間が抱く大阪のイメージってコナンに出てくる関西人みたいないわゆるエセ関西人なんやけど、これこそ!!ネイティブ関西人!!って感じで、他府県民にこれが大阪の日常、人々ですって紹介する教材としては文句のつけようがないね。ただ、ここまでコテコテの大阪民ってよっぽどアングラな所行かないと会えないと思うんよ。
大阪民からしても、ここ大阪か??って思う程ヤバそうな場所あって軽くひく😅。ごく稀に西成をチャリンコで突き抜ける事あるけど、この映画程の活気(?)はないもんなー。ただ、安全を考慮して絶対自転車降りへんけどな!!自転車のスピードで見る分にはおもろい場所やけど、徒歩で散策するのにはリスクあるからな🤣🤣🤣

あと、池脇千鶴の透明感がヤバイ。ザ・美少女って感じで終始物語を華々しくしてる。美少女って言っても絶世の美人とか、突出した美しさがあるって訳じゃなくて、子供から大人になるまでのほんの一瞬、少女という奇跡の瞬間の美しさを上手く切り取ってる。
表面は愉快な浪速少女だが、内面は他の思春期女子と変わらないナイーブさ。その高度な二律背反が生み出す属性は『おジャ魔女どれみ』のあいちゃん感ある。大阪の女の子を記号化したら大体こんな感じになるのか?全然嫌いじゃないけど、『おジャ魔女どれみ』をリアタイで見ていてあいちゃん回だった時の憂鬱感が思い出されて少しセンチになったね。子供ながら「日曜の朝8時半から、なんちゅー暗い話何放送してんだ!?」って白目剥きながら思ったもんだ。

それとジュリーが中々良い演技してる。自分、成人するまでジュリーのことってブッサイクなオッさん程度にしか思ってなかったんやけど、昔はカリスマ的なアイドルって知って驚いたもんだ。今作でもその面影を感じさせないぐらいい醜く劣化してますやん?
でも時折見せる儚げな表情や流し目から昔からモテる男ってのが直感的に伝わってくる。これは勿論演技力単体の力もあるけど、それ以上にジュリーがトップアイドルだったバックボーンが滲み出た結果だと思うし、これだけでジュリーを起用した意味がある。この役者の経験が役柄に大きく生きてるのって『運び屋』の時のクリント・イーストウッドと同じだと思う。

父親が送った暑中見舞いのハガキ見つけたのも消印から居場所突き止める展開へのキッカケかと思ったら違うっていうね。あんだけ躍起になって探してたのにそこに気づかないのは逆に違和感あるんだが、まぁ子供だし仕方ないかってところか?
吉本芸人のカメオ出演も作品の説得力を大きくしてる。大御所や現在第一線で活躍してる芸人の若かりし頃の貴重(?)な映像もイースターエッグ的な楽しさを生み出してる。

大阪人以外お断り感強いけど、手軽に大阪の町(アンダーグラウンド)を観光したいならオススメ。まぁ、手始めに『ブラック・レイン』見て慣れてからの方がええかもね。
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