「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」にて こういうアケルマン的な映像は前半に置かれていて「へーえ」という感じだったのだけど、後半では立て続けに呪詛を浴び続けてくらくらした😵💫 『清…
>>続きを読む日常の長回しに潜むブラウン管からの眼差し。我々が安心してみれる媒体のテレビ画面が反旗を翻した時、晒される現実は果たしてあなたの目に耐えうるのか。その耐え難き日常を送る女性たちが粛々と日常を営む。不…
>>続きを読む東京都写真美術館「出光真子 おんなのさくひん ある映像作家の自伝」にて鑑賞。
同時代にシャンタル・アケルマンとおなじことをやっていた日本人作家がいたことにひたすら驚いた まんま『ジャンヌ・ディエルマ…
ブラウン管に映る瞳が、家事オンリーの生活を覗いているように見える。悲しんでいるのか、咎めているのか、何なのか。
「主婦たちの一日」という別作品も見た。専業主婦である数人が見取り図を囲んで一日の動きを…
(彼女が)観られている/(我々が)観ているという感覚が、いつまでも煌々と光るブラウン管テレビに映り込む目によって常に作り出されている。
そしてその目は我々自体と常に合わせられる事実が、本作のメッセー…
アケルマンの「ジャンヌ・ディエルマン(以下略)」のワンシーンを初めて観た時に思い出したのがこちらの出光真子の映像作品。彼女の自伝(ホワット・ア・うーまんめいど。絶版ですが面白いです。出光真子気になら…
>>続きを読むモニター上の出光真子の目にずーっと監視されてる主婦・出光真子の長回し。まとわりつく自意識、このゲージュツ感がたまらん。
あとフィルマにないけどInner manって映像がすごかった。浴衣で踊る女性と…
瞳が映っている不気味なモニタが主婦の1日を監視するといったつげ義春「ねじ式」を彷彿とさせる作品。出光真子が『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』を撮るとこうなる例…
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