ベビイドールの作品情報・感想・評価

「ベビイドール」に投稿された感想・評価

嫁(ベビイドール)がハタチになったらSEX解禁!を糧に日々頑張るアトムハゲ&ドランクな中小企業の星(嘘)アーチーは、結局何だかんだで嫁とヤレそうになく、ついでに自社工場も傾いてきて、それもこれもイタリアからこの南部ミシシッピへやってきて波に乗ってる元請先の社長ヴァカーロのせいと、一発しでかしてしまう訳だがそんなルサンチマンの塊アーチー以上にヴァカーロがやばし
都会的に洗練されたセンスの持ち主の裏の顔として、その様々な破綻スレスレの行動(ベビイドールへの)が用意されているのだと思うが、それがちょっとサイコパスな域にイっちゃっている様な気がするし、尚且つそれが作者の意図をも越えてる様にも思え、ストレートに教訓めいたモノとしては受け入れがたい。
ベビイドールのハタチへの通過儀礼としての濃過ぎる体験という意味では十分過ぎるが..
なんかモヤモヤするわ
やっぱキャロル・ベイカーがどう見ても19に見えないからか。
Filmomo

Filmomoの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

①アーチー(カール・マルデン)はどちらかというと狂言廻しで、ある一日、それも19才から20才の誕生日を迎えようとする一夜(そしてそれは重要な意味を持つ)ベビイ・ドール(キャロル・ベイカー)がヴァカーロ(イーライ・ウォーラック)と出会ったことで変化することが主題と思われる。幼い女を巡って中年男が取りあうといった話ではない。②アーチーの行動はベビイ・ドールの性に向けられてることは確かで、それは結婚しているのに20才になるまで性交渉をしないという奇怪な取り決めによるものである。ベビイ・ドールは未成熟で(それを象徴するのが、ベビーベッドの柵をはずして指をしゃぶりながら居眠りをする有名なショットだ)、未成熟な人間がそうであるように、その行動は目先のことにばかり向けられており、結婚や夫婦というものに対して全く理解をしていない。この2人と叔母が「内の世界」を作り、そこで奇妙な暮らしを送っている。ヴァカーロは成熟した人間で、「外の世界」からやってくる。「外の世界」からやってきた人間と接することで、ベビイ・ドールに変化がもたらされる。それは恐怖や、憧れや、探求といった感情を呼びさます。一時的に内の世界と外の世界が入れ混じり、混沌とした状態になるが、外の世界と触れたことによって、ベビイ・ドールは生命の躍動を得る。③結末のベビイ・ドールの台詞と表情は不確実性の中に自由を見出したものだ。この映画は男の目線で、語られることが多いが、ベビイ・ドールの目線で見れば、アーチーもヴァカーロも全く違う存在に見えてくる。アーチーはベビイ・ドールにとって理解できない「夫婦」「結婚」というシステムを振りかざす「そこにいる邪魔な男」であり、「自由を束縛する男」。アーチーはそのシステムの上にいれば安全だと思い込んでおり、ベビー・ドールは自分のものに間違いないと過信している。この2人の間には大きな隔たりがある。一方、ヴァカーロはあらゆる感情を呼びさまし、刺激をもって興奮させる「自由をもたらす男」。ヴァカーロが去った後、ベビイ・ドールは最後に叔母に向ってこうつぶやく。「明日が来ればきっと分かるわ。(ヴァカーロが)私たちを覚えてくれているか、忘れてしまったか」。この言葉はこの一晩で成熟の階段を一歩踏み出したベビイ・ドールを表している。キャロル・ベイカーはこの1作でスターとなったが、同時にアクターズ・スタジオ出身にもかかわらず、イメージが固定化され、セクシー系の仕事しかなく随分悩んだという。その後イタリア映画界でそういう仕事ばかりこなすようになるまで彼女の中で様々な葛藤があったと思う。ベビイ・ドールはキャロル・ベイカー自身の人生をも変えてしまったのだ。