忠臣蔵 花の巻 雪の巻の作品情報・感想・評価

「忠臣蔵 花の巻 雪の巻」に投稿された感想・評価

shibamike

shibamikeの感想・評価

3.5

このレビューはネタバレを含みます

風誘う 花よりもなお 我はまた 春の名残を いかにとやせん

新文芸坐 忠臣蔵祭り自分の中での最後の作品。ここ1週間毎日、忠臣蔵の映画。もう飽きた。おめえら義士じゃねえ!テロリストだ!と口が滑りそうになる。

劇場に貼ってあった解説を読んだところ、この映画は東宝の創立30周年記念作品とのこと。「その会社がある程度の規模に成長し、営業的にも、俳優の陣容においても充実しているときに、全社を挙げての大作、顔見世興行として映画化されることが多いのである。特に日本映画の主流を成す時代劇の分野においては、自社に属する俳優の充実がなければ企画されるものではなく、〈忠臣蔵〉の映画化は各社にとっては悲願の一つであったのである。」(以上、解説原文の一部抜粋)
忠臣蔵映画の多くがオールスター映画である理由はそういうことだったのか。そして、自分の大きな認識不足。それは一昔前は日本映画の主流は時代劇であったこと。今とは決定的に感覚が違う。いつの間に時代劇は主流から退いたのか。アメリカ映画から西部劇が減ったのも似たようなものだろうか。いやはや諸行無常。

さて、本作の内容についてですが、話言葉が現代調で内容理解は容易でほっと一安心。

オープニングクレジットで絢爛なバックに各俳優・女優の名前が達筆な字で流れる中、最後に登場するのが「三船敏郎」。一人スクリーンど真ん中に名前がデデンと出る。特別扱いというのが匂ってきそうなほど伝わり、隣のご老人なんかはむせていた。

御公家様が宿泊した宿に町民達が押し寄せて、あるものを分けてくれと宿屋に訴えるのだが、何と「風呂の残り湯」。飲むのではなく、家の風呂に分け湯するとご利益があると信じられていたらしい。ひぇー。で、登場する御公家様方が我々の想像している通りのマロって感じの人らなんである。志村けんのバカ殿が笑えなくなりそうだ。

地球儀が登場したりもするが、武士と地球儀というのがとても不似合いに感じた。

すべてはお前のせいだ!の浅野内匠頭を若大将 加山雄三が演じるのだが、非常に良かった。メチャクチャ生意気なんである。吉良の前で膨れっ面をしたり、すねた子どもなのである。あれは自分でもムカつく。吉良に少し同情しちまったぜ。監督の指示か、加山雄三の解釈なのか、加山雄三が当時天狗だったのか、よくわからないけど良い浅野内匠頭だと思った。ちっとも同情できなかった(笑)。
畳を500畳新調するとか職人が頑張っていたが、あの時点で家来やみんなでもっと強く言うべきだった。「今後、どんな意地悪されるかわからんから、今回は吉良にお金払いましょう。」と。所詮、たらればであるが。
松の廊下での刃傷沙汰を知った浅野大学が兄を恨む描写があるが至極当然だと思う。広島に幽閉されるしね。

吉良の方も憎たらしくて良かったのだが、本作では露骨に金と色を貪欲に貪るという人物像で悪党感がシンプルだった。あんな老人になったらヤバイ!
吉良が浅野内匠頭に金を渡せばいじわるやめたるよ、と言っていたのは少し親切だなと思った。

松の廊下で刃傷沙汰が起こり、赤穂藩へ事態を連絡するため、駕籠を走らせるのだが、自分はいつもこの駕籠がどうやって4日程度で江戸から赤穂まで行けるのか疑問だった。しかし、本作を観て疑問が解消された。駕籠を担いで走る人達は、走る区間が決まっていて、ひたすら中継していたのである。だから昼夜休まずに目的地へ向かうことが出来るということだった。ただ、中継先がどうやって気付くのかという疑問がまだ残る。

赤穂城開け渡しの準備で赤穂城の文書を燃やす描写がある。自分は常々いろんな文化や何やかんやがどうして現在まで伝わっていないのか不思議に思うことがあるが、こういった文書の破棄なども原因なのだろう。弱い者やしくじった者は文書や文化まで淘汰されてしまう。

劇中で「西へ上る。東へ下る。」とみんな喋る。今だと東京へ行くことを上京と言うし、お上りさんなんかと言ったりもする。昔は京都に天皇がいたからだろうか。天皇がいるところが高いのか。

大石内蔵助の廓遊びで、小さい女の子がたくさん登場する。今なら児童ポルノや何やかんや言われるだろうな、と思った。と言うか、本当にあんなに小さい女の子があんなに働いていたのだろうか?

大石内蔵助が江戸へ向かう途中の宿でオランダ人が登場し、息子の主税が「オランダ人が我々のすることを観ても、義のための行為と理解してくれるでしょうか?」とポツリと洩らす。若者のセンシブルな感じが出ていてようござんした。オランダ人は多分、チューリップと風車のことしか考えていないだろう。

南部坂雪の別れのシーンは最高に良かった。大石内蔵助だけスパイの存在に気付き適当なことを言い、浅野奥方の怒りを買う。そして、焼香さえ上げさせてもらえない始末。その夜、吉良邸討ち入りを奥方が知り、悔やんで泣く。この流れいいねぇ!

討ち入り前の集合場所のシーンが結構長く時間を割いていた。誰が言っていたか忘れたけど、敵前逃亡する仲間を受けて「人として大義を知ることと、することとは違う。」という台詞がカッコ良かった。命を捨てる前には色々感じやすく、思いやすく、不安定になるのでしょう。捨てるんだもの。

いよいよ吉良邸討ち入り。雪は止んで、自分はガッカリ。討ち入り中に火鉢の火を消す描写があり火事に配慮していたことが勉強になった。
三船敏郎の役って必要だったのであろうか?三船敏郎を登場させたいためだけの印象。チョイ役という訳でもなく重要な役でもない。まさに忖度が働いている感じ。中島そのみがちょっと出るが、いい役者だねぇ~。

パッと観た感じ忠臣蔵と言うと、忠実な家来達による主人の仇討ちと単純に済ませがちだが、中身を観ると幕府の御政道に抗議するためという大義名分があることが分かる。喧嘩両成敗の法度があるにも関わらず吉良に処分無しはおかしい!御家再興も拒否され浅野家ばかりメチャクチャだ!我々が天下に代わって裁きを下す!幕府の方々、あなた方の裁きが片手落ちであったため、不満を持つ人間が大暴れしますよ、今の御政道には問題がありますよ!というところであろうか。御政道への抗議と主人の仇討ちが一致しているのですね。

御政道への抗議という大義名分があるからこそ、赤穂浪士47人は復讐心のみで動いたテロリストではなく、天下のためを思って行動した義士として21世紀になっても我々の知ることとなっている。命を掛けての御政道への抗議。命を掛けての主人の仇討ち。

映画と史実では随分事実関係が異なるそうだから、事実は知りたいような知りたくないような。
普通に面白い。
討ち入り前の各人の描写も丁寧に描かれてて良いし、討ち入りも勢いがある。
木槌振り回して屋敷で暴れるとこなんて良い。
【本当の黒幕は水戸徳川家の三代目藩主である徳川綱條(とくがわつなえだ)だ!!の巻(笑)】

いやあ~~~~っ、最近、めっきりと寒くなってきたねぇ~!!

まだ平均気温で20度近くもあるのに、こんなに寒く感じちゃ、真冬なんてどうなっちゃうの?・・・って、毎年この時期になると言ってるかもね?(笑)

それでね、寒い時期って言えば年末恒例の赤穂浪士の討ち入りが放送されるのが定番で・・・中でも傑作だと思うのは1962年に公開された『忠臣蔵 花の巻 雪の巻』!!

【Youtube ”予告編”】
https://www.youtube.com/watch?v=qxglH2ljJBU

これって出演してるキャストが非常に豪華っ!!

先代の松本幸四郎、原節子、三船敏郎などなど・・・きゃあぁぁぁぁ~~~って胸がときめいちゃうくらいの素晴らしい配役で・・・実際、海外でも未だに評判がスッゴク高い傑作なのです!!

そういえばさ、討ち入りした赤穂浪士の墓って京急品川駅の次の駅、今度新しく山手線の新駅ができる泉岳寺にあるよね??

その泉岳寺と言えば泉岳寺駅出口横にある藪蕎麦って店の餅が入った”力蕎麦”が有名だけど・・・赤穂浪士(あこうろうし)の大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の息子である大石主税(おおいしちから)とは何の関係も無い事でも有名だったり?(笑)

そんな泉岳寺の近くには松田聖子さんが神田正輝さんと離婚して、歯科医の方と再婚された際の披露宴で使用した新高輪プリンスホテル(現:グランドプリンスホテル新高輪)があったりして・・・

そういえばさ、グランドプリンスホテル新高輪にはバイキングレストランがあって・・・松茸ご飯やローストビーフとかのディナーで大人1名5,600円取られるんだけど・・・それならやっぱり同じ料金の品川プリンスホテルのカニ食べ放題に行った方が良いよねぇ~って、ただ、無性にカニが食べたいだけだったりしてね(笑)

それでね、バイキングってのは誤って認識された名前で、食べ放題レストランって本来はブッフェ(Buffet)レストランってのが正しいんだよね!!

このバイキング=ブッフェって誤って広まっちゃった理由が日本で初めてブッフェスタイルを取り入れた帝国ホテルのレストランの名前が”インペリアルバイキング”だったからで・・・いやあ~~~っ、ホント、帝国ホテルって歴史もステイタスもさいこ~~~っ(笑)

でもさ、Buffetって広義なニュアンスで、奪い合うって意味もあるよね??

なのでホント・・・食べ放題って正しくみんなが奪い合う戦場だよねぇ~って、全く関係ないって・・・そりゃ失敬(笑)

って・・・ここまで気が赴くままに書いてきて、そろそろ本文に入らなきゃいけないのに・・・どんどんかけ離れていっちゃう(泣)

うわぁぁぁぁ~~~っ・・・どーしよぉー・・・!!←カリオストロの銭形風に(笑)

って、思いながらも・・・ま、いっかぁ~~~~って(笑)

あはは・・・そう思いながらも、本作に関しては前から凄く言いたい事が沢山あるので・・・超天邪鬼的に考察を踏まえて面倒くさいレビューをしちゃいますので・・・

いつも食べ放題の店に行くと目移りしちゃって皿に乗り切れないほどの料理を盛り付けてしまい『こんなに盛るんじゃなかった』と、こぼさないようにヨタヨタ歩きをしながら自分の席へと向かう方、もう食べられないって思いながらも『デザートは別腹♥』と全種類のケーキを網羅してしまう方、なのにタイムサービスでステーキが告知されると必ず『2枚下さい』と言ってから後悔してしまう方、カニを目いっぱい食べたいので盛ってきたのは良いけれど『むうちゃん、お願い♥』と言われたら喜んで殻剥きを全てやってあげてしまう方以外は・・・このレビューを読んでしまうとお腹がパンパンに膨れてしまうので即座に退出してください!!

Volo manducare cancer!!Volo manducare cancer!!

さあ、みなさん、カニ酢で手がベトベトになる準備はできてますかぁ~~~・・・では、行きますよぉ~!!

【本文】

それで忠臣蔵ってさ、不当な扱いを受け自害させられた浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の無念を晴らすために家老である大石内蔵助(おおいしくらのすけ)ら47人(46人という説もある)が、仇である吉良上野介(きらこうずけのすけ)を討つって話だけど・・・

あれってさ、普通に考えればマナーがなっていない浅野内匠頭が悪いんじゃないの・・・って、思っちゃってたり??

ほら、吉良上野介ってさ、地元では名君と呼ばれるほどの民衆想いの旗本だし、清和天皇(せいわてんのう)を由来とする源氏系列であり、上杉家とも婚姻関係で結ばれた由緒正しい家系であるので、作品にあるような無茶な非道はできなかったと思うんだよね!!

そんな朝廷とも縁が深い吉良上野介は奥高家(おくこうけ)として朝廷と幕府との調停役として大任を果たしてきたこともあり、朝廷行事の折りには吉良家が欠かせないほどの重鎮でもあって・・・

そんな吉良上野介が朝廷勅使のご馳走役の礼法指南役として、浅野内匠頭の指導にあたったのは、初回の天和3年(1683年)と、江戸城本丸の松の廊下での刃傷沙汰を起こされた元禄14年2月4日(1701年)の二回あったんだよね!!

流石に二回目だから浅野独りでも大丈夫だろうと、吉良が朝廷の接待時に朝廷と幕府との調停役である奥高家の所用で遅参してしまったのも仕方なかったんじゃないのって思っちゃったり??

そう考える理由は、もし実際の朝廷への接待時に問題が起こったら、それはご馳走役指南役の吉良上野介が一番責任が重いわけで・・・そうなっちゃったら最低でも領地没収、最悪だと吉良家取り潰しで切腹の沙汰が下るのは子供でもわかる事だよね??

でも、現在まかり通っているのは、吉良上野介が浅野内匠頭を虐めて嘘を教え続け、浅野内匠頭が失敗するように仕向けたという説で・・・素直に考えれば万が一、そのように吉良が仕向けたら吉良自身とお家その物の危機に直接、発展する重大事とすぐにわかる事なので、そんな危険な行為を行うはずがない!!

でも現在の通説はあくまでも吉良を悪者とした説が有望で・・・そんな定説って事実を捻じ曲げた虚構だと強く思うんだよ!!

そう思っていても、浅野内匠頭が吉良に切りつけた歴然とした事実があるので悩みどころなんだけど・・・

正直ね、浅野が本当に吉良を恨んでいて殺すつもりなら、短い脇差で切り付けるなんて、殺害できる可能性が低い方法をとるとは思えなくて・・・

脇差なら切るのではなく、突く事でしか確実に相手を殺せないのは曲がりなりにも武士なのでわかってたはずでしょって!!

それが切りつけただけ・・・なので実際は吉良の額と背中に軽微な切り傷を負わせただけで終了!!

この事実から、浅野内匠頭に吉良上野介を殺すつもりはなかったんじゃないのって思っちゃうんだよね!!

なので刃傷沙汰を起こしたホントの理由ってさ・・・ただ単に抜刀厳禁の江戸城・・・しかも本丸内で騒ぎを起こしたかっただけとか・・・

でもそれでは吉良に切りつけた動機がはっきりしないよね??

松の廊下事件後の幕府の取り調べでも明確な動機は一切出てこなかったし??

そこで天邪鬼な私は考えました!!

ホントは浅野内匠頭ってさ、吉良上野介に恨みなんてなかったんじゃないの??

でも地位が高い人にそそのかされたので、短気で思慮が足りない浅野内匠頭が行動に移しちゃったとか??

こうした陰謀って誰が一番得をするかで・・・その一番の受益者が黒幕って事が多いよね??

それから考えてみても、浅野内匠頭は切腹、お家取り潰しになっているので得をしてない。

じゃあ幕府内のだれかって考えるけど・・・幕府が朝廷勅使を接待している以上、そのような不祥事が将軍の居城である江戸城で起こったとなればホストである将軍綱吉(つなよし)のメンツが丸つぶれになるので・・・将軍をトップに掲げる幕府側が仕組んだとは考えにくいよね??

でもさ、もし仮にメンツを潰された将軍に対立する組織が幕府内にあったとしたら、十分に動機として成立しちゃう。

そんな反将軍側の人間が浅野内匠頭をそそのかした可能性を視野に入れ、彼らに動機は無いものかと色々調べてみるとかなり意外な事実が判明しちゃいましたっ!!

実は浅野内匠頭って統合失調症(自閉症と認知症の合併症状)の気があったようで・・・癇癪持ちで気が短く、本来ならとてもじゃないけど御馳走役など大任を任せられる人物では無い事実が発覚・・・って、最初からそんな人を候補にしちゃ駄目じゃん!!

そんな疾患を抱えた人物ならば不満が沢山あるだろうから、そこを突いてそそのかせられれば・・・まあ、比較的簡単に事を起こしちゃうよね??

そんな彼が事を起こした後は、口封じで殺してしまえば良いしね。

そういう無茶が可能なのは・・・反将軍側に組し、反対意見を強引にねじ伏せられる江戸家老職にいる人間でしかありえないって事になる。

でもその場合の問題は、もしそんな幕府の重鎮が浅野内匠頭と頻繁に接触していたのなら、どんなに秘密にしていたって浅野家家臣たちには確実に知られてしまうよね??

そこで、浅野内匠頭や家臣たちには『切りつけた事後に効果的なプロパガンダを展開するので御家安泰、命も職位も名誉も保証する』とか、甘言を弄してたんじゃないのって??

そのプロパガンダが忠臣蔵だって感じちゃったり??

ほら上野本所の吉良邸討ち入りが元禄15年12月14日(1703年1月30日)なのに、その一か月後の翌年、元禄16年(1704年)の正月には江戸山村座の『傾城阿佐間曽我(けいせいあさまそが)』という演目を現在の忠臣蔵そっくりな内容に書き換えて歌舞伎となって庶民に大流行!!

これってさ・・・TVやラジオが無かった時代なのに事件の詳細が伝わるのが早すぎるって思うんだよね!!

そんな『傾城阿佐間曽我』の作者は、福井藩士と越前(福井県と岐阜県の一部)藩主の松平忠昌(まつだいらただまさ:1598年生~1645年没)に仕えた御殿医(ごてんい=医者、御典医とも)の娘との間に生まれた、有名な歌舞伎や人形浄瑠璃の作者である近松門左衛門(ちかまつもんざえもん:1653年生~1725年没)で・・・

ほら、近松門左衛門の母方の実家が御殿医してた松平忠昌って、徳川幕府を築き上げた徳川家康の実子である、結城秀康(ゆうきひでやす:1574年生~1607年没)の次男であり、将軍を立候補できる御三家には劣るが名家である、徳川直系の御家門家(ごかもんけ)!!

そんな徳川家と松平家と深く関わりのある人物が、タイムリーに詳細な内容を盛り込んだ作品を発表して上演する・・・これって明らかに、インサイダー情報を入手できていたとしか思えないぞ!!

でもこれだけでは幕府側にいると思われる近松門左衛門に情報をリークした人物を特定することはできないよね??

ではこれからその黒幕は誰かを考察してみましょっ!!

実質的な犯人である隠れた黒幕を特定するにはそもそも論で・・・

いったい誰がそんな統合失調症を患っている浅野内匠頭を、日本の権威の頂点に君臨する朝廷勅使への御馳走役に任じたかって事を突き詰めれば、自然と幕府内の反将軍派の黒幕へとたどり着くよね??

でも誰が浅野を御馳走役に任命したのかって記述が史実には無い!!

でも素直に考えれば、表向きは徳川家が服従する朝廷からの勅使(天皇の代理人)の接待役を選ぶって事は、徳川家将軍の代理人を選ぶのと同じ意味なので、絶対にトップの人間が集まって選定するよね??

なので関わっていたとすれば、将軍綱吉と尾張徳川家、水戸徳川家、紀州徳川家の御三家と重臣達しかいない!!

これはあくまでも推察なんだけど・・・当時、”生類憐みの令(しょうるいあわれみのれい)”のお犬様将軍の綱吉は後継者問題で悩んでいて・・・将軍側には徳川家の人間を次期将軍に推している吉良と上杉家がいて・・・対立していたのは天皇家の血族を将軍に迎え入れたい水戸徳川家と近衛家(このえけ)だったようで・・・そういう状況下で反将軍派たちが一番崩しやすい吉良を絡めて問題を起こさせて、将軍綱吉の権威を失墜させる事で自分達が推す人物を将軍にしようと画策するのは自然な事だと誰しもがそう思うよね??

これで黒幕は水戸徳川家か、近衛家の誰かって事に絞られて・・・近衛家は御三家でもないし、何の利害も見当たらないので除外するとして・・・一番怪しいのは水戸徳川家だって事になる!!

水戸徳川家は代々、将軍を輩出しない代わりに実利を得る家訓でやってきたのだけど・・・名君であり、日本初のラーメンを食べた人物である光圀公(黄門様)の浪費癖もあって、危機的な財政難に陥っており、その財政改善に自分たちに都合の良い人物を後継者に据えたかったんじゃないのかなって!!

そんな水戸徳川家って、TVとかで水戸黄門が未だに大人気で・・・

あれって将軍は輩出していないけど、水戸藩には将軍を超える民衆思いの名君がいるって、世間にアピールしたい水戸藩のプロパガンダとしか思えない節があるし・・・

これってさ、忠臣蔵と同一の戦略と思考を持った組織が関与してる・・・そんな雰囲気がプンプンしてるのをみんな感じる事が出来ると思う。

そこで先ほどの現代に通じる忠臣蔵の元となった本を書いた、近松門左衛門の存在が浮かんでくるのです!!

近松門左衛門の母方の実家は、徳川直系の御家門である松平忠昌の御殿医をしてたでしょ??

なんとその松平忠昌は、水戸徳川家の祖である徳川頼房(とくがわよりふさ:1603年生~1661年没)と同じ、徳川家康の側室だった英勝院(えいしょういん:1578年生~1642年没)の養子となっていたのです。

ならば水戸徳川家と越前松平藩は、二人が亡くなった後も親密な関係を維持していたと推察できて・・・

そんな越前松平藩で御殿医をしていたのならば、水戸徳川藩の藩主や重臣を診る機会があっただろうし、御殿医の息子である近松門左衛門にも水戸徳川藩との繋がりができたであろうことはまず間違いないと思えるよね??

これでプロパガンダを展開した近松門左衛門は、黒幕と思われる水戸徳川家と関係があった事が分かった!!

それで残ったのは、実際の黒幕は水戸徳川家の誰なのかって問題だけで・・・

江戸城内での諸大名や他家老たちの意見を封じ込められる強力な影響力と発言力を有し、水戸徳川藩でも絶対な権力を持っている人物と言えば・・・

二代目である徳川光圀(みつくに=黄門様)を亡くした後、世継ぎに収まった三代目藩主である、徳川綱條(とくがわつなえだ)が、全ての条件を満たした黒幕でしかありえないって結論になるよねっ!!

ホント・・・陰謀って、どの時代でも怖いもんですなぁ~っ!!

それで、幕府側は水戸徳川家の徳川綱條って事で納得できるけど、一方の朝廷が黒幕である可能性も考えられるよね??

単純に考えれば朝廷は接待された側なので、今件のように問題が起これば幕府に貸しができるし、幕府に対し、より朝廷の立場を強いものにできるので、権威が失墜して見せかけだけの権力しか持たない朝廷側には十分すぎるほどの動機があるよね??

更に当然、水戸徳川家から次期将軍は天皇家から輩出したいと知らされていたはずなので・・・そんな朝廷にも陰謀を企んだ人間が居そうな雰囲気がプンプンと(笑)

それに浅野が松の廊下で切り付けた吉良上野介は前述したように将軍派だったわけだし、朝廷と幕府との調停役としても従事していたから刃傷沙汰が起こる前から東山天皇(ひがしやまてんのう)に恨まれていた可能性もあって・・・

そんな邪魔な人間を朝廷側が煽って、単純な浅野内匠頭に秘密裏に依頼して問題を起こさせたって事も考えられるよね??

確かに史実によると、勅使がいる江戸城内で刃傷沙汰が発生したとの知らせを聞いて一番喜んだのは東山天皇で・・・

普通に考えれば『あなたが犯人でしょっ、じっちゃん(金田一耕助)の名に懸けて!!』・・・って、言いたくなっちゃう(笑)

でも残念ながら東山天皇がそこまで喜んだ事実が、逆に朝廷の関与を否定していて・・・

もし犯人ならば疑いをかけられないように大人しく、悲しげにしてるべきなのに、史実に掲載されちゃうくらい盛大に喜んじゃったって事が逆に・・・

疑いを掛けられても問題ない=陰謀を企んでいない=黒幕では無い、

って、事に繋がって、朝廷派の容疑が晴れてしまうんだよね!!

と、いう事で結論は・・・

水戸徳川家の三代目藩主である徳川綱條が犯人で確定!!

って事で・・・ちゃんちゃん(笑)


あはは・・・状況証拠だけだから何も物的証拠はないわけで・・・でも、だからこそ歴史は面白いっ!!

そして・・・未だにそんな大昔の人間が仕組んだプロパガンダをうかうかと信じてる私達って・・・生活とモノは豊かになったけど人間の脳力(能力ではないぞ)としては退化しちゃってるんじゃないのかな~~~~・・・なぁ~んて思っちゃったり??

でも・・・ま・・・それでもいっかぁ~~~って思っちゃったり?(笑)

あはは・・・今回はいつにもまして面倒くさい内容だったけど愉しんでもらえたかな??

って、こんなにウダウダ長文を書いたら、誰もここまで読んでないって!!

ま・・・それもまた、いっかぁ~って思う・・・むうでした!!