このレビューはネタバレを含みます
ロサンゼルス。
ガムをクチャクチャ、タバコをスパスパしながらオンボロタクシーを運転する若い女性ドライバーのコーキーは、空港でヴィクトリアというマダムを乗せる。
彼女は映画のキャスティング・ディレクターで、新人女優を発掘するのに手を焼いていた。
粗野でマイペースだが、どこかユニークなコーキーに、ヴィクトリアはある可能性を見出す。
ニューヨーク。
ブルックリンに帰りたい黒人のヨーヨーはタクシーを拾おうとするが、何度も乗車拒否されてしまう。
そこへ覚束ない運転で現れたのが、アメリカへやって来たばかりのドイツ人ドライバーのヘルムート。
ヘルムートのあまりの運転の下手くそぶりに呆気に取られたヨーヨーは、自分でタクシーを運転することになる。
パリ。
横柄な乗客に腹を立て途中下車させてしまったコートジボワール人のタクシードライバーは、その後盲目の女性を乗せることになる。
簡単な客だと高を括っていたドライバーだが、女性はかなり気が強く、またしてもイライラさせられてしまう。
が、次第に彼女の物事の本質を見抜くような言動に惹かれていく。
ローマ。
一方通行も無視し、無線相手にもうるさく喋りまくるマイペースなジーノは、タクシーを探す神父を見つける。
何となく不吉な予感を抱いたジーノだが、結局は彼を乗せることになる。
そしてせっかく神父を乗車させたのだからと、彼は一方的に懺悔を始める。
ヘルシンキ。
無線連絡を受けて駆けつけたミカは、三人の酔っ払いの労働者を乗せることになる。
どうやら酔いつぶれた男の一人は、今日が生涯で最悪の日だったらしい。
するとミカは本当の不幸とは何なのかを彼らに話し始める。
ジム・ジャームッシュ監督作品らしい機知に富んだ会話が楽しめる作品だ。
夜のタクシーというありふれた舞台設定だが、見知らぬ者同士が出会うタクシーという空間には人生の分岐点が多数用意されているのかもしれない。
人生は何が起こるか予測できない。
突如人生を変えるような大きなイベントが、何の前触れもなく訪れる可能性もある。
コーキーにとってヴィクトリアとの出会いはそのひとつだった。
臆せず未知の世界に飛び込むべきか、それともコツコツと地道に自分で示した目的に向かって進むべきか。
どちらが正解かは分からない。
飛び込んだ先には薔薇色の道が開けているかもしれないし、地獄が待ち受けているかもしれない。
じっくり考えているうちにチャンスを逃してしまうこともあるだろう。
はっきり言えるのは、自分の人生の責任は自分にしか取ることが出来ないということだ。
ロサンゼルスのエピソードは地味ではあるが、個人的にはとても大きなドラマが展開していたように感じた。
ニューヨークのエピソードも面白かった。
意志の疎通はジム・ジャームッシュ監督の作品の中で常に大きなテーマになっているように思う。
一番分かりやすいのが言葉の壁だろう。
『ゴースト・ドッグ』でもフランス語しか喋られないのに、何故か殺し屋と通じ合えるアイスクリーム屋が登場していたが、このパートのヘルムートもかなり英語はたどたどしい。
会話が通じない部分はあるものの、何故かヨーヨーとヘルムートは互いに惹かれ合う。
コーキーとヴィクトリアもまったく正反対の境遇だったが、だからこそ惹かれ合う部分もあるのだろう。
一方、ヨーヨーと義妹のアンジェラはいつもお互いを口汚く罵っている。
傍から見れば二人は似た者同士なのだが。
ヘルシンキのパートでも酔っ払いの男二人は言い争いをしていた。
ただ、仲が良いほど喧嘩をするというように、罵り合うこともまたひとつの意志の疎通の方法なのだ。
喧嘩する相手でも、いるだけマシなのだろう。
そう考えるとずっと一方的に話し続けるジーノは実はとても孤独なのかもしれない。
神父は明らかに体調が思わしくない。
それなのに神父が咳き込むのも気にせずに、タバコを吸い続ける。
そして神父に異変が起こっていることにも気づかずに、ずっと訳の分からない懺悔を捲し立て続ける。
神父が発作により亡くなった後も、彼への気遣いなどまるでなく、自分の保身のことしか考えない。
かなりコメディ色の強いパートだが、冷静に考えるとジーノの行動が一番怖い。
盲目の女性の全身で色を感じるという言葉が印象的だった。
タクシードライバーの男は確実に彼女に性的な魅力を感じている。
が、教養のない彼は彼女の気を引くような会話をすることが出来ない。
そして彼は盲目の女性が去った後に事故を起こし、相手の運転手と罵り合うことになる。
ラストのヘルシンキのパートは一番地味だが、じんわりと心に響いた。
人生には何度かどん底を味わう場面がある。
が、諦めずに生きている限り、必ずどこかに光は射す。
共通したテーマがありながら、それぞれにまったく個性の違うエピソードを堪能出来る作品で、観終わった後の余韻も長い。
やはりジム・ジャームッシュ作品は定期的に観返したくなる魅力に溢れている。