アメリカン・スリープオーバーのネタバレレビュー・内容・結末

アメリカン・スリープオーバー2010年製作の映画)

THE MYTH OF THE AMERICAN SLEEPOVER

上映日:2016年08月27日

製作国:

上映時間:97分

3.7

あらすじ

「アメリカン・スリープオーバー」に投稿されたネタバレ・内容・結末

みんな好き勝手にす〜〜ぐキスしたいとかしないとか言ってさあ、若いからもっとやれって感じ!!エンディング曲最高だった
なんとも言えずよかったな。まさに彼らが過ごしていたような、短いようで長い、ちょっと普通じゃなくなってる深い夜の時間をこえて、魔法が解けたあとのような早朝の帰り道思い出した。招待状にメッセージ残しちゃったが故プールボーイが朝ごはん持ってプールガール訪ねるシーン気持ちよすぎて、可愛くて、好きすぎて超笑ってしまった。
自己愛と思春期特有の万能感が観ていてくすぐったい...
デヴィッド・ロバート・ミッチェルはアメリカのだだっ広い道路を徘徊するのが好きなんだなきっと。
色彩も構図も美しく、Beirutなどの選曲も良かった。
彼女の言葉と表情の向こうで何が見えているのだろう、とか、その彼女の言葉と表情の向こうを探っているはずの彼には何が見えているのだろう、とかをそれぞれに繰り返して瞬間の見え方を想像しながら、それは予感によるものなのだろうな、見えてる世界はひとりひとりに、映されてないことや起きてないことに巡らす気持ちを、じっくり映された表情から思わされた。双子の姉妹のとこ悶えて自分の顔面殴ったし、ピアスの彼女の言葉、予感を予感としていたい気持ちと思ったら、思いだしてしまういろんな記憶があった。そして、いいこともわるいことも予感でしかないものまで巻き込んで見えてる今こそを自分にとっての世界と思えば、一晩にどれだけのことを起こせてしまうのかとあらためて思って、めちゃくちゃドキドキしてたいずっと。
何が開かれることも、始まるわけでも(大きくは、)ない物語。
夏の終わりって、国関係なくなんとなくもの悲しいような口惜しいような、それらを力尽くで引き剝がしたいような気持ちになるのかもしれない。

新学期を前にした夏休みの終わりの一日。
町ではあちこちで〝お泊まり会〟が開かれる。
ある少女は背伸びをし、年上の男性が与えてくれる刺激を求める。
新学期に向けて友人を作ろうと参加した少女はそこで彼氏の浮気を知り、浮気相手の少女への復讐を決行する。
少年は一目惚れの少女を探し歩き、しかしその間にひとりの恋を踏みつぶしたように見えた。
少年はそれを気付かないまま新しい恋を始めようとしている。

アメリカってみんな家が広い!そして靴で歩き回っているのにけっこう気軽に床で寝てる!大らかだ。なんたって男の子たちが集まってAV?というよりちょっとえっちな場面もあるコメディミステリのようなものを家の人がいるのに見てるって!あの女の人がお母さんなのかベビーシッター的なお姉さんなのか(アメリカって子供を一人にしちゃいけないっていうから、、、あんだけ子供いたら逆に大人がいないと不安すぎる)が不思議な存在だった。この人はどの人のどういう関係の人なのかっていうのが二回に分けたからか、私の見分けのつかなさからかよく分からないぞと思うところがあった。そしてキスのハードル低いのか高いのか、と考えてしまった。
お話を追うというより、その中の一人のような気持ちで参加して空気感を肌で楽しむ映画だった。夏にまた観たい。
これは確かにみた方が良かった群像劇
この話だけでなくて、桐島とかもそうだけどさ別に何かしらの事件がめっちゃくちゃおきるとかじゃなくて良いんだよなぁ
数人の視点でのある一日?一夜かな
スリープオーバーがある種パーティみたいなのってなんとなくアメリカ感
10代くらいの感情をぎゅっっっと詰め込んで・・・でもまぁ感じたものが正解とか知らないんだけど、正解ないと思うし
男の子のパートは少し泣けたなぁ
女の子のダンスがダサくてよき。青春
新学期を目前に控えた夏の終わり、マギーはプールサイドで自分の夏の“物足りなさ”をなげき、もっと「楽しい“なにか”をするべきじゃないか」とぼやいていた。
翌日に街で開かれるパレードで、仲間たちとダンスを踊ることになっているマギーは、ダンス仲間からその日の夜開かれるスリープオーバー(お泊り会)に招待される。
しかしお泊り会を子供っぽく思ったマギーは、友達の家へ顔を出す前に、知り合いから教わった年上のパーティに乗り込むことにする。
そしてマギーはそのパーティで、昼間プールで見かけた年上の男と再会する。
一方その夜、街では他にもいくつかのスリープオーバーが同時に開かれていた。
その中で少年は一目惚れした女性を捜し、少女は友達の家で彼氏の浮気を知り、青年は恋した双子の少女に会いに行こうとする。
そして夜が更けるにつれ、それぞれのスリープオーバーが互いに影響しあい、やがて彼らは各々探していたものに手が届きそうになるのだが、、


いろんなティーンがそれぞれのスリープオーバーでいろんなことを経験し、ラストではみんながパレードに集結するっていう。

この作品もなんだけど、登場人物が多すぎて誰と誰が兄弟でとか、誰と誰がカップルでこの女の子は誰の彼氏でとか、いろんなスリープオーバーごとに登場人物が違うから追うのが大変なんだよな。
関係を思い出しているうちに話にのめり込めなくなる。

この映画もティーンもので、ティーンならではの思春期の頃に感じる淡い恋心とか少しでも周りのティーンと差をつけたいとかキスに焦る気持ちとか好きって気持ちを大事にしたいとか、繊細な気持ちを表すのがすごい上手だなって思った。

でもこういうティーン映画の感想ってこんな感じにしかならないよねって最近思った。結局どれも似たようなことを言っているのだけど、今作は大人が一切出てこなく、それこそティーンの気持ち尊重感が良かった。そして画面がずっとモヤのような薄いトーンで統一されているのも良かった。ティーン世代が感じるモヤモヤ感とマッチしているようだった。

スリープオーバーを通して、だからティーンたちはスリープオーバーから何を感じてどうなっていくのかがイマイチ読み取れなかったのでこの点数。
あとキラキラ目立つ存在の生徒もダサ感を抑えきれてなかった。陰キャラの集まりみたいだった。(批判かいそう)
何も起きなかった、眠たくなった
見てて死にたくなりました。
myth ofってことなので、これはごく一般的に創造性のあるスリープオーバーのお話、なんだろうね。
リアリティとの狭間で死にたくなります。