モーゼとアロンの作品情報・感想・評価

「モーゼとアロン」に投稿された感想・評価

イワシ

イワシの感想・評価

5.0
蛇のショットは、フォードの馬、とりわけ『香も高きケンタッキー』での馬の撮り方のテクニックを参照しているとストローブ=ユイレはインタビューで語ってる。
映画は音楽と似ている。それらの運動体の構造が似ている、というべきか。リズムがあり、またその緩急がある。反復がある、が、同じものが反復しているのに時間の経過により、または、音や物語の進行により、違うものが反復するという体感がある。 サンプリングがある、ゴダールやタランティーノの映画をサンプリングの集積と指摘する向きもあるが、僕の無教養な映画史の知識では彼らの映画をそのように楽しめないため、残念である。
このように、僕では言葉にするのがむつかしいため映画と音楽の近接性を論じることはできないが、この映画は、いかに映画と音楽が近い関係にあるのか、映画のなかで表現しきっているように感じた。

シェーンベルクの歌劇を映画化している。つまり音楽と映画を直接的に組み合わせている。であるからなのか、監督である彼(ら)は映画的な表現の叙情を抑えていたように感じた。画だけ観ていると、画をただ撮っていた、としか感じられなかった。俳優(というか歌劇の歌手というべきか)の演技は動きがなかった。シェーンベルクの音楽がすでに感情の起伏を表現しているから、だから映画的な演出は必要ない。このように感じた。また、シェーンベルクの音楽が鳴り止んだラストシーンはとても映画的な表現であったのだ。このラストシーンがこれらの仮説の証拠にならないだろうか。

しかし、この映画の画がないと、シェーンベルクの音楽が楽しめないとも思う。その理由を述べることはむつかしくて出来ないが。


映画と音楽をいかに上手くマリアージュさせることが出来るのか。この映画を観て考えさせられた。
シェーンベルクの12音技法の音楽が凄まじい。合唱パートに地の底からの力のようなものを感じる。モーゼとアロンが民衆に対峙するシーン、やや高い視点から俯瞰するように見下ろし、ゆっくりと止まっては回転して視点を変えるカメラが神々しい…。
初ストローブ=ユイレだが凄さを思い知らさせれたのはシェーンベルクの曲の力。というかその程度の見方しか出来ない。勿論、ストローブ=ユイレがその凄さを映像だか演出だかで引き出しているのだろうけど、具体的に何がどうなっているのかわからない。映像に引っかかるところがない。超潔癖。是非とも劇場で見たい
ストローブ=ユイレの作品でおそらく一番らしくない映画。

というのもこの作品ではシェーンベルクのオペラが原作となっている為全編に亘り音楽と役者の歌が間断なく流れて、しかも時にはキレッキレの踊りまで披露されるので、それまでの作品と比べても特段激しい映画となっている。

それでいてカメラワークやカットはストローブ=ユイレらしい長回しと固定カメラで殆ど構成されているから、厳粛さと激情が混ざり合った特異な作品に仕上がっており、他では中々味わえない体験が出来て奇妙だが面白い一品だった。

しかしシェーンベルクって作曲家も不協和音が甚だしい変わったオペラをよく考えたものである。
紫色部

紫色部の感想・評価

4.0
2018.1.27 アテネ・フランセ文化センター(藤村晶子×渋谷哲也トークショー)

オリヴェイラがよぎった。傑作。
蛇や牛や羊や山羊といった動物の登場-特に馬の撮り方は西部劇をおもわせる-やペドロ・コスタが引用した暗闇の中から物または人が落下するショット等、話や音楽以外にも見応えがある。
個人的には、ストローブ=ユイレの最高傑作のひとつ。
miai

miaiの感想・評価

5.0
天からの降りてくるテキスト「杖が蛇になる」が口を介して発せられると、杖は投げられ、次のカットで、それは蛇となり地面を這いずりまわっている、!、この大胆なカット割りなのだが、もはやこれは編集とかそういったものと言っていいのやろうか…?…杖が蛇に変化するといったことは、本来このように、目から、その視神経から直接的に理解されるような体験なのではないだろうか…
今まで観たこともない映画だった。スペクタクル性を最小限まで抑えて、神の声を聴いているかのようだった。
MinKFJ

MinKFJの感想・評価

4.0
アーノルト・シェーンベルクの未完のオペラ「モーゼとアロン」の映画化

自分のなかで歴史、宗教、思想などの教養が足りていない…と痛感し挫折しそうになるも、完璧な構図、ショットは目を離せないものがあり、黄金の牛の偶像がでてくるあたりから突如サン・ラのライブドキュメンタリみたいに思えてきて、ある種のカタストロフを感じた。
>|