早すぎる、遅すぎる、の作品情報・感想・評価

早すぎる、遅すぎる、1982年製作の映画)

Trop tôt/Trop tard

製作国:

上映時間:14分

4.5

「早すぎる、遅すぎる、」に投稿された感想・評価

tjr

tjrの感想・評価

4.6
超傑作。革命について、回転=停滞から直進=希望へ移行するエモーション。冒頭、一定の軌道を回転し続ける車、から見える車窓の風景の時点で異様に面白い。第1部はフランス革命時の貧困状況が延々と各街と共に語られていくが、360度パンやその中断逆行(たまに垂直・斜め方向の動きもある)、オフの音の近さに痺れる。第2部はエジプト各地の蜂起についてだが、人間が現れることでより豊かな画面に。ゆっくりパンしてくと牛が見つめている、畦道やレーンの動線に沿って/無関係に人物が動く(市場?工場?での無秩序、農村から団地群が現れる喜びetc)、思いがけない出会い、映像自体の力を信じさせてくれる感動的な瞬間の連続。映画館で観れて幸せ。
m

mの感想・評価

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観客と同化した視点を持ちながら観客を試すような映画だと思った
人がワラワラ出てくる長回しの、あのシーンを授業で見て、すごく見たいと思ってたのでうれしい
カメラスタンドって普通360度回るもの?それが気になった
Mitsunoir

Mitsunoirの感想・評価

3.8
冒頭のぐるぐる回って車がカメラ内に入っては出て背景に対しても動くシーンには期待させられた。
が、後半は自然音とテクストを加えた初期映画のようで眠気に襲われ、のんびり動く画面を薄く目を開けみていたら、気が顔に見えたりあるはずのないものにみえた、無意識の解釈!なんつって。読めなかった。
「工場の出口」やグリフィスの「小麦の買い占め」へのオマージュがあった。カメラが動的になり神の視点を獲得するでなく、シネマはあくまで普通の視点として世界を記録するものということか。
osakana

osakanaの感想・評価

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観察し考察するカメラ
その草っ原に寝転がることも畑の中へ潜り込むこともできない
観察者は世界に、エジプトの土地に馴染むことはできない
が、そのことを承知の上で節度を守った距離に立つカメラの、その視点から撮られた土地や人々や動物たちから目を離せない
と思っていたら子供たちが観察者もまた紛れもなく世界の一部であることを知らせる
歴史と土地と人々、撮影時の現在、そして上映される度に立ち現れる数々の現在
何にもわかってはいないけれども、監督二人に両肩は掴まれた
うまる

うまるの感想・評価

4.4
面白過ぎてビビった。至福の映像体験。

建設中のビルと、その下で波に飲まれる藻草。
ぴこ

ぴこの感想・評価

4.0
初ストローブユイレ。アテネフランセにて。難しい!最近では一番考えさせられた。解釈の不可能性。ストローブユイレが特異な映画作家と言われる所以が分かった。
spacegomi

spacegomiの感想・評価

4.8
バスティーユ広場をぐるぐると回り続ける長回しから映画は始まり、のっけから楽しい。解釈の手助けをするような画面の親切心は欠片もなくて、観客にはただその土地を眼差し、テクストと自然音に耳を傾け続けることを要求する。人々の抵抗する姿よりも、地に根ざす風景や生活を、たとえば不意に現れる鳥を、確かな距離を保ちながらゆっくりとしたパンで捉える。『工場の出口』オマージュでは、リュミエールには拾い得なかった音に拘り、人々が画面から立ち去ってもなお、オフの話し声や自然音を執拗に捉え続けようとする。ロングショットとパン一辺倒だったカメラが前進する終盤のシークエンスも泣ける。農民が共産主義革命を起こすには早すぎたが、そこに言葉がもたらされるのは遅すぎた。

自分用メモ:エンゲルスがカウツキーに宛てたフランスの農村部の貧困についての書簡と、エジプトにおける階級闘争の書をテクストとして採用し、それらをオフの声で朗読しつつ、それぞれの地をカメラが捉える、S=Hの最初のドキュメンタリー。もっとも彼らはドキュメンタリーという言葉を嫌うようである。アフレコではなく同録で、英、仏、伊、独の4言語のバージョンが存在するらしい。今回鑑賞したのは仏語版(+日本語テクスト)
暫定的な生涯ベスト1。冒頭のバスティーユ広場を周回しながら、読み上げられるエンゲルスのテクスト、後半のエジプトにおける工場の出口が忘れられない。政治と映画史の奇跡的とも呼べる邂逅。素晴らしいの一言です。