パプーシャの黒い瞳の作品情報・感想・評価

パプーシャの黒い瞳2013年製作の映画)

Papusza

上映日:2015年04月04日

製作国:

上映時間:131分

3.7

あらすじ

「パプーシャの黒い瞳」に投稿された感想・評価

satomi

satomiの感想・評価

3.7
ジプシー映画。

その生き方には、残さないからいいものがある。
それをガジャ(ジプシーではない人)が記録にしてしまう。

時代と共に生きにくくなった人たちの記録であるのかもしれない。

モノクロながら、森を映し出すところには色を感じる。

映画らしい映画のひとつ。
映画男

映画男の感想・評価

3.5
詩を愛でるジプシーの少女と、その一族たち。時代の流れに追われて居場所を失っていくジプシーたちは、苦しくて辛くても持ち前の明るさと想像力で乗り越えていく。艶やかなモノクロームの世界観。ジプシーたちが奏でる幸福的音楽。その空気に浸りながら黄金のまどろみに包まれた俺はやがて睡魔に襲われて……。はい。途中で寝落ちしたけど、おもろかったな。また観ます。
過去鑑賞・GEOレンタル鑑賞
息をのんでしまうほど聡美なモノクローム
魂まで響き渡るような音楽と
時代に翻弄される哀しい主人公の人生
馬の息づかい
風に揺らめくレースと澄んだ瞳
鏡を反映して映し出す階段のショット
このセンスにはため息がこぼれました…
映画館でぜひ上映してほしい。
エイジ

エイジの感想・評価

3.5
ほんとに美しいモノクロ映像。

濃淡だけでの表現だから、映し出されているものそのものに集中できる。色に惑わされないからより深いアートを感じる。無駄がない、秘めた情熱みたいな芯から湧き上がるシンプルな感情、そんなものも感じる。

日本の書道もそうなんだと思う。だから、世界中で認められている。

そのシンプルさとジプシーはリンクする。

才能溢れるジプシーの人達は、迫害されてきたが、その中にはたくさんの逸材か居たんだろうな…😅

この映画の主人公の詩人のように…。
2019年の現在、 このような形態で移動する人たちはいるのだのだろうか
国という枠の中で定住化を求められてるような気がするのだが
2019/1 120in
カラン

カランの感想・評価

4.0
ポーランドにいたジプシーたちの物語。

クロード・ランズマンの『SHOAH』はポーランドに点在した絶滅収容所にいたユダヤ人と付近のポーランド人にインタビューしてまわる映画なので何度も画面に映るのだが、ポーランドの森は本当に深く、その原野は、行ったこともないが郷愁と得体の知れない雰囲気に満ちている。こうしたポーランドの国土を映した映画を観ると、今更ながらクシシュトフ・キェシロフスキが『傷跡』で、禍々しくチェーンソーを唸らせながら刈り取って映画のタイトルのようにドキュメンタリーのタッチで生々しく森林を荒涼とした傷跡に変えてしまったことの意味がよく分かる。これらの映画のように、この『パプーシャの黒い瞳』もまたポーランドというマイナーな領域の、ジプシーというマイナーな人々のエピソードを私たちに物語る映画である。マイナーなものをマイナーなままに語ること、私たちのように何も知らない人間にその固有性を維持したままに理解させること、これは大変に骨の折れる作業であるが、ランズマンもキェシロフスキもそこにチャレンジしているし、そのスピリッツが彼らを偉大な作家たらしめている。では、この『パプーシャの黒い瞳』はどれだけ跳躍できたのか? 率直に言うと、綺麗だがイマイチ、というのが私の感想。


☆映像

途方もなく美しいモノクロームなのだ、例えば、川面の小さな乱反射や、雲の隆起を縁取る光の線や、槍のように伸びた無数の白樺の幹や、雪に覆われた山の斜面の葉が跳ね上がる一枚一枚は。しかし、たしかに静謐な美を湛えてはいるのだが、編集がどうも落ち着かない。一つのアクションで3回、4回とカットが変わる。殴り合いやカーチェイスを撮影してるのでもないし、クローネンバーグの『戦慄の絆』のように一人二役でもないのだから、もう少しショットの力を信じるというのか、落ち着いた編集にして欲しかった。120分を過ぎたあたりに、7〜8分の長回しが登場したと思うが、それを観ると、やっと映画のエモーションに触れて落ち着いた気持ちになったのだが、そこで映画は終わってしまう。

もしかすると、この映画の編集はありきたりさを払拭しようとするブリコラージュであったのかもしれない。この映画の映像は、『SHOAH』のように絶望が原野として広がり森を揺らしている、あるいは、死が野原の樹々や点在する石になった、そんな風景の映像というのではない。オーラルヒストリーを通して、歴史の陰で風化しかけた希望や絶望を風景に乗せて永遠と語り継ぐ、もう語れないと涙を流しても語らないとだめだからと、どうしても語らせ続ける、そんなエモーションの場としての風景というわけではないのだ。あるいは、キェシロフスキの『傷跡』のように被写界深度を限りなく浅くして、森の葉が光と融合するほどに煌めきを放ちながら、同時に、ダークスーツを着た社会主義のチェーンソーでばりばり切り倒されるというコントラストそのものが映像化されているのでもない。この映画のモチーフはよくある綺麗なものでしかない。これがジプシーの原風景なのだと言われても、そうだったんですか、という以上の返事は難しい。この辺のありきたりさは、音楽にも表れていると思う。ブラームスやリストはジプシーたちの音楽を集めて作曲・編曲したが、彼らの曲のようにエキゾチックな感じはしなかった。あるいはテオ・アンゲロプロスの旅の音楽家たちのように、彷徨い行き場を失くさざるをえないほどに賑やかで楽しい感じもしなかった。


☆編集

この映画は編集を過信しているようなのだが、時系列の操作に関してはどうか?

この映画によると、ジプシーは文字で文化を残さないようである。逆に文字に残すということは、ジプシーがジプシーである存在の秘密を、他人に暴露することになる。人間の作る社会は大きくても小さくても、ジプシーですら、自民族中心主義になるようだ。日本は日の出るところ、中国は世界の中心、イヌイットは「人間」を意味するそうだ。必然的に、自分たちの外部は、日の沈むところか、世界の周辺か、人間ではないものとなる。ジプシーすらもが自民族中心主義に陥るとき、文字を持たず、歴史を語らないという外部との断絶こそが自分たちのアイデンティティとなるとき、ありもしない秘密が集団の絆になり、人を縛る制約になるだろう。だからパプーシャの詩がポーランド語に翻訳されて出版されることになったとき、ジプシーたちはパプーシャがジプシーの秘密を漏らす裏切り者として、追放しようとするのだった。村を持たざる者たちが、自分たちの結束の生け贄に、パプーシャを村八分にするのである。

こういうことは、歴史を持たない者たちの歴史として、特に規則性もなく映画の中で断片的に語られる。そして生きるにはあまりに厳しい風景、また記憶の断片、とブリコラージュが繰り返される。時系列をバラバラにしているのは、彼らが歴史を持たない存在だからであろうが、この点に関しても、話はこれでおしまいである。ジプシーがユダヤ人とともにナチスによる全滅作戦の対象になっていたという顧みられることの少ない事実を知るきっかけを与えてくれたことに感謝はするが、特段に歴史を語ることに関する哲学的な、ないしは物語論的な、あるいは詩的な意義は見いだせない。ひとことで言えば、ありきたりなのである。


☆詩

パプーシャは詩人なので、詩にいったいいつフォーカスするのかと思っていたが、なんとも月並みな風景描写と儚い感情を合わせて読んだ、できの悪い万葉集のような断片が引用されるだけで、一番肩透かしを食らった。劇中では、改行もせずに紙いっぱいに、抽象的な言葉を使わずに表現されたものだとする説明が入る。だったらそれを復元して大写しにするくらいしたらどうなのか。散文詩であるならば引用は難しいかもしれない。ただ、ヤン・シュヴァンクマイエルの『アッシャー家の崩壊』はうまくポーの散文の不気味で怪しい魅力を伝えていたし、全編に渡って早口で引用が続くのは、独創的なストーリーテリングになっている。散文の場合は、ある程度の長さの引用がどうしても必要なのであろうし、シュヴァンクマイエルはそれと自分の作風をうまく融合させていた。しかし、それが『パプーシャ』では、たった2行か3行程度を2回ほどの引用でおしまい。詩人の映画で、これはあまりにいただけない。私はパプーシャの詩を読んでみたいと、今はまったく感じていない。ゴッホの映画はゴッホのオリジナルを見たい、テオに宛てた手紙を読みたいと思わせられなかったら、失敗だ。ロックスターの映画はオリジナルアルバムを聞いてみたいと思わせられなかったら、映画として間違ってる。


長々と文句ばかり書いてきたが、そこはかとなく期待はしていて、『ニキフォル』はみてみようと思う。
moviEEE

moviEEEの感想・評価

3.8
「500年出なかった本だろ。あと20年待てなかったか?」ジプシーについて何も知らないってことを知った映画。白黒の俯瞰シーンが静謐でとても綺麗。パプーシャの詩でジプシーの秘密がバレたというがその内容が明示されるわけではなかった。映画に彼女の詩がたくさん織り込まれているかと思ったがそうでもなかった。
Jeffrey

Jeffreyの感想・評価

4.5
‪「パプーシャの黒い瞳」
‬ ‪この手の作品が珍しく某レンタル屋で貸出されており、同ポーランド映画の“イーダ”と近い時期に鑑賞した記憶がある…。まるでブリューゲルの絵の様なカットやモノクロームの美しさに感動し、今回BD画質で改めて観たいと思い「パプーシャの黒い瞳」を購入。もう廃盤になりギリギリセーフで定価で買えた。‬‪冒頭、上空から映された町。妊婦が泥道を歩き川を渡る。木々の細道を馬車とジプシーが歩く。軈て雪道を…炎を囲み陽気な音楽を奏でる…これ程までに旅する姿が悲しみに満ちた作品も無い。正に10年以降に公開された数少ない原風景、風韻に優れ反射効果、仄明かりに満ち、音楽と詩に長けた極上なまでな傑作だ。‬まずブリューゲルの絵の様なカットには驚きと喜びを感じた。やはりポーランド映画を観てるんだなと感じたし、衣装から様々な道具の完璧さ、中でもジプシーの馬車は見事だ。モノクロームと直線的な物語構造じゃないのが個人的に評価。正に芸術映画として制作してる。このジプシーの話す語源を話す俳優はかなり辛かったと感じる。相当な練習をしたのでは?本当に素晴らしいと思う!
砂

砂の感想・評価

3.9
文字や記録(歴史)を持たないジプシーの初めての詩人、ブロニスワヴァ・ヴァイス(パプーシャ)の波乱の人生を綴った作品。
時系列がバラバラで最小限の表現で切り替わるため少しわかりづらい。

パプーシャはジプシーにおけるタブーである文字の読み書きを覚えたことや外部の者とともに暮らしたこと、歴史の不幸もあってまったくありようの異なる2つの世界から孤立してしまう。すばらしい詩情と才能に恵まれながらも、それが表出したことで彼女は不幸になってしまう。
詩人というものは基本的に幸せになれないようで…

ジプシーがどのような人たちなのか、どのような精神文化(世界)か、近代いかに文明社会に取り込まれることになったのか…などが本作で概要がつかめるので、歴史的な勉強にもなる。
作中では後に目の敵となってしまうワルシャワからの流れ者を他所者と言いつつも受け入れていたが、ジプシー自身も逆の立場になってしまう。
作中では異文化にうまく適応したもの、そうでもないものが描かれる。
近代資本主義文明における社会システムから、精神原理において根底から逸脱しているため、当然現代にも遺恨を残すはずだ。

本作はモノクロ。かなりシャープで、風景などは少しコントラストが強い。なぜモノクロなのかという点で主には美意識的観点が特に大きな理由だそうだが、長回しの広角な静的カットが多用され、写真のようで美しいシーンが多い。たしかに詩的な映像ではある。
だが理知的なカットが連続することには少々違和感を覚えた。中盤以降はそうでもないが自然描写において作為性が目立つ。ジプシーを外から描写した、という意味合いではおかしくはないが…

もう1つの特徴であるジプシー音楽、これは作品中いたるところで堪能できる。クリストリッツァの作品でもそうだが、喜悲劇的な特色を強める。

日本でもパプーシャの詩は翻訳されているようなので、そちらも読んでみたい。
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