西北西の作品情報・感想・評価(ネタバレなし)

「西北西」に投稿された感想・評価

りたお

りたおの感想・評価

3.3
綺麗風なやつ。さらっとしすぎてて特に引っかかるものはなかったけどこれはこれで嫌いじゃない。恋人でも宗教でも、強く信じるものがある人は何があっても生きていけるから羨ましい。
サヘルローズさん美しかった。
バーテンのアルバイトでどうやって夜景の綺麗な高層ビルに住めるのか気になって集中できなかった。女1人でもああいう景色の家に住むのが夢なのにね…
流れる風景から次への導入でホワイトアウトするのはいただけない…
あと「お祈りする時間じゃないの?」「いいんです、後でまとめてしますから」が面白かった。
恋愛したくなくなる映画。
恋愛嫌いになりたい人におすすめ!

最後の終わり方印象的だった。
けいはナイマのことを考えながら西北西を見ていたのかな。

キャラクターに関してはメインキャラ3人のうち二人がこんな人いないよ〜〜〜〜!!!って人。

あいはやばすぎ、こんな女いたら絶対近づかない。けいはあれじゃいきできないでしょってくらい感情的な人。
二人とも完全に学がない設定で留学生のナイマだけ有名大学に通っていて日本語ペラペラの優等生。
レズビアンの学がない二人とストレートの留学優等生じゃ絡むところないだろって思って見てたけど恋愛の筋で行けば、ほぼほぼ絡むところがない。
二人の恋愛の描き方もほんとにやな感じで恋愛しているときの人の嫌な部分の上澄みだけすくったような描き方できれいじゃない。
対してナイマは聖人のようにきれいな描かれ方で常識がある。
けいとナイマの間にはこのような埋めがたい溝があるが、留学して日本の生活に馴染むのに苦しんでるナイマと感情的なのにぶっきらぼうで生きるのがつらいけいがどこか通じ合ってお互いの存在が助けになった。

ヨーグルトの下りとか細かく見ていると別の価値観を試す前に否定していたナイマは、悩みながらも拒絶せず人の価値観を取り入れているけいに感化されて内面的にオープンになっていっているということが感じ取れる。
そこが監督のメッセージ性だというのもわかる。留学していたレズビアンの身としてはかなり感情移入できる映画ではありました。
キャラクターの個性が強すぎてツッコミどころがあって完全に入り込めなかったですが...

想像してたのは途中からナイマも絡んできた三角関係の愛憎劇だったけれど全くそうならなくて残念なようなよかったような...

この映画は同性愛者の立場から言うと、同性愛の人じゃない人が見たらかなり痛い。レズビアンってこうなんだって思われたくないです。
あお

あおの感想・評価

2.5
全く、何も伝わってこなかった。

3人の女性たちの魅力が、さっぱり伝わってこない。

ケイとアイの間の愛も、ナイマとケイの間に生まれた何かも。
全く伝わってこない。

もっと、もっと、描けることがあったのでは?

サヘルローズの美しさと、彼女の使う日本語の優しい響きだけが救い。

残念すぎる。
ロングヘアー美女が一度に三人も見られます。
ストーリーはさて置き、キャストの演技が良かった。
塩っぱいヨーグルトとオレンジジュース。

2020/04/13レンタルDVD
夜景のきれいな高層マンションの部屋。家賃が高そう、磁石も狂っていた。
kana

kanaの感想・評価

3.5
早稲田
韓英恵綺麗すぎた
映像が美しいすき
期待してたより内容うすめだった
月

月の感想・評価

3.0
コンパスの指す方向は自分自身で見つけ出す必要がある。誰の眼鏡で見るかで物事は全く違う。「色々な価値観とはどのようなものですか。」に答えられる?
『それがレズビアンってことですよね』

なんか 皮膚の裏側を見ているような感じ。

きっつ。
あの序盤のカラオケなんやねんwww そして情緒。気になるなー。
アイのあのメンヘラ感ちょっとしゅき。
でもタクシーには行き先決めてから乗れよ。

はい。あの〜面白くない。面白いって映画じゃないけどね。なんてゆーかな。きついな。
otomisan

otomisanの感想・評価

4.4
 どうでもいいようであって、あのナイマの日本語を学びに来ているという勘違いに終わりまで行って気付かされるあたり、なんの仕掛けかと思ってしまう。仕掛はともかく絵描きと伺わせる要素を全く見せないで、ナイマが行きずりのケイと距離を狭めてゆく中、アイの切ない片思いの瀬戸際やケイのナイマに寄せる意識の細々とそれにこたえるナイマ自身の心の変化が、アイの三角関係意識、ケイの2.5角的、ナイマの2+2的と様相は違えど、芽生えては変わってゆくその行く末の計り知れないところになかなか妙な味わいを覚えてしまった。
 最後の5分のナイマが初めて椿を描き上げ明け方の海峡を渡ってケイのもとに向かう。その先にいるに違いないアイとケイに椿をはさんでどう向き合うのか、そこには男の思いもよらない何かがありそうだ。
 そして、これら3人の世間の脇っちょ、ものかげでこっそりな雰囲気に「レズビアン」だ「イスラム」だと分類して対処する世間の腫れ物意識が嫌味にも思えてくる。なにしろ世間には未定着な事ではある。しかし、人に対した時、こちらは「ヘテロ」とか「仏式の人」とか誰も考えないだろう。ケイの告げる、自分が好きになるのはいつも女の子、という自分本位に慣れていいと思う。言い寄られて困ればナイマのようにギリギリ俯くでいいと思う。年甲斐もなく怒鳴るやら、相手を呪って凄んで見せるようでは、立場の如何、心持の覚束なさ、いろいろ悩ましい事もあろうけれど、のちのち思い出して恥ずかしかろう。
 さて、それで腫れ物のもうひと方のイスラムだが、ナイマを描くにあたって日本画修習という大目的をないがしろにした展開から感じるのは、ナイマと帰国の意思のないイラン本国との事である。まさか、出国できるなら行く先が日本でも、理由が日本画修得でも構わないと思ったのか?帰国の意思も無くただ日本にいるだけのナイマのイランの居づらさに気が回ってしまう。
 そんなナイマがケイと接し、レズビアンに類別されながら「レズビアン」を拒むケイの自分本位にナイマのような信者は何を感じるのだろう。これは例えば、「神がある」と認め、おそらく自らをその被造物であるとも認めながら、自分がそうと信じるように「神はあると信じる」と云うようなことになるだろうか。こんな生意気な信者を赦す神とナイマは思うだろうか。あるいは、同性愛の生物発生的な根拠が分かってきた今だから、同性愛を処罰する故国の人々をどう捉え、ナイマ自身がレズビアンであるかもしれない事についてどう身を処するのだろう。これはケイ的には「レズビアン」として弾圧する宗派の人々相手の事でなく、日本のこんにちのこんな事情を出来するとは思いもせず動物もヒトも造ってしまった神との問題というべきだろう。それを許すのか居直るのか、ナイマにとっても言を遺さずに去った神は悩ましい事だろう。
 そして、最初で最後の制作風景を見て日本語でなく日本画と気付いてみれば、その題に用いる椿が冬に咲き春を待ついのちの徴と知り、そこに理屈を超えて、ハナもモミジもないただ椿のみの生きて花咲く寒中に共にありたいと告げるような、危なっかしくも懸命な思いを感じるようでもあった。
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