ゴダールの映画史 第6章 新たな波の作品情報・感想・評価

ゴダールの映画史 第6章 新たな波1995年製作の映画)

HISTOIR(S) DU CINEMA:Une vague nouvelle

製作国:

上映時間:27分

4.1

「ゴダールの映画史 第6章 新たな波」に投稿された感想・評価

smmt705

smmt705の感想・評価

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「我々が望んだのは 撮ること 現実世界の少年少女を 現実世界の少年少女がその映画を観て 驚いてほしい 自分が世界に 世界に属していることに」

なんて素敵な言葉なのだ。『アタランタ号』のあのアコーディオンの曲も流れる。なんて心地よいのだろう!若き日のゴダールたちが入り浸ったであろうシネマテーク・フランセーズのアンリ・ラングロワも程よく登場。そして映画史を語りながらも、
「真の映画は 未だ知られざる映画 (テキストで残酷物語 青春残酷物語)それのみだった」

と出た時はおおお、となった。ここで映像が出ずに、知られざる映画として引用されている青春残酷物語は本当に素晴らしいもの。そして最後には、ヌーベルヴァーグは作家ではなく作品なのだと。
「まず作品 次に人間 映画は心じゃない 仕事です。」

これは何とも苦しい言葉。やはりこういう所にどこか映画周りの現場の苦しさがあるのかな。仕事も心だよと思うのだけれどね。
新たな波、ヌーヴェル・ヴァーグについて語られる。
「現実の博物館 (6)」とか言われて、もう泣きそう。
がんばれ、あと2章…。

メモ
・『大人は判ってくれない』と『火刑台のジャンヌ・ダルク』、『現金に手を出すな』と『奇跡の丘』をそれぞれセットで観てみる。
・ブローデルについて学ぶ。
・マルローはゴヤ論を書いている。
・ヴァージニア・ウルフ『波』を読む。

北図書館にて鑑賞。
「本当の映画とは、見ることのできない映画」
文字通り解釈するなら、フレーム外の世界こそ映画ってことでしょうか。
「私には見えた」「いや"聞こえた"」
見えないものを知覚せよということでしょうか
字幕で一回だけ大島渚の『青春残酷物語』の文字が出てきたけど、映像での引用はないし、特に言及もされないのは少し寂しい。
DK

DKの感想・評価

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私的で自伝的、縦横に引用されるモンタージュ構成から、ヌーヴェルヴァーグの革新性とその意義が垣間見れる。
追悼・ベッケル、ロッセリーニ、ジャックドゥミ、トリュフォーメルヴィル


「本当の映画とは、見ることのできない映画?」